5節【鉱房】

5節【鉱房】


 「……ラピス、滅多なことを言うんじゃない。他国の王様が一体こんな工房に何の……」

 無愛想な返事をしながら振り向いた男は連れられてきた二人の姿を見るや持っていた工具は手から零れ落ちた。


 男性は目を見開くと震えだし王の首飾りを見るや

「そんな石は見たことがない……しかし分かる。そんな代物が持てるのは余程の身分だけだ…いや、それにしても…まさか、本当に……」

 そう言って男は跪いた。王は言った。

「如何にも、俺はレガリアの王SYUU。これは我が騎士リュスタルだ」

「隣国より援軍が来ると言うのは聞き及んでおりましたが、何故王族のお方が斯様な寂れた工房に足をお運びになったのでしょうか」


 男は自らをビヨンであると名乗り、厳しい表情ながら恭しくそう尋ねると

「そう畏まらずとも良い、そこな娘と領主フェルゼンハルトがお前と息子を高く買っているのでな。興味があったのだ」

王は壁に掛けられた剣槍の数々を見回しながらそう答えた。

「鍛冶場にあった物もそうだが、此処の物も見事だな。まるでシュピーゲル卿の剣の様だ」

 壁に掛けられている武器や防具は貴石や半貴石といった鉱物から作られているようで、その輝きはさながら宝飾品の様であった。騎士が「これらは儀礼用の品ですかな」と問うと男は「とんでもない、こいつらは真っ当な武器として鍛えたもの。まぁ、用途は買い手次第ではありますがな」と答えるとゆっくりと立ち上がり壁からその一振りを手にとってリュスタル卿に渡すと


「試してみますかな?」


 ビヨンは外に試斬用の藁巻があるといって、外へと案内した。

 一行は表へ出るとエルツはいくつかの輝石灯に魔力を込めてを淡い明かりを灯した。


「輝石が採れる地域だったな。レガリアではまだ貴重なものだが」王がそう言うと

「ゾリダーツに生きる者にはこういった鉱石は必需品なのですわ」とエルツは微笑んで答えた。

 

 リュスタル卿はビヨンの鍛えた金属の剣で藁を斬りその切れ味に感心すると続いて鉱石から成る剣で藁巻を断った。

「ほう、これは」と美しい刃を見て感嘆の声を漏らした。

ビヨンは「お見事」と言い「刃を欠けさせぬとは良い腕をお持ちでいらっしゃる。そいつらは儂の特性でしてな。所有者の流した魔力に呼応して能力を発露するのです。まぁ刃が脆いので使い手は選びますがな」

「試しても?」リュスタル卿が問うと「ええ、どうぞ」とビヨンは快諾した。


 ビヨンは水に浸された太い藁巻を台座に縦横数本ずつ突き刺し準備を整え終えるとリュスタル卿は剣を構え直し魔力を込めながら振りかぶり藁巻へと振り下ろす。と同時に剣は光を纏いそして輝きを放ち始めた。


「──!!」


リュスタル卿は藁巻へ刃が接触する瞬間に剣をピタリと止めた。

「どうした、斬らぬのか?」と王が問うと


「いえ、今の一太刀はよろしくありませんでした」


 リュスタル卿が気まずそうに剣を見つめながら返事した。

「なんと、感覚も研ぎ澄まされているようですな。歴戦の勘ですかな」

とビヨンが言うと、続けて


「こいつは魔力に反応する鉱石を原料としておりましてな。適切な量の魔力を流してやると鉱石に応じた切断力や能力を引き出してやることができます、騎士様の注いだ魔力は少々その剣には苛烈だったようですな。あのまま斬っていたら剣が保たなかったでしょう」


「私を試したということか、一本取られたな」とリュスタル卿が笑うと


「滅相もない」とビヨンも笑って応えた。


「ではビヨンよ。良ければその剣の真価を見せてはくれまいか」と王が言うと


「息子ほどではありませんが、レガリアの王が仰せならば」とリュスタル卿から剣を受け取った。


 「私が鋼の剣で藁巻を斬れば精々一本程度なのですがな、此方の剣はこうして魔力を込めると……」

 ビヨンの構えた鉱石の剣は淡い光を放ち、徐々にそれが強くなっていくとビヨンは剣を横一文字に振り抜いた。すると、剣は火花のように光の粒子を散らしながら全ての藁巻を両断した。


 剣を下ろすと光は消え、剣身を布で拭いながらビヨンは言った。

 「これは斬撃に特化した造りになっていますが、魔力反応で熱を発するものや硬度を変える物などもございます」

 

「なるほど、所有者の魔力属性に依るものではなく鉱石によって能力が発露する剣か。これほどであればフェルゼンハルト卿も称賛するというものだ」


リュスタル卿がそう言うと「誰しもが扱えるというものではありませんがな」とビヨンは言った。聞くと、魔力量が少なければ能力は発露せず、量や勢いが過ぎればリュスタル卿がそうなりかけた様に刃が割れたりひびが入ってしまうのだという。さらにそれが素材となる石の種類や含有量によって左右されるとなると鉱物に関する深い知識、魔力量、その相性が重要とされるのだそうだ。それ故に実戦投入するには使い手を選びすぎるのだと。そしてそれを最も巧みに操る事ができるのが彼の息子のヴァニットであることを語った。

 

 その後ラピスとエルツが片付けを終えると家の中へと案内したが、王の再び工房を見たいという要望に応え一同は工房へと戻った。そして地下の工房に置かれた一層輝く大石の前でお互いの国について語り合った。王は無骨ながら職と真摯に向き合うビヨンを気に入り、ビヨンもまた娘らが懐いていることや王の若くありながら王たるその風格に心服の念を抱いた。そして断片的ではあるもののリュスタルが深淵で体験したことを語るとラピスとエルツはその英雄譚に目を輝かせた。

 

 語らいをひとしきり終えるとビヨンがラピスにある物を持ってこさせた。

「レガリアの王SYUUよ、此方の品をお納め頂きたい。献上というには些か気品にかけるやもしれませんが良い石です」


 ビヨンが差し出したのは王の髪と同じ色をした鮮やかな赤い鉱石で造られた短剣であった。

 王はその短剣を受け取りその刃を眺めると微かに微笑みながら

 「ああ、美しいな。気に入った。有り難く貰い受けよう」

そう言って皮で造られた簡素な鞘にそれを納めた。ビヨンが次いで何かを言おうとすると王は先んじて「分かっている。フェルゼンハルト卿には黙っておこう」と微笑んだ。

 「私が申し上げるのは畏れ多いことですが。この街を、ゾリダーツにご助力を」

ビヨンはそう言ってラピスと共に王と騎士を見送った。

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