6節【初陣前夜】
6節【初陣前夜】
王と騎士がエルツと護衛の兵と共に屋敷に帰る途中、短剣を月光に透かし眺めながらぽつりと呟いた。
「ザフィア派の動き…用心せねばな」
「ええ、想定よりも事態は複雑です。ご用心を」リュスタル卿が目を伏せながらそう返した。
ビヨンは先程行われた語らいの中でゾリダーツの継承争いについても触れていた。大公の長子であり、より有効な継承権を所持し民や兵士寄りの騎士から支持のあるルビン、公王の弟でありその政治手腕や外交などの才覚によって他国や商家や貴族寄りの騎士から支持を受けるザフィア、その二派に分かれる継承争いである。そして鉱物資源が豊富なゾリダーツにとって重要なのが鉱物に関する職人の支持だが、これが技術や生活環境の向上を目指す職人と生産性や収入を求める職人の両陣営に分かれていることが問題をより大きくしていたのだった。そういった国内の話をした最後にビヨンは神妙な面持ちで言った
「ご用心召されませ、レガリアの王。此れなる戦、単にアルバフロスの侵略戦争で片付きますまい」
聞いてみると、国内では大公の弟ザフィアには継承に纏わる黒い噂が囁かれているとのことであった。
ルビン派の要請に応じたレガリアは今後起こりうる継承権争いに身を投じることへ懸念していたが、もう既にその渦中にいるのだと、王と騎士はビヨンの話によって悟ったのだった
「都ユーヴェルボーデンへと向かえばザフィア派の勢力圏にも隣接します。斯様な状況下
です。表立って何かされるとは考えづらいですが混乱に乗じてということも考えられますな」
リュスタル卿がそう言うとエルツは少し悲しそうな表情を浮かべ
「此の様な時世にレガリア王国よりご助力賜れますことに感謝申し上げます」と肩を竦ませて頭を下げた。
「俺の勝ち戦に夜明けの花を添えるだけだ。お前が頭を下げずとも良い」
フェルゼンハルトの館へと着くと王はそう言って用意された館へと向かった。王の小さくも大な背に向かって「ご武運を」とエルツは祈り手にしてそう言った。
王と騎士は用意された館へと戻ると、リュスタル卿は王の部屋を訪ねた。
「夜分に失礼致します。初陣前のご挨拶をと改めて」リュスタル卿が述べると
「よかろう、赦す」と王はリュスタル卿を招き入れた。
王は「紅茶で良かろうな」とリュスタル卿に尋ね、従者に持ってくるよう指示した。間もなく従者が部屋へと戻ってきて紅茶を淹れる準備を始めると「ああ、良い。ご苦労。俺は紅茶を淹れるが好きなのでな。もう休んで宜しい」と従者を帰した。そして王と騎士はテラスの椅子へと腰掛けると王の淹れた紅茶を口にした。
テラスの外、館の下に広がるノルデンシュタインの街にはただ、輝石灯の淡い明かりがと浮かび上がっているだけだった。その静寂は近くに戦いの気配を感じさせず、しかして、戦火の熱を予感させるものであった。
「我が王がいよいよ初陣召されるとは」
リュスタル卿は感慨深そうに呟いた。
「ああ、世話になったな。卿がいなくばレガリアは疎か前身のアブグラムも危うかったであろう」
「滅相もない。フィシュカ陛下や他の騎士や魔術師らの尽力の賜物。無論我が王ヴェーグとSYUU王の威光あってのことです」
「謙遜せずとも良い。我が父ヴェークの近衛騎士として、そしてこのレガリアを支える騎士として、此度もその働きを期待している」
「有難きお言葉。私は王の生まれし頃よりお側に仕えておりますが、離れた地なれど共に戰場に立てる日が来るというのは、お側にいた身としては心配なれど……騎士として嬉しいものだ。尤も、王がこのお歳になるまでにレガリアが盤石とならなんだ事は残念ではありますが」
「これより築くのだ。俺が自ら戦うのだからな。そう遠くない先にレガリアは栄華を極める」
「頼もしいものですな。それでこそヴェーグ王の子であらせられます」
「喜ぶといい。卿が見たという深淵踏破と並ぶ偉業、その目に再び見ることになるのだからな」
「はい、その時を心待ちにしております。」
「そして」
王はそう言って立ち上がり欄干へと近づき外を見やるとぽつりと呟いた
「俺はな、生まれたときには既に父は偉業を成し終えそして王を終えた。シュピーゲル卿もそうであるのだが、リュスタル卿も俺が生まれてから傍にいることが多かったな。だからな、俺は、卿を誉高き騎士でありながら……父のようにも思えるのだ」そう言うと王は振り返り
「俺も、卿と同じ戦場に立てること、嬉しく思うぞ。有難う」
月と、街の石灯かりに照らされた王の姿は、リュスタルから見て優しさとも憂いとも、そして覚悟ともとれるものであった。
「(嗚呼、偉大になられた……)」
リュスタル卿は王の元へ跪き
「身に余るお言葉、身に余る光栄……」と安堵とも似た表情を浮かべた。
「(ヴェーグ王よ、貴方の子は逞しき王になりました。どうか初の戦に栄光あるよう遠き彼方より見守りください)」
閑寂たるノルデンシュタインに一陣の風が吹き王と騎士の髪を揺らした。
その鉱物のような重たい風は、レガリアが帆を張り、これからノルンを飲み込まんとする戦の海へと押し出さんとするばかりであった。
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