9節「抜刀」

 シュピーゲル卿は剣を掲げ声高らかに言った。


「我が立つは真夏の平野、中天に座す正午の日輪の加護の下、ならば、我が剣の前に敵は無し!此処に勝利を誓いましょう」



「この剣は万物の写身、其は中天に燦然と燃ゆる紅蓮の日輪。我が眼前の敵のその一切を清き焔で焼き払い給え──」


──怒涛の如く押し寄せる幾千をも超える大軍を前に剣を宙へと投じ、彼の鏡晶角は詠唱を進めるにつれてそこより放たれる朱橙色の光量を増してゆく


────宙を舞う鏡の剣は炎天の真中の大火球より注がれる光を反射し、目の眩むようなまばゆい金色の光を放ちながら刀身を遥か天高く伸ばしやがてそれは光の柱となってその柄は彼の手中に収まった。


鏡が写し取りたるは”炎々と燃え盛る灼夏の日輪”



──────騎士は振り抜く


「Weltgrenze(-彼方より来たりし) Speiltine(鏡の剣-)!!!」




 9節「抜刀」

 

 鏡の騎士の振り抜いた剣は太陽を象り燦々たる赤金の光を放ちながら彼方まで伸びる。

 彼は一歩踏み込むとその灼光を纏いし鏡を横に薙ぎ、前方に迫っていた地を覆う程の数千にも万にも達するような敵軍のその一切を焼き払った。


 後方に控えた騎士達が事態を飲み込んだのはシュピーゲル卿が剣を振り抜いた後、その片膝を着いた頃であった。驚嘆と歓声が上がり兵たちは一斉に進軍した。

 

「その実力を目にするのは初めてのことだが、これは驚かされた。まるで我が王と深淵の奇跡を目の当たりにしたときのようだ」


と後方より駆けつけたバルシュティン卿は豪快な笑い声を上げながら鏡の騎士を激励し肩を貸した。


続いて来たリュスタル卿もそこへ来て


「今は、卿になんと言葉をかけると良いか分からん。しかし、漸く見られた。見事!」そう言って自軍へと颯爽と去っていく。


「さぁ!残党狩りだ!!魔物共に借りを返してやれ!!存分にな!!!」


バルシュティン卿がそう叫びハルバードを高々と掲げると兵も雄叫びを挙げながら槍を掲げ剣を構え、残存した魔物の掃討に掛かった。


 太陽が地平線へと半身を隠す頃にはすっかり掃討も終え、シュルフトブルグ周辺は焼かれた大地を除いては平時と同様の静けさを取り戻していた。

 

 この一戦によりレガリアにおいてのこの年の「厄災」における魔獣掃討作戦は幕を閉じた。


 レガリア周辺諸国でも徐々に事態は収束していき、季節が秋に変ずる頃には変異の影響は見られなくなった。このシュルフトブルグでの魔物討伐戦でのシュピーゲル卿の武勇はレガリアでは勿論のこと、増援で駐軍したクライスブルグの兵らによってさらにその名が知られる事となった。

 

 ノルン地方北部全域ではこの厄災による被害は看過できるものではなく、城塞やその周囲の修繕や整備、厄災や魔物に対するさらなる対策と調査が急務とされ、領土間の緊張状態は数年の間緩和されることとなったのである。その期間は、ノルン地方北部全体の魔術や建築をはじめとした技術の発展を促すものとなった。後にこの戦いは第一次厄災戦と呼ばれ、その後の安定期間をノルンの沈黙と呼ばれることとなった。

 

 その期間にはノルン地方南部のゾルプエンテ王国との貿易強化や特定地域の独自発展、アルバ=フロス教国の脅威がより増す原因となるものでもあった。


 レガリアの王が頭角を現すのは此処よりさらに八年後のことである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る