第4話 リガ南方郊外(午後)

 さっき出発したばかりというのはその通りだったようで、シュトルヒを飛ばして南方に向けると、すぐに2輌の自走砲は見つかった。

「あれだな。後席、無線の準備よろしくな」

「了解です」

 ほぼ平坦な街道を、砂埃上げながら縦隊を疾走する黒十字バルケンクロイツをつけた2輌の自走砲。泥っぽい焦茶や黄土色、カーキ色が混じった迷彩だ。

 上空から見ると、いかにも長い砲身が目立つ。車体後半にちょこんとしつられた段ボール箱のような戦闘室から、車体の2/3ほどの長さの砲身が伸びている。オープントップで天井がない戦闘室の内部はシュトルヒからは丸見えで、鉄兜被った兵士の表情までよく見える。

 一見不恰好にも見えるが、これがナースホルンと呼ばれる自走砲なのだろう。

 元々は「ホルニッセ」と呼ばれていたらしいが、昆虫嫌いのヒトラーが変名させたと聞く。


 と、シュトルヒのエンジン音で気がついたのだろう、先頭を走るナースホルンの男が上空を見て、笑い顔で大きく手を振ってきた。

『上空のシュトルヒ、聞こえるかあ⁉︎』

 後席の無線から、前席のハンスにも良く聞こえる大きな声が流れる。

「こちらシュトルヒ。感度良好です」

『そりゃよかった。急遽の共同作戦だが、よろしくなっ!』

 ミヒャエルの返信に明るい大声が答える。聞き覚えのある声だ。

 ひょいと操縦席から下のナースホルンを見ると、先ほど手を振ってくれた男がインカムをつけているのがわかる。彼が指揮官のようだが、その赤毛の髭面にも見覚えが。

「もしかして、アントンか?」

「うちの機長が、アントンではないか、と言ってますが」

 ミヒャエルがハンスから漏れたセリフを無線で伝えると、

『おお〜、やっぱりハンスかぁ!なぁ〜んか見たことある機体だと思ったんだよな!』

 無線の声が弾む。間違いない。アントン=クドリャフスキ陸軍中尉だ。ハンスとなにかと因縁がある、歴戦の対戦車砲兵、自走砲乗りだ。

 そういや数年前にあいつをこの機体に乗せたことがあったな、と思い出す。

 この機体に特定のエンブレムとかはないが、胴体と尾翼に「1《アイン》」が書かれている。シュトルヒ小隊が解散してもゲンを担いでそのまま残してある。

 こういった機体ナンバーは編隊を組む戦闘機や爆撃機では当たり前だが、本来単騎で作戦するシュトルヒに書かれていることは少ない。それで気がついたのだろう。

『元気だったかあ⁉︎ま、こうして空飛んでるんだから、元気なんだろうなあ。あれからこっちは…』

「あいつの話は長いんだ。そんな昔話は後で、と言え」

「機長が、昔話は後で、と言ってます」

『おっと、そりゃそうか』

 と言いつつも、反省しているようでもなく、明るくワハハと笑い声が聞こえる。

 アントンも変わらずで何よりだ。


 最低速度60km/時という、当代軍用機中もっとも遅い速度で飛行できるシュトルヒでも、30km/時ぐらいのナースホルンにあわせて追走はできない。ゆるい円を描いて旋回しながらアントンたちと無線を交わす。

『後車のゲオルグは、さすがに会ったことなかったよな?』

『2号車車長の、ゲオルグ=パウルス陸軍軍曹です。うちの小隊長ともどもよろしくっす!』

 若い別人の声が無線から聞こえる。ゲオルグと名乗る彼の声も、戦場のものとは思えない明るい声だ。部隊長の陽気さは隊員にも伝染するものかもしれない。

「時間がない。符牒を決めてしまおう」「符牒を決めたい、と言ってます」

 ハンスの言葉をミヒャエルが復唱する。

 無線でのやり取りでは、それぞれに符牒を決めて呼び合うのがドイツ軍の慣習だ。

『単純でいいんじゃないか。ハンスが1《アイン》で。尾翼にも書いてあるし』

『じゃ、小隊長が2《ツヴァイ》、俺が3《ドライ》ですかねー』

「了解、だそうです」

 ミヒャエルは、ハンスが右手を操縦桿から離し、OKの合図を後ろ手に作ったことを見て答える。

『ではさっそく、敵情はどうだった、アイン?』

 ミヒャエルからさっき見たソ連軍の規模、予測場所が伝えられる。

『3〜40輌のイワン戦車部隊を、2輌の自走砲で足止めってか?』

『これまた、なかなか無茶振りっすねぇ』

『ナルヴァからこっち、そんなのばかりだな』

『残弾もあんまりないし、4〜5発ブッパするぐらいですか』

『それで、イワンがビビってくれりゃあいいが』

『いやいやぁ、最近のイワ公、カサにかかって攻めてきてるから』

『だな。せいぜい警戒させて速度を落とさせるくらいか』

 アントンとゲオルグは、なれた感じで無線で会話をしている。


「こちらアイン。俺は何すればいいか、と聞いてます。当方対戦車戦闘の支援は初めてでして」

『あー、そうかもな。あ、こちらツヴァイね』

『こちらドライ。ナースホルンって、長距離でも戦車をぶち抜ける対戦車狙撃砲と思ってくれると、理解しやすいかも?』

『お、よく言った。狙撃手ってさ、スコープで狭い範囲ばかり見てるから視野が狭くなるんだよなぁ』

『だから、広く視野を取って適切な目標を伝える指示役と組んだ方が、狙撃手は活躍できるんすよ〜』

『ま、オープントップの自走砲は、戦車なんかよりは視界広いが』

『その分、防御は紙ですからねぇ。ナルヴァ戦の時は前衛に観測兵を置いて、隠れて無線飛ばしてもらいましたわ』

 2人からの息のあった会話を聞き、ハンスは大体の役割を理解した。ナースホルンの目として、上空から敵の動きを知らせればいいようだ。

「こちらアイン。了解した、と言ってます。本機は敵の現状を知るために前進。ツヴァイ、ドライは南方に砲を向け、視界広い場所で陣取れ、とのことです」

『ツヴァイ了解』『ドライ、了解っす』

 2人の重なった無線を聴きながら、シュトルヒを増速させるハンスだった。


 約5分後。

 リガ郊外の打ち捨てられた家屋、木がボサボサになった垣根を盾に2輌のナースホルンが鎮座している。その上空にはゆっくりと旋回するシュトルヒ。

「こちらアイン」

 緊張してるのか、ミヒャエルの声はやや抑えられている。

「まもなく敵の第1梯団が森の街道を抜けてきます」

 ミヒャエルが見ているのは1.2~3km離れた小さい森だ。戦車を先頭に、歩兵を従えた集団がスピードを落として進んでいるのは確認できていた。

「ツヴァイは12時方向そのまま、ドライは11時方向に多少動かしてください」

『ツヴァイ了解』『11時っすね、ドライ了解』

 自走砲は砲塔がないので、照準を合わせるには車体を動かす必要がある。


 しばし、待つ。

 実時間は短いのだろうが、こうして会敵を待つあいだの時間は間延びして、なぜか長く感じられる。普段は気にならないシュトルヒのエンジン音、プロペラ音がやけに耳につく。

「…来た!」

『射てぇ!』『テェー‼︎』

 無線から重なる声が響き、あわせて下の自走砲の発射煙炎が見え、わずかな時差で発射音が響く。

 放たれた砲弾は、森からそろりと現れたT-34に一直線に突き刺さる。車体に1発、砲塔に1発。瞬時に赤黒い煙と火を上げて停止し、遅れてズズンという撃破音が届いた。

『命中‼︎』『次弾、急げ!』

「こちらアイン!敵混乱中!近くの森を攻撃!」

 双眼鏡で敵を見ながらミヒャエルが伝える。どこから攻撃されたか、ソ連軍にはわかってないようだ。森の中に待ち伏せ部隊がいると思ったのか。

「炎上した戦車の右脇!すり抜けて1輌来ます!」

『任せろ‼︎』『血まつりだ!』

 再びナースホルンの長砲身が火を噴く。

 森と擱座戦車の脇を無理やりすり抜けたらしいソ連戦車は、こちらに車体側面を向けていた。いい的だ。

 1発は角度が悪かったか、避弾経始に優れた砲塔に弾かれ無駄に破裂しただけだが、1発は砲塔下のキャタピラ部分を貫通し、ガクンと止まった。

 破壊口や砲塔の隙間から黒煙がたなびき、砲塔上のハッチや車体前方のハッチから、わらわらとソ連兵が脱出していくのが見えた。

『よーしよし!いい調子だぜ!』

「こちらアイン!ソ連軍は破壊された戦車に行き道を塞がれて後退!」

『ザマァねぇなぁ!』

 アントンの哄笑が無線からもよく響く。


「後席、もうあの集団はほっといていい。丘陵地を行く第2梯団を叩くぞ」

 ハンスの声に、了解とミヒャエルも答える。

 森の中を通ろうとしていたソ連軍集団とは別に、緩やかな起伏の草原にキャタピラの跡を刻んで進む一団もいるのだ。先ほど偵察した時には大口径砲を搭載した新型戦車も見え、装備からすればこっちの方が精鋭なのかもしれない。

「こちらアイン。1時から2時方向に敵の第2梯団接近中。各自照準合わせ」

ミヒャエルもだんだんと慣れてきたようで、その言葉から無駄な修辞がなくなっている。

『1時から2時ね、ツヴァイ了解』『車輌動かす』

 木や垣根が視界を邪魔してるようで、2輌とも少し前に動き、丘陵地を一望できる場所へ。

『なんか、裸で街を歩くような心細さだな…』

 ドライのゲオルグの声が漏れる。防御力のない自走砲は車体を地形や家屋に隠すのが一般的だ。何の遮蔽物もない場所で陣取るのが落ち着かないのだろう。

「敵第2梯団、接近中。距離およそ1km。ツヴァイ、砲身をやや右」

『右ね、了解』


 それから20秒ほどカウントしたのち、稜線を越えてソ連戦車が現れる。

『チッ、速い!』『テェー!』

 ドライからのみ砲弾が放たれたが、この距離で素早く動く目標を捉えるのは至難の技だ。敵戦車の後方に外れる。

 だが外れた砲弾の音で攻撃されたこと気がついたのだろう、戦車が速度を落とし、跨上していた兵がばらばらと飛び降り警戒に入る。

素早い行動だ。だが。

あめぇ』

 速度を落とした事で狙いやすくなったのだろう、ツヴァイから放たれた砲弾は、敵戦車の後方部にあるエンジン部に突き刺さり、爆発と黒煙を上げる。

『こちらドライ!残弾無くて、そろそろ店じまいだ!』

『ツヴァイも同様。あと1発だな』

「後席、次々とイワンどもが来るし、抑えきれん。撤退させろ」

「こちらアイン。了解。ソ連軍に見つかる前に、2両とも撤退!」

『ドライ了解!でもその前に』

 装填してあったのだろう、ドライから1発放たれたが、敵戦車手前の地面にめり込んだだけだった。榴弾ではない徹甲弾だと、柔らかい地面では爆発しないことが多い。

そしてその1発で放たれた方向、そしてナースホルンを発見したようだ。ソ連戦車が突進してくる。

『撤収!』

 2輌のナースホルンが全力でバックする。装甲がない分自走砲の動きは早い。

 ソ連軍が視界から見えなくなったところで切り返し、『あとは頼む』というアントンの無線を最後に、リガに戻っていった。


 ソ連軍は自走砲を深追いはしないようだ。赤い三角旗を押っ立てた、多分この集団の指揮車両のところに集まっている。

「後席、周波数合わせられるか?」

 まだソ連軍機は見えない。今ならフライバイしながら敵無線の傍受ができそうだ。

「了解」

 アメリカの軍事供与によって、最近のソ連軍戦車のほぼ全部に車載無線が備え付けられているらしい。

 だがその使い方はまだまだだ。周波数はほぼ固定されており、敵に安易に傍受されるということに注意が及んでいない。

『……破損車両は……後方回収部隊に…。…ガに一番乗りできれば、我々全員に赤星勲章が……!』

『ウラー‼︎』『…ラー‼︎』

 サザッ、ザザッと混線しながらも野太いロシア語の声と、それに応えた『ウラー!』の歓声が無線から流れる。

「中尉、どうですか?」

 ロシア語がわからないミヒャエルが聞く。

「イワンの戦意は落ちてないようだ。あの集団だけでもリガ突撃するようだな」

「そうですか…」

 1集団だけで突出など無謀の極地だと思うが、まだ他にも後続部隊がいるのかもしれない。蛮勇と敢闘は紙一重だ。ドイツ側に防衛の手立てがない現状では、浮き足だってずるずるとリガ陥落、そして北方軍崩壊へと繋がる可能性だってある。

 ➖そうなれば、マーシャやジークも…。

「なんか止める手段は…」

 ハンスの口から焦りの言葉が漏れる。


「右手3時方向、機影が見えます」

 ミヒャエルの声に、知らずうつむいていた顔を上げるハンス。

「3時?海側ならドイツ軍機か?」

 バルト海側はまだドイツ軍が抑えているはずだ。そう思いながら言われた方向に顔を向けると、まだ距離があるのだろう、小さな飛行機の姿が見える。

「フロートがついているようだから、海軍機ですかね…」

 双眼鏡で見ながらミヒャエルがつぶやく。

 その言葉に天啓が走るハンス。

「ミヒャエル!あの機と周波数合わせろ!」

「周波数って言っても…」

「大丈夫だ!あれも空軍に所属してるから、空軍の定例周波数で行けるはず!」

 空軍総司令官ゲーリングのゴリ押しで、軍艦搭載機であっても「空飛ぶ物は全て空軍のナワバリ」として、空軍から派遣されていると聞いた。

 この現場をわきまえない迷惑な縦割り軍政も、今この場に限ってはラッキーともいえた。

『……聞こえるか?こちらは重巡プリンツ=オイゲン所属のアラド機だ…』

 向こうも連絡を取りたかったのだろう、定例周波数に合わせるとすぐに元気のいい声が入ってきた。

 距離も近づいてきて、双フロートが特徴のアラド水上機が軽く両翼を振っているのがわかったので、ハンスも上下に両翼を振って答える。

 この両翼を振る仕草は、友好を表す飛行機乗り共通のゼスチャーだ。

「こちらシュトルヒ。感度良好。協力してくれるのですか?」

『おお、通じてよかった。陸軍さんからの救援要請で出張ってきた。艦砲射撃でイワンどもに鉄鎚を食らわせてくれって」

「助かります。敵はちょうど集結しています」

『こいつらか』

 シュトルヒに近づいてきたアラド機からも、ソ連軍を視認したらしい。

 低高度飛行中のシュトルヒからは見えないが、リガ湾内にドイツ軍の重巡洋艦が支援に来ているようだ。「一度無線を切る」とアラドから連絡があったから、プリンツ=オイゲンに敵の座標を連絡しているのだろう。


 集結中の敵部隊上空をあまり近づきすぎないようにゆっくり旋回していると、

『こちらアラド。本船からの一斉射撃がくるから、シュトルヒも退避せよ』

 と連絡が入る。

「こちらシュトルヒ。了解」

 ミヒャエルが応答するのを聴きながら、シュトルヒをアラドに近づけていくハンス。

 軍歴6年目に突入したハンスも、艦砲射撃を目にするのは初めてだ。巻き込まれない範囲がよくわからないので、アラドにくっついていく。

 そのうち、空中を切り裂く砲弾の飛翔音と共に大きな8つの爆発。少し遅れて重なった爆発音とシュトルヒの機体をも揺らす衝撃波。

 噴き上がった土煙で最初は戦果が分からなかったが、晴れると8つの大穴が見える。

「結構ズレたな…」

 1発の砲弾でかなりの広範囲を攻撃できるはずだが、座標のずれか敵集団にあまり被害が出ていない。

「プリンツ=オイゲンは一度前線を離れて、練習艦になっていたと聞きました。もしかしたら練度が足りてないのかもしれませんね」

 後席のミヒャエルが思わぬ知識を披露した。

「でも、敵さんには脅威を与えたらしいぜ。ほら」

 大口径の砲撃を受けていることに気がついたらしい敵集団は、にわかに散らばり始めた。一網打尽で壊滅するよりは、散らばって少しでも生き残らせることを選んだのだろう。ソ連軍の無線を傍受したわけではないので、想像だが。

「これならリガ突入は無理だな」

『こちらアラド。艦長オヤジがもう1斉射すると言っている。充分距離を取れ』

 再度入ったアラド機からの無線に、「了解」と答え、再び離れていく。

 しばらくして再び8発の榴弾の鉄槌が、蜘蛛の子を散らすようなソ連軍車両に下される。

 再びの爆音と衝撃波の後、いくつかの車両から赤黒い煙がたなびくのが見える。衝撃波を受けてひっくり返され、あまり見たことがなかったT-34の車底を晒し、キャタピラが空転する戦車もある。

 逃げのびた車両もあるが、戦闘集団としては無力化されたと言ってもいいだろう。


『こちらアラド。シュトルヒ聞こえるか』

 アラド機からの無線が入る。

『こちらシュトルヒ。感度良好』

『他にも叩くべきイワンはいるか?いるなら案内を頼みたい』

『あー、ちょっと待て』

 後席のミヒャエルは一度無線を切って、他に聞こえるわけもないのに声をひそめてハンスに聞いてきた。

「中尉、森に足止めしたあの集団のことを伝えますか?」

「…伝えるしかないだろうな」

 嘆息するようにハンスが言う。

「ただでさえ劣勢だからな、ドイツ軍は。逃げる敵を叩くのは趣味じゃないが、そんな甘っちょろいことを言ってる余裕もないからなあ…」

 これまで戦意のない敵は見逃すことをしてきたハンスだが、それもドイツ軍が優勢だったからこその余裕だ。現状では使えるものはなんでも使って、ソ連軍を削るしかない。

「了解です」と受けたミヒャエルは、無線のスイッチを入れてアラド機に先導を申し出る。それを受けてハンスは、シュトルヒを機動させる。


「…甘っちょろくてもいいと思いますよ、私は」

 やや間があって、独り言のようにミヒャエルが話しかけてきた。無線は切ってあるようだ。

「軍人としては、間違いなのかもしれません。ですが、私は応召組ですからね。人殺しは、したくないです。神様だって『汝の敵を愛せ』と言ってますし」

 ぽつりぽつりと、言葉を区切るようにゆっくり話すミヒャエル。ハンスもまた、黙って聞いている。

「だから、同じような考えのハンス中尉殿と組ませてもらって、運が良かったと私は思ってますよ。今回のように、仕方ない時があったとしても」

「……ありがとう」

 ミヒャエルと組んで1年以上。互いの考え方などを話し合ったことはなかったが、それまでの行動から、ハンスの国家反逆罪ホッハヴァラットとも取られかねない「見逃し癖」はわかっていたらしい。

 20歳近くも歳上のミヒャエルが、励ましというか、共感してくれているのがハンスは嬉しかった。心に沁みた。

 なんと言って返していいか分からず、そっけない感謝の言葉になったハンスだったが、ハンスもまたミヒャエルが後席でよかったと実感していた。


 ♢♢♢


 その後、森の中でまごついていた敵集団も艦砲射撃で叩き、リガの危険はとりあえず去った。

 だが、「とりあえず」という表現に表されているように、リガ東方からの圧力はなくなっていないし、リガ南方のシャウリィはソ連軍が保持したままで、北方軍孤立の危機は続いている。

 さらに広い視点で見れば、この8月に英米軍によりパリが解放され、西部前線もドイツ国境に迫っていたし、ドイツ内部でも先月末にヒトラー暗殺未遂事件(いわゆるワルキューレ作戦)が起こり、それに陸軍将官が多く参加していたことで、敵の攻撃の最中にも関わらず、反ナチス将校の粛清に明け暮れるという愚行を続けていた。

 

 坂道を転がり落ちるかのように、ドイツ崩壊がせまっていた。












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