4節「ノルデンシュタインの鉱石職人」
4節「ノルデンシュタインの鉱石職人」
王はエライヒェンより出陣し、レガリアの最東部の辺境要塞オストゼンクへと向かいながら各地で兵を招集した。その後さらに東へ進み、ゾリダーツ領の北部に位置する街ノルデンシュタインへと進軍した。
一方でクライスブルグを主体とする同盟軍はレガリアよりそのまま南下し、クラール川沿線へと向かった。
ノルデンシュタインへ到着し、城門を王らがくぐると街には疎らながら歓声が上がった。
街を見やると壁内には未だ被害は出ていないものの、普段には在ったであろう活気は既になく、戦々恐々の様相を見せていた。
先遣隊の兵によると、既に招集された軍や僅かな常駐軍の多くは既に首都ユーヴェルボーデンと東部の戦線に向かっており、ノルデンシュタインに残されていたのは僅かな兵力だという。ゾリダーツの北方を担う大きな街の一つであるノルデンシュタインが手薄になっていることでゾリダーツ公国がいかに戦力を削がれていたかが伺えた。
「予想より歓迎されているようで何よりですな」
リュスタル卿がそう言うと
「他国の軍に易く門を開いて歓迎したくなるほどに此処の領民は侵略に怯え心細かったということだ。事態はやはり芳しくないな」
王は街を見渡しながらそう返しながら遠くに見える山々を見て
「近づくとこうも景色が違うものか」と呟いた。
「レガリアとはまた異なった街並み、石工や宝石商も多く見られますね、宝石の原石のような無骨な美しさを感じます。都はまた違った様相だとか」
シュピーゲル卿が王の言葉を拾うと
「であれば、それを血と煤で汚さぬようにしたいものだ」
王はそう言って領主の館へと向かった。
案内のもと領主の元へと訪れると最初に出迎えたのは一人の少女だった。
「あなたがお隣の国の王様ね!思ったよりも若いのね!お召し物も宝石もとっても素
敵だわ!王様、騎士様方、ようこそノルデンシュタインへ!此処はゾリダーツ公国最北の街。今は大変な状況だけど素敵な思い出になると嬉しいわ!」
年の頃には十歳程になるであろう少女は矢継ぎ早に王に話しかけていると
「こらラピス!待ちなさい!!」
とその娘よりは年上と見られる娘が勢いよく少女に駆け寄るとその場に跪かせ、自らもまた同じ姿勢をとった。
「申し訳ありません。レガリアの王様、妹が大変無礼な行いをしました。私はノルデンシュタイン領主の娘エルツと申します。まだ妹ラピスは幼い身、どうか、どうかご容赦を!」
娘は必死な声でに懇願すると王は
「構わん。赦す。元気があって宜しいことだ。しかし、俺は少し人見知りでな、お喋りは上手く付き合えん」そう言って娘らの横を通り過ぎて数歩歩くと振り返り
「何をしている。屋敷からいち早く出てきたものなら案内せよ」
「は、はい!ただいま!!」
エルツと名乗った娘は王をはじめ同行する騎士数名を館へと案内した。
一同が議場へと到着してまもなく領主が現れた
「お出迎え叶わず申し訳ありません。レガリアの王自ら斯様な辺境の地へお越しくださいましたこと心より感謝を。ゾリダーツの北を任される者として深く御礼申し上げます」
領主フェルゼンハルト卿は深い礼をして話を続けた。軍議が押して出迎えられなかった事や現在の戦況などをレガリア側に伝えると王はノルデンシュタインを一次拠点とし補給と兵站とを整えた後の明朝、速やかに東部に敷かれた戦線とユーヴェルボーデンへ向かう軍の二手に分かれ進軍することを決定した。
夜に軍議を終える頃には用意された食事を済ませると、退屈そうに座りながら見つめてくるラピスに向かって「なんだ?」と訪ねた。
するとラピスは目を輝かせて
「私他の国のことが知りたいの!この街から殆ど出たことがないのだもの!」
そう身を乗り出すラピスに「こら、エルツ。王様と同じ卓に着かせて戴くだけでも大変なことなのよ」と嗜めた。
「姉も大変だな」
王がそう言うと「二人は実の姉妹ではないのです」とフェルゼンハルト卿が口にしていた紅茶のカップを置いて言った。
「エルツは我が娘ですが、ラピスは我がノルデンシュタインの鍛冶職人のひとりビヨンの娘なのです」
「鍛冶職人の?」
「専属というわけでもないのですが、気に入っている有能な職人でしてね。主に刃物や武器を作らせているのですが、鍛冶だけでなく宝石彫刻師としても良い腕をしているのです。長男はその血を受け継いでいるだけではなく戦いが上手く、今では騎士として取り立てている程。このビヨンという男、職人故か子育てというものに向いていなくてですな、養子ではないものの、こうしてエルツの妹として此の館に置いているのです」
フェルゼンハルトは嬉しそうな面持ちでそう話した。
「そうなの!父さんもお兄ちゃんもとっても凄いのよ。お兄ちゃんなんてこの前街の近くに出た盗賊をひとりでやっつけちゃったんだから!」
ラピスも自慢げに話に割って入ってくる。
「ええ、ビヨンは大変優れた職人ですし、ヴァニットは騎士としても優秀ですが、その他のことはまるで」
エルツは少し苦笑いしながらそう言うとラピスとフェルゼンハルトも二人が如何に優れた能力の持ち主であるか、或いは如何に他のことに無頓着な人物であるかあれやこれやと話を続けた。
「王様、是非うちの工房に来てくださいな!きっと楽しいと思うわ!兄様は都に出ていていないけれど父さんもきっと喜ぶと思うの!」
「なんてこと言うのラピス。SYUU陛下は外遊で来たわけではないのよ」
ラピスの発言に毎度のように口を尖らせるエルツに王は
「うむ。よかろう」
とラピスの誘いに乗って席を立った。
「なんと、宜しいのですか陛下」
フェルゼンハルトも立ち上がり王に目を向けると王は
「あれほど話を聞かされては興味も湧くというものだ。それに、子供の口で言ったことは聞き流せても、領主が口にすることが憚れることもあろう?」
そう言って同伴した騎士らに伝達事項と行動予定を伝えると騎士らはリュスタル卿を除いて各々席を後にした。
「騎士様の一緒なのね!嬉しいわ、嬉しいわ!」
続いてシュピーゲル卿に近づくと首を傾げて
「お角の騎士様はいらっしゃるのかしら?どうかしら?」
「伺いたいのは山々ですが、兵たちへの伝達がありますので。ご容赦をLady」
シュピーゲル卿がそういうと「そう、残念だわ。そのお角お父様にも見せたかったのに」とラピスは少し残念そうにエルツの傍へと駆け寄った。エルツは「私も同行します、ラピスが粗相をしてはなりませんので」とラピスとエルツの案内でフェルゼンハルトの差し遣わせた護衛の兵と共に町外れにあるビヨンの工房へと向かった。
工房へと入ると、壁一面に鍛造に使うであろう鎚や鋏や鏨といった多くの器具や鍛造された剣や防具などが所狭しと掛けられ、既に火の落とされた大きな炉の前には使い込まれた金床が設置されておりその熱気は室内に籠もったままであった。が、その主の姿はそこにはなかった。
「これが、フェルゼンハルト卿お抱えの鍛冶工房か。ふむ、見事なものだ」
「ああ、剣や鎧を見るだけでその仕事の良さが伺えますな」
SYUU王とリュスタル卿が鍛冶場を見回していると
「この時間にはお父さんはこっちにはいないの」
「此方です」
ラピスとエルツは二人を誘うと地下へと繋がる階段を降りていきエルツは扉を叩いた。
「ビヨン。夜分の来訪で申し訳ありません。お客人をお連れいたしました」
エルツの声がけに応答はなく「お父さんはいつもこうなの」と言ってラピスが扉を開けた。
「お父さん!すごいよ!レガリアの王様と騎士様を連れてきたの!お父さんの作ったものを見てほしくて!」
「これは……」
王と騎士は地下室の光景に驚いた。地上の工房とはまるで異なり、主に鉱石や宝石を加工する工房のようで、部屋中には様々な鉱石の破片や粉が散っており、さらにその壁にかけられた武器防具の数々は明かり採り用の窓から差し込む月明かりを受けて輝きを放ちまるで松明が灯っているかのような明るさであった。
そして部屋の奥、ラピスが駆け寄っていった先には机に向かい背を向け座っている大柄の男性の姿があった。
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