レガリア台頭

1節「紅の枢機」

 第三章『レガリア台頭』


1節「紅の枢機」

 

 王歴十五年、SYUU王はその生誕の日、竜の聖堂へと赴いていた。国では異例となる第二戴冠式を行うためである。

王は生まれながらにして王という地位にはあったものの、その実権は母フィシュカ王大后陛下やそこに連なる臣下らが握り国政を行っていた。

 

 その日王は第二の戴冠式を経ることで、自身が執政を行い、軍を動かす権限を行使できるようになる名実ともに王となる重要な儀式の日であった。

 

 夏の日の午前の光に満ちる聖堂の中、フィシュカ王大后とSYUU王をはじめ、限られた臣下がその場に集い、中には彼の賢者ヴィーサスや彼の元へと仕えていたリュスタルの息子フォトニスも臨場していた。


 聖堂の奥、壇上より王大后フィシュカが前に跪く王SYUUに語りかける。

──先代ヴェーグ王の治める深淵を抱く国アブグラムを経て、生まれながらにして此のレガリアの初代国王となった我が子SYUUよ。


 今日此の日の第二の戴冠式を以て、貴方は名実ともに真の王となります。

再びその心に刻みなさい。


 レガリアという国そのものが、貴方の王たる証であり、そして貴方自身が国の心臓であることを。


 此の国の命運を貴方に託します。深淵の寵愛と竜の加護を持つ国の枢機となりてレガリアを栄光ある未来へ導いてください。

 先代の王であり我が夫ウェーグの深淵歩きに劣らぬ偉業を期待します。

愛しき我が子でありレガリアの王、国の心蔵、紅の枢機、SYUU。


 貴方に溢れんばかりの祝福を。


──ジークレガリア


 フィシュカ大后がそう言うと、王の頭にはこの日のために新調した透かし入りの深淵の闇と同じ黒色の王冠を被せ、首元には赤き石のあしらわれたブローチを飾った。

 

 王の生誕の際に王が握っていたとされる石である。大后が王の襟を整え終えると、剣を捧げ持ち傍に控えたリュスタル卿がそれを大后へと差し出した。それは先代の王ヴェーグが深淵の最深に至った際に差していた剣ノーティッシュであった。


 フィシュカ王大后が騎士の叙任よろしくSYUUの肩に剣の平を乗せ、そして剣を向ける。SYUUはかつての王の剣に口づけをし、剣を受け取った。

王がそれを手に取った瞬間、剣から激しい赤の光が放たれ聖堂を満たした。


 数秒の後に光が収まり、一同は目を開け光を放った剣を見やると、それまで黄金と白銀で彩られた身幅の広い無骨さと絢爛さを併せ持った王剣は黒と赤で彩られた美しい装飾が施された細身の剣へとすっかり姿を変えていた。


 臣下らは竜に愛されし王が齎した奇跡として、SYUUは此の剣を新たに枢機(Cardea)と名付け、碧き竜由来の鏡の契約によって召喚されたシュピーゲル卿の剣と同じくしてWeltgrenzeの名を冠するものとした。

 その日は王の生誕祭と共に第二戴冠式とあって、王都エライヒェンでも例年に増して盛大な祝宴が行われ、そして此の日に行われる初の王による演説に対する期待の声が上がっていた。

 

 SYUU王城内での儀式、執務とあらまし終え、夕刻、夕日が最も赤く輝く頃に予定通りに演説の場へと赴いた。城の正面広場を見下ろすように設置されたテラスの下には民衆が押し寄せてその演説を今か今かと待ち望んでいる。


「王よ、準備が整いました。さぁ、お言葉を」


シュピーゲル卿が王へそう告げると、若き王は開けた大窓よりテラスへと赴く


王は小さく一息ついて


「行くとしよう」


そう一言呟いた。


 観衆はその登場に歓声を上げるも王が静かに手を挙げると共に時が止まったかのような静寂と厳粛な空気がその場を支配した。





 エライヒェン住まうレガリアの民の諸君。良くぞ此の場へ集った

我こそはレガリアの王、SYUUである


 既に皆にも知っての通り、本日迎えた我が生誕の日と第二戴冠式を以て俺はフィシュカ大后より我が国の一切の権限を託された。


 レガリアの前身アブグラムの王、我が父ヴェーグは大いなる深淵、シュルフトウルドの探査に王と国の威信の全てを賭して挑み、我々が幾星霜に渡って叶わなかった望み、深淵歩きを成し遂げた。そして、それまで深き闇に秘匿された神秘に明かりを灯した。その結果が皆もその身に感じているウルドの祝福(Urds-Gift-)だ。


 僅かな魔力の恩恵の他には不毛で貧しき土地の中、いつ滅ぶやもしれん窮地に在ったアブグラムはいまやその祝福によって、肥沃な大地、潤沢なる魔力、そしてそれによって齎された技術や生活を手に入れた。それだけではない、深淵からの祝福は民や諸侯を国としての団結へと導き、その高潔なる意志はレガリアへと変わってなお引き継がれ、一度はエライヒェンを陥とした悪辣なる反乱にも屈せず、幾多の勝利と大規模な厄災を祓うまでに至った。


今やレガリアはノルン有数の豊かな国になったと俺は自負している。我がレガリアは、もはやかつてにあった他の国の脅威に臆するような小国ではない。

国を治め伝説を作った父とそれを受け継いだ母の覚悟が、数多の筆を折りながら国の在り方を整えた臣下や魔術師の苦悩が、戦場へと赴き血と汗を流した騎士と兵たちの忠誠がそして、この国に住まい、その土台たる民たちの働きと営みが、今在る豊かなレガリアを築いたのだ。

ならば、俺は王として、その営みを護り、進め、より強く、より豊かなるレガリアを築こう。


──王は剣を掲げさらに続ける。


此れなるは先代ヴェーグ王が深淵を踏破した際に差していた偉大なる剣ノーティッシュである。

それも深淵の加護によって此の様に新たに生まれ変わった。我らが大いなる深淵が告げているのだ、より強くなれと、さらに進めと。

騎士たちよ、前へ。

──その言葉にリュスタルやバルシュティン、そしてシュピーゲルら王に仕えし騎士達はテラスへと歩み出てそれぞれの得物を掲げた。


此処に誓おう、このレガリアに先代さえ成し得なかった永劫の王国を!

このノルンはレガリアの威光の元に

我こそはSYUU、レガリアの王、国の心臓、紅の枢機なり


ジークレガリア(レガリアに勝利を)!!

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