8節「試練」
8節「試練」
反乱から五年の月日が経つなかで、レガリア王国は周辺諸国との争いで得た勝利と大后の執る政治の中で国としての力は領土をはじめさらに蓄えられていた。そして賢者ヴィーサスの予言のとおりにウルドの祝福の影響を強く受けているレガリアの周辺も変化を遂げていた。
先に戦ったレガリア西南部のヴェストフレッヒェン王国やゲルトヴァイツェン公国が周辺の領や小国を吸収し、レガリアとも緊張状態へと発展し東南部ではゾリダーツ公国やシュミーヒェン王国、クラールシュタット王国などが東方でさらに勢力を拡大するアルバフロスに対する城塞を築きはじめていた。
レガリアの真南に位置するクライスベルグは東西両隣に挟まれた要所であり、緊張状態に陥った中レガリアを頼り同盟を結んだ。そういった不穏な情勢の中である事態が生じた。ヴィーサスがかつて予言したウルドの祝福-gift-についての言及である。
その年の夏、兼ねてより問題視されていたウルドの深淵より溢れ出た魔力が周囲の生体に異常をきたす現象が急激にその頻度を増し、レガリアをはじめとする周辺諸国を襲ったのだ。
ウルド渓谷より這い出た原種や地上に勢力を伸ばしはじめた亜種、さらには地上生物が魔力によって蝕まれ変貌を遂げたものや出どころが定かではない無機物の怪物、魔力に侵食された辺境に住まう人々が大挙として押し寄せたのである。
それらの群れや個々の生体はより強力となっており、レガリアに続いて独自の魔術の発展を遂げていた各国も早急な対応に追われ、軍を挙げての対処、掃討に臨んだ。
そして最もその危機にさらされたのは深淵を抱く国、最も魔力の影響を強く受けるレガリア王国であった。
魔力に侵食された生物や人間だけではなく、新たに発見された小型の竜種やかつて先代が深淵探査を行った際に命を落とした兵たちが侵食を受けた人間と同様に正気を失った状態で深淵より侵攻してきたのである。
レガリアの防衛魔術は数年前よりもその精度は向上していたものの、かつてよりも強力かつ大群で侵攻され魔術による防衛のみではそう長くは保たず、深淵より最も近い前線要塞シュルフトブルグへの到達も時間の問題であった。
幸か不幸か、隣接する他国他領にもその災いが及び領土間で戦う余裕はどこにもないと判断したフィシュカ大后とライズフェルドはレガリアの各領から兵を集めリュスタル卿をはじめレーヴェンハイト卿などの指揮のもとシュルフトブルグへと兵を指し向けた。
シュピーゲル卿はレガリア西南の要塞に詰めていたため、即座に向かうことが適わず、自身が援護に向かっている間抜かり無く国境を警備できるよう軍備を編成し直すと鏡を通じてシュルフトブルグへと転移した。
彼がシュルフトブルグ城内の鏡に転移してきた頃には城壁の外では戦闘が行われていた。既に集結していた騎士や城塞を任されているバルシュティン卿までもが戦線で戦うような状況にあった。即座に城壁へと登ると壁上では弓兵や槍兵らが空を飛ぶ小型の竜を相手に奮闘している。鏡の騎士は兵らを激励すると共に落ちていた槍を二、三竜に投げ穿つと
「矜持には反しますが“アレら”では致し方ありません」
と顕界した鏡より打ち出した光によって撃ち落とし、魔が群がる壁外へと飛び降りた。着地と同時に大きな土埃が柱の様に舞い上がり、シュピーゲル卿の降下地点にいた魔物らは両断されまたその衝撃に吹き飛んだ。
「シュピーゲル卿が到着したぞ!」
兵たちはシュピーゲル卿の到着に士気を取り戻し、時間を掛けて漸く再構築した魔術を行使したこともあって日が沈み始める頃には大凡掃討は完了した。
勝利を収めたにも関わらず城塞へと帰還しても兵や諸侯らの顔色は浮かないものであった。聞いてみると既に城塞へと迫ってきてからこの攻防が三日程続いており、既にシュルフトブルグが招集できた兵の四割は削られているという。
魔術による防衛、攻撃も三日三晩放ち続けたため消費可能魔力の上限は超えており、その反動が魔術師達を蝕んでいた。おまけに魔物らが魔力を動力源に取り込んでいる様子で魔術が十分に発揮できないことが報告されていた。
悪い知らせはさらに続く。
城中で「この三日とは比べ物にならない数の魔物が迫ってきている」との報告が偵察より届いたとバルシュティン卿より伝えられた。
さすがの歴戦の騎士たちも力を増した魔獣や異形と化した人間との戦いに疲弊しており、城内には活気は見られないまま、重たい夜は更けていった。
明朝、日がまだ昇りきらぬうちに再び兵は集い陣が敷かれた。襲撃は日が昇りはじめた頃、渓谷より真っ直ぐこの要塞へと向かって来るのだという。シュピーゲル卿は兵を束ねる各騎士に正午、太陽の最も輝く時間まで耐えてほしいと伝え自陣へと戻った。
朝日が昇り始めた頃、報告通り数千とも数万とも見えるような人、獣さらには竜や怪物が合さった軍勢が迫っているのが確認できると、兵たちは息を整え何にとも無く祈りを捧げた。
交戦範囲内に敵が侵入したところで合図が鳴り、悲痛とも聞こえる雄叫びが陣より上がる。
最初に魔術兵や弓兵やらの遠距離攻撃が始まりそれを掻い潜って来たものを近接兵が対処する。そして時間が経つほどに異形の軍勢のその強さと物量に兵たちは疲弊し力尽きていった。
クライスブルグからの増援が到着したものの、その圧倒的な数の前では有力な戦力たり得ず、歴戦の猛者たちでさえ命の危機を感じるほどであった。
一刻一刻と消耗戦を続け太陽が徐々にその高度を高めていったその頃合いにシュピーゲル卿は声を上げた
「時は来ました!前進し敵を押し留めた後機を見て速やかに兵を下げよ!」
さらには
「ここが勝負どころだ!シュルフトブルグの魂ここに見せよ!!!!」
とバルシュティン卿も鼓舞し
「鏡の奇跡、その目で見んがため、踏みとどまれ!これは勝ち戦だ!」
リュスタル卿も一層その剣を振るった。
他の騎士や兵らも己を奮い立たせ、渾身の力を以て敵軍と衝突した。敵軍の動きに滞りが生じると見るや軍は反転し後衛へと回った。
前線に立つのは、鏡の騎士ただ一人、他の兵はそれを有事の際に備え静観する形で陣を整えた。
「よくぞこの時まで戦い抜きました。貴方がたに敬意と感謝を」
シュピーゲル卿は群がる敵を見据えたまま後方の者らに言葉を贈ると、一歩進む
「──抜刀」
かざした手の先、空の鏡より剣を抜いた。シュピーゲル卿が手にした剣は。碧く澄んだ水晶のようで、且つ鏡よろしく陽の光を反射し輝いており、後方へ控えるリュスタル卿の眼にもその輝きは届いていた。
「ほう、あれがかの鏡の騎士の得物か…しかとその真なる力見せて戴こう」
シュピーゲル卿は剣を掲げ声高らかに言った。
「我が立つは真夏の平野、中天に座す正午の日輪の加護の下、ならば、我が剣の前に敵は無し!此処に勝利を誓いましょう」
「この剣は万物の写身、其は中天に燦然と燃ゆる紅蓮の日輪。我が眼前の敵のその一切を清き焔で焼き払い給え──」
──怒涛の如く押し寄せる幾千をも超える大軍を前に剣を宙へと投じ、彼の鏡晶角は詠唱を進めるにつれてそこより放たれる朱橙色の光量を増してゆく
────宙を舞う鏡の剣は炎天の真中の大火球より注がれる光を反射し、目の眩むようなまばゆい金色の光を放ちながら刀身を遥か天高く伸ばしやがてそれは光の柱となってその柄は彼の手中に収まった。
鏡が写し取りたるは”炎々と燃え盛る灼夏の日輪”
──────騎士は振り抜く
「Weltgrenze(-彼方より来たりし) Speiltine(鏡の剣-)!!!」
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