2節「根を伸ばす花」

2節「根を伸ばす花」


 レガリアより東の広大な鉱山脈を挟んだ先に位置するアルバフロス教国によるノルン地方侵攻が開始されたのは王が実権を握ってからそう月日が立たぬ頃であった。


 アルバフロスはマヤリス教を国教とする宗教国家で、此の頃にはその教えと共に勢力をさらに拡大していた。アルバフロスは東の大陸からの異民の帝国による大規模な侵攻を受け、長きにわたってその対処に追われていたが、帝国の撤退によって、レガリアをはじめとする小国の集合体であるノルン地方の侵攻に乗り出したのである。


 予てより懸念されていた事態をいち早く察知したSYUU王は即座に国防の軍備と、魔術に関する軍律を整えるべく、税制改正や各所要塞と領主間の連携の見直しを行った。周辺諸国も同様にアルバフロスの侵攻を危惧し、制度改定や連合化するなどして各領土の防衛を整える動きを見せた。


  翌年、諸国の読みどおりにアルバフロスの一部先見部隊が「深淵の闇に囚われし国々に神の制裁と救済を」という名分の元、ゾリダーツ公国に位置するシュラーグ山を越える山路側とノルン地方の東西へと流れる水路であるクラール川を渡る河路側に分かれて侵攻を開始した。


 ノルン地方の東側はアイゼンヴァンド山脈の山々が縦断しており、予想される侵攻経路が絞られていたため、そこに隣接したゾリダーツ公国、クラール川に領土を所有するクラールシュタット王国、その内陸にあるシュミーヒェン王国がそれぞれを支援する形でアイゼンヴァンド連合として迎撃体制を取った。


 ノルン地方の諸国が大規模に連合化し、外敵の侵攻を阻止するということはかつてないことであり、それほどまでに大国となったアルバフロスの脅威はノルン地方全体にとって無視できない存在であったのだ。


 十分な兵力と要塞、山と河川を抑えた地の利、そして魔法による軍備を考えれば連合軍側が優勢であると他国も予測していた。それは勿論攻め入られる連合軍にとっても同じことである。実際先遣隊との戦闘では見事に山路、河路より進行したアルバフロス軍を押し留めることに成功したのだ。


  事態が急変したのはその数日後である。先遣隊がアルバフロスの本隊と合流すると山麓に築かれた拠点、次いで衛星拠点が次々と突破されゾリダーツ公国の首都ユーヴェルボーデンに迫った。


 また、クラールシュッタット側でも河川拠点を叩かれ危うい状況に陥っていた。川流に乗じて侵攻されることを恐れたシュミーヒェンはクラール側の防衛に援軍の多くを割いた為にゾリダーツは危機的状況に陥っており、それらの報せがレガリアに届くのにも時間は掛からなかった。



 ◆──レガリア、エライヒェン《王城、会議室にて》



「ゾリダーツが圧されているのか」

報告を受けた王が暫しの沈黙の後に口を開いた。


「それだけではありません、報告によればクラール川沿いの要塞の幾つかも既に攻略されたとのこと」


 シュピーゲル卿が眉をひそめてそう述べた。臨時で構築された連合であることや、ゾリダーツ公国内で継承争いが起こっている最中の侵攻であったことを差し引いてもノルン地方東部において力を持つ三国を主軸とする連合がそれぞれの要所を短期間で抑えられるということは他の諸国にとっても予想だにしないことであった。


 


 そしてそれは、レガリア王国にとっても可及的な判断が要される場面に突入したことを意味していた。ノルン地方の東部いずれかの国が制圧されれば、そのまま街道や河川路からレガリアへ侵攻されるのも時間の問題となる。さらには、此れまで地を分かちノルン地方を護ってきた山脈や河が防衛線として今後機能しなくなるのである。


「難題ですな」


 ライズフェルド卿が一通りの現状と今後予想されるであろう事態を陳じた後に小さく息を漏らしそう呟いた。


懸念の種となったのはゾリダーツのルビン派よりレガリアに援軍の要請が来たことにあった。一方のザフィア派はヴェストフレッヒェン王国に援軍を要請していたのだ。


 ここでルビン派の要請に応え軍を動かせばヴェストフレッヒェンを後援にもつザフィア派を相手取りその他の諸国を巻き込むゾリダーツの継承戦に参ずる恐れがある。そして各国の要塞を短期間で陥落に追いやったアルバフロスの軍に対する情報が乏しく、『魔術が通用しない』などという噂もあった為に迂闊に自軍を向かわせることには多くの危険が伴うものであった。かといって要請を拒みレガリアのみの防衛に徹することも得策とは呼べなかった。


 議会の中でも援軍を出すことを推奨する者と自国の防衛に務めることを好しとする者、或いは独自にクライスブルグと共同戦線を敷きクラール川を確保し戦況を有利に進めるという提案をする者も存在した。


「どう転んでも大規模な戦いは避けられまいな。東の三国が持ち堪えてくれれば良いものだが…」


リュスタル卿は腕組みしながら地図を見てそう言うと


「我らの軍が到着する頃に敵は撤退。物資支援や復旧支援でもすればゾリダーツとの面目も保てる。そりゃあいい話だな」


 バルシュティン卿が冗談めいた口調でそう返す。一方賢者ヴィーサスは『賢者がなんでも口にするものではないし、ここでどの選択をするかということに意味がある』とし有効な助言は得られなかった。


「ライズフェルド卿のご説明どおり、現在出ている情報と先刻届いた援軍要請から判断するに、次の一手は我らがレガリアにとって非常に大きな意味を持つでしょう。


如何されますか、王よ」


 シュピーゲル卿がそう言うと、諸侯の目は一斉に王へと向いた。


 王はそっと目を開くと


「不動の鉱石、欲しいものだな」


 そう呟いた。議場がざわつくのを待たずに王は続けた。


「ここで怯んで籠もろうものなら他国に侮られよう。アイゼンヴァンド連合が敗れれば、その勝利で勢いづいたアルバフロスを止めることは容易なことではない。どうあれアルバフロスとは剣を交えることとなるのだ、討つには早いほうがよかろう。ゾリダーツの継承戦争に加担する恐れもあるが、そのゾリダーツが滅びては話にならん。恩を売って足がかりにするといい」


「足がかり、と申しますと……?」


 レーヴェンハイト卿がそう尋ねると、王は立ち上がった。


「ノルンの全てはいずれレガリアとなる。未来の国民をみすみす見殺しには出来まい」


「畏れながら王よ、対するアルバフロスは魔術が効かぬとの噂、勝利には策がお有りでしょうか」


騎士の一人が頭を下げながら声を挙げると、王はその騎士を一瞥して


「魔術に頼らねば卿らは勝てないというのか?己が武勇に自身のない者は此度戦場へ赴く必要はない。魔術に依る者は己が活きる道を見出だすがいい。再度問おう。卿らの剣は魔術に依るものか!」


王は議場を見渡してそういうと


「否!」


「我らは騎士なり!」




「この槍、此の剣で侵略者を手ずから討ち果たさん!」


と威勢のいい声があがった。


 王は右手を挙げそれらの喝采を制すると


「そうは言ったが、憂うことはない。我らが魔術は他の国とは一線を画すものだ。術に溺れることはなく、しかして術者諸君は士気をさげる事なく臨め!例え戦闘に術が通用しなくとも、速やかに援護へ回れ。以上だ!異論が在るものはいるか!」


 王のその威厳は少年ながら周囲を圧倒するものであった。諸侯らは「否」「ございません」「戦いましょう王よ!」と各々声を上げた。


「誇り高きレガリアの騎士達よ、この戦の先にはノルン東部が我が国になるものと心得よ。アルバフロスはその糧に過ぎん。当然の如く勝利せよ!」


斯くして、レガリアはゾリダーツ公国ルビン派の援護要請に応え、早期に軍を出すことを決定した。そして、王は提案の一つを汲みクラール川とそこから連なる分流を抑えるために同盟関係にあるクライスブルグとの軍を併せてクラールシュッタット王国領への駐留を申請した。

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