二章『Regalia』 1節「-王の生誕-」

2章『Regalia』

1節「-王の生誕-」


 フィシュカ王妃はヴェーク王の崩御より悲しみに暮れる暇すら無く、新体制を築くために奔走しヴェストフレッヒェンとの抗争を続けながら季節は春を終え初夏を迎えていた。


 王妃は臣下の勧めもあり、近々生まれくる新たなる王のためにとこの頃より最低限の執務以外を臣下へと任せ、ヴェーク王の遺した言葉を元に儀式の準備に取り掛かった。


 王が拝したという深淵に輝く都を模した竜を祀る聖堂を城内に設け、そこに久遠を示す鏡を幾枚も配置する。祭壇には蝋燭と王が持ち帰った宝石で出来た杯、そして王と騎士たちが深淵より持ち帰りし果ての宝物達と彼らの遺品が飾られた。それは、ふた月ばかりの短時間に築かれたものでありながら王の間や謁見の間にも引けを取らない神聖且つ壮麗なものとなり、入室は王妃をはじめとするごく一部の限られた特権階級のみに赦された。


  聖堂の完成から間もなくして、王の意向のとおり王女の産前の儀式は厳粛に執り行われた。

儀式中は側近であれ貴族であれ騎士であれ聖堂に入ることは許されずただ、扉の外で口を閉ざし待つよう言い渡された。


 神秘が夜を覆う満月の夜、月が丁度夜天の真中に輝く頃、聖堂の中央にて祭壇を前にし、王妃はひとり深淵と亡き夫、国、そして今後生まれくる我が子に祈りを捧げ、紅き宝石の如き龍血の結晶を宝珠の杯へと入れ天高くそれを掲げる。すると天窓から真下に差し込む月光によって紅き結晶はまばゆい光を放ち雪のようにみるみる解けて、その輝く葡萄酒の様な鮮やかな赤が半透明の杯を満たした。 


「白亜の都、赤き竜、ウルドの深淵に祝福があらんことを。此れより授かりし血は我

が子と国の往く末のため、我が子が王として世の枢機とならんことを」


フィシュカ王妃は幾度かそう唱え杯の中身を飲み干すと、月明かりとそれに照らされる杯と鏡との中で再び黙して祈りを捧げた。それは黎明を経て暁が空を黄金に染めるまで及んだ。


 儀式を終え朝日が登りきる頃に眠りについた王妃は夢をみた。

 

 ウルドの闇のその奥、遥かなる深淵の底。白亜の都。そして深く鮮やかな紅い鱗を纏った竜の姿。それらは、王の冒険の中に目にしたそれと同じくして、畏怖を禁じえない荘厳な風景であった。


 夢の中で赤き竜は王妃に対し二言三言なにかを告げたと思うと、その刹那に王妃は目を覚ました。それからひと月後、太陽がよりその熱を増した頃に王妃は産気づいた。


 盛夏の候。太陽が直上になる頃合いを前にして王妃は聖堂へと入った。儀式の際と同じくして定められた僅かな人足を携えて。

「王が遺せし伝説。深淵の祝福が、竜の加護が我が子と我が国にあらんことを──」

 

痛みの中、王妃はひたすらに祈りの言葉を捧げた。静粛が満ちる聖堂内にただ痛みに喘ぐ声と王妃の祈りの言葉が響きそれは日没までに及んだ。

 

 朦朧とする意識の中、王妃はその身の痛みが刹那に止んだかと思うと強烈な光に覆われ、そして眼前に巨大な影が顕れた。あまりの眩さに薄目を開けることしか叶わない。逆光の中に見出したそれは、かつて王妃が夢に見た彼の紅い竜に相違なかった。竜はその口を開けることはなく、ただ、王妃を見つめていた。フィシュカ王妃はその光へ、神秘の体現であるかのような竜へと意図せず手を伸ばすと竜はその手に細い息を吹きかけた。と同時に王妃の意識は霞み深い闇の中に沈んでいった。


 フィシュカの目を覚まさせたのは呱呱の声であった。夢現の中で取り上げられた赤子を抱いた王妃は、自らが母となったことを識り涙を流しながら再び眠りについた。

 

 国の枢機、新たなる王の誕生である。

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