第7話 スタラヤ=ルッサ市街(夜)①

 夜の街に、雪がちらつきはじめた。

 こりゃ明日は飛行停止かな、と皮算用しながらハンスは凍結したスタラヤ=ルッサの街路を、軍靴の音を響かせながら歩いていた。

 街並みからすればスタラヤ=ルッサの中でも一等地の繁華街なのだろうが、街灯もなく人影もない。ハンスの腰につけたランタンの明かりだけが揺れている。

 暖かくなったと言っても零下の街だ。ハンスは毛皮の帽子に耳当て、顔は目だけを出して顔をスカーフで覆い、それに軍用の寒冷地外套をまとっている。その前を、ボディガードよろしく前方を警戒しながら進む白犬アドルフ。

「その街路を右だな」

 四つ角で、どっち?とでもいうかの様に振り返ってハンスを見たアドルフに、腕で進む方向を示す。

 ひらひらと軽い雪が舞い落ちるなかをしばし歩くと、目当ての店の前に着く。


 通りに面した酒場風の店構えだが、看板は外され窓には鎧戸が降りてにいる。

 もともと降雪は少ない地域ではあるが、それでも玄関前の雪が掃けられていることから人が住んでいるのはわかる。微かではあるが鎧戸からは灯りが漏れている。

「おーい、開けてくれぇ」

 ドアノックを響かせながらロシア語で声をかけるが、返事はない。

「いるんだろう?今日はとっておきのやつを持ってきたんだぜ。なんとグリューワイン‼︎」

「……ホントに??」

 ドア越しの、こもったロシア語の返答がある。女性の声だ。

「そんなすぐバレる嘘はつかんさ。ほれほれ」

 と軍用バッグからワインを取り出し、のぞき窓から見えるところに掲げる。

 それを確認するするためか、やや間があった後、重そうなかんぬきを外す音がして木製の扉が内側に引かれた。

「寒いんだから、ささっと入って」

 半開きの扉の向こうで、気の強そうな若い女性が抑えた声で言う。

「わかってるよ、リーザ」

「…なに、犬もいるの?」

「あー、アドルフ連れてきたのは初めてだったか。犬はダメ?」

「この寒い中、犬だけ外はかわいそうだよねぇ…。大丈夫だから一緒に入れちゃって」

「助かる」

 ブルッと身体を震わせアドルフが入ると、続いてハンスも半開きのドアから体を入れて、重い木扉を閉めた。


 扉を閉めれば、室内の暖かい空気が顔を撫でる。

 自然と顔が緩む。ふうっと一息ついて、口を覆っていたスカーフをずらす。

 室内は右手に細長いカウンターがあり、丸椅子が7〜8脚付いている。そしてカウンターにはランタンが置かれ室内を照らしている。

 真ん中は狭い通路になっており、左手には小さな机にその上に2つの椅子が載せてある。それが2セット縦並びで置かれていた。

 カウンターが切れた奥には4人がけのやや大きな机と載った椅子。奥の壁には火のついてない暖炉。ランタンの灯りはこの辺までは届かず、薄暗い。

 だが、カウンターの向こうにあるかまどには火が入っていて、上に置かれている蓋をした鍋からはほんのり湯気が出ている。

 これだけで、外気とは比べものにならないくらい暖かい。

「外套とか帽子とかは、そこの衣裳がけを好きに使って」

 リーザと呼ばれた女性が、カウンターの向こうに回りながら言う。

 ちなみに、リーザとはエリザヴェータの愛称で、ロシアではある程度親しくなれば愛称で呼び合うのが一般的だ。

「ワンちゃん、アドルフだっけ?君はこっち。竈近くの方が暖かいでしょ」

「いいのか?カウンターの中に犬入れちゃっても」

「いいのよ。どーせ客は来ないから」

「そりゃそうか」

 ドイツ占領下の街で、ロシア人がのんびり飲みに来るとは思えない。第一、露通貨ルーブルの使い道がない。

 そんなやりとりをしながら、防寒着を脱いでいくハンス。


 服を脱いで身軽になったところで、エリザヴェータに近いカウンターに腰を掛ける。

「こいつなんだけどさ」

 と、カウンターにボトルを置く。

「ドイツ産ワインだあ。よく手に入ったわねー」

 エリザヴェータはラベルを眺めながら感心したように言う。ドイツ語は読めないが、ドイツ語が書かれているはわかるようだ。

「まあ、ちょっとしたオマケさ。で、せっかくのグリューワイン、どうせなら温めて飲みたいじゃん?ここなら湯煎出来るだろって思ってさ」

「そりゃ出来るけど。でも軍営内の酒保でも温めることは出来るんじゃない?」

「だめだめ。あんなとこで飲んでいたら他の連中にたかられて、全然俺の口に入らなくなっちまう」

 軍隊では、美味いものは隠れて密かに飲み食いするのが基本だ。

「そんなもんなんだあ。まあ、あたしはご相伴にあずかれて嬉しいけど」

 うふん、と軽く笑ってエリザヴェータはワインを湯煎用の陶器水差ピッチャーに移し替える。

 とくとくとく…と魅惑的な音をたてて、赤い液体がピッチャーに注がれていく。

「一から温めるから、ちょい時間がかかるわよ」

「構わんさ。待つ時間も楽しみのうちってね」


 と、ハンスの目がさっきまで竈に掛けられていた鍋に向く。

「その鍋は?」

「蒸かしジャガイモ《カルトーシュカ》」

 エリザヴェータが鍋の蓋を開けると、湯気と共に蒸しジャガイモ特有の匂い。転がった大小3つのジャガイモがいい感じで蒸され、食欲をそそる。

「美味そう。分けてくれぃ」

「これ、あたしの夕飯なんだけど」

「そこをなんとか。実は俺、コイツに天才的に合うもの持ってきてんのさ」

 目尻が下がった顔で、ごそごそ鞄をまさぐったハンスが出してきたのはバターのかたまり。

「蒸したカルトーシュカにバターは、ベストマッチだよな」

「え、なに?バターも分けてくれるの⁇」

 エリザヴェータが目を丸くするのも無理はない。バターも貴重品でそうそう手には入らない。ドイツ占領下のロシア人なら尚更だ。

「かたまりごとやるよ。このサラミと一緒につまみにしようと思ってたんだ」

 続いて取り出した一本のサラミをゴロンとカウンターに転がす。

「ちょ、ちょい待ち!」

 エリザヴェータは大きな手振りで手と顔を横に振る。

「こわいって!こんな貴重なもん貰っても、返すものが…」

「お前さんの夕飯を分けてもらうんだから、それで充分」

「いやいやいやっ。どう考えてもカルトーシュカ数個とじゃ、釣り合い取れてないからっ」

「いいんだよ。美味いワインには美味いつまみさ」

 実際、デミャンスクへの空輸でごった返しているスタラヤ=ルッサでは、運ばれる食料品からちょろっと「ネズミ」る事はそんなに難しくはない。食べ切れないくらいに溜め込む奴もいるが、ハンスは食料品はおいしく食べてナンボと思っている。

「そんなに気になるなら、秘蔵の蒸留酒ウォトカを出してよ。最初に会った時出してもらったやつ。ワインの後でいいから」

「そのくらいは……、あと、野菜入りスープ《シチー》も温めたら食べる?残り物だけど」

 と、ニンジンやらビーツやらキャベツやらがごろごろと入っている、ロシア人のみそ汁とでも言うべきシチーの入った鍋を見せてくる。

「いいねぇ。シメに最適だ」

 ハンスの生まれ故郷でもシチーはよく食べた。各家ごとの「味」があり、季節や具材で千差万別の味となる。

『パンからは離れてられても、シチーからは離れられない』ということわざがあるくらい、ロシア人には馴染みがあるものだ。


 エリザヴェータはそれで折り合いをつけたらしい。

 ひょいひょいと鍋から木皿に蒸しジャガイモを移し、取り出したペティナイフでバターをつける。

「はいよ」

 手慣れた感じでフォークとスプーンをつけて、木皿が置かれた。湯気と混ざったバターの香りがハンスの鼻腔をくすぐる。

「ほっふ」

 熱々のじゃがいもを口入れるハンスを横目に、リーザは手際よくサラミをスライスしていく。本物のサラミは結構固いから、力がいる。

「ほい」と、サラミを盛り付けた皿を押し出してくると、次には戸棚から陶器のタンブラーを出してくる。

「こうして酒を温めるのも久しぶりだから、適温を外しちゃいそう」

 などと言いながらも、てきぱき準備するエリザヴェータは楽しそうだ。ジャガイモをハフハフさせながら、それを見ているハンス。

「そろそろかな」と、湯気が出始めた深鍋から細長いピッチャーを取り出し、手拭いで水滴を取るエリザヴェータ。

 かつてのお店で使われていたものだろう、灰色の地に入子人形マトリョーシカの明るい絵が色付けされたタンブラーに中身が注がれると、温められて花開いた甘いワインの芳香が広がった。

 香りを充分に楽しんだあと、ハンスはタンブラーに口をつける。

「あ〜〜〜〜」

 ワイン自体、飲んだのはいつぶりだろうか。思わず声が出た。

「ん〜〜〜」

 見れば、エリザヴェータもひと口飲んで声を上げていた。

「グリューワインなんて、ほんと久しぶり〜」

 2人は揃って顔を綻ばせる。

「ワインが体に染み渡るなあ」

「サラミもよく合うわね」

 慎ましくも、満ち足りた戦時下の晩餐。


「あらためて思うんだけど」

 ある程度酒が進んだ状態のエリザヴェータが、タンブラー片手に言う。

「ハンスさんってホントにドイツ兵に見えないわねー。ロシア人っていう方がしっくりくる」

「それ、よく言われる」

 気を悪くするわけでもなく、あっさり答えるハンス。

「顔立ちがロシア人ぽいんだよねー」

 確かにハンスの金髪蒼眼、白い肌に高い鼻はスラヴ系の特徴とは言える。だが、ドイツ=ゲルマン系も同じような特徴を持つ者は多い。

「話し言葉じゃないかな」

 ロシア人から似たようなことを言われることが多かったハンスは、なんとなく理由が分かる。

「あー、それかあ。それは確かに」

 合点がいったようにうなづくエリザヴェータ。

「ハンスさんのロシア語、完全にネイティブのそれだもの。スラングにも詳しいし。ドイツで勉強したの?」

「いいや」

「じゃあ、どこで?」

「自然と。ほら、俺バルト=ドイツだから」

「…あたし、勉強嫌いだったのよ。そんな当然知ってるよね、みたいに言われてもさー」

「あー、バルト=ドイツってのはなあ…」


 ♢♢♢


 大陸とスカンディナヴィア半島に囲まれた南北に長い内海。バルト海。

 高緯度でありながら冬季でも凍結しない不凍港が多く、波も大きくならない。デンマーク海峡を通じて北海、そして大洋と繋がっていることもあり、古来より海上交易が盛んで、中世以降ドイツ系商人がその中核を担っていた。

 大きな変化が起こったのは13世紀の東方植民活動である。

 十字軍の熱狂の余波を受けて、ドイツ騎士団などが中心となり「異教徒調伏」の美名の元、大陸側のバルト沿岸部を軍事侵略していった。

 ちなみに、この時誕生したドイツ騎士団領がのちのプロイセン公国の源流であり、19世紀のドイツ統一の中心となったのはよく知られる歴史事実である。ドイツ軍の認識標章である黒十字バルケンクロイツがドイツ騎士団の紋章に由来してる由縁でもある。

 ハンスの故郷ラトビアに話を戻せば、13世紀初頭リヴォニア帯剣騎士団により征服され、支配下においたリーヴ人を使役してドイツ風の都市、リガが建設された。そこにはドイツ系の商人、職人、教会関係者他が移住し、ドイツ語、ドイツ文化にドイツ都市法が導入され、騎士団の武力的背景をもとに、ドイツ系住民が支配者として統治をはじめた。

 これがバルト=ドイツの嚆矢と言われる。


 だが、カトリック教会でさえ眉を顰める過酷な先住民統治に反発した人々は、ラトビア人を中心とした抵抗勢力を作り反撃した。これにリヴォニア騎士団は敗北、ドイツ騎士団の傘下に入る。

 さらにドイツ騎士団がポーランドに敗れると、リヴォニア騎士団は解体されポーランドの支配下に置かれるが、バルト=ドイツ人は新しい支配者に協力することで、その政治的、経済的優位性を維持する。

 それはポーランドからスウェーデン、スウェーデンからロシアと統治者が変わっても同じで、少数のバルト=ドイツが多数派のラトビア人、移住してきたロシア人などの上に立ち、支配層を形成して600年以上が経過していた。


 だが20世紀初頭の第一次世界大戦がそれを変えた。

 当時のバルト沿岸部の支配者はロシア帝国だったが、旧態然とした身分制度に血統主義、コネと賄賂が末端まで行き渡り、機能不全を起こしていた。

 加えて、社会主義を標榜する革命勢力の台頭で、とても戦争できる状態ではなかったが、英仏と共にバルト=ドイツの心の故郷とでも言うべきドイツ帝国と戦い、連戦連敗していた。

 ロシア革命が起きた頃にはリガはドイツ軍の手に落ち、その後のブレスト=リトフスク条約で新生ソビエト連邦は、大戦離脱と引き換えにバルト沿岸部をドイツに割譲した。

 ところが、そのドイツ帝国は米英仏の連合軍に敗れ、バルト沿岸部を含む広大な東欧地域の支配権が浮いてしまう。

 これを奇貨としたバルト沿岸部諸地域では各民族による政府の立ち上げがあったが、所詮は吹けば飛ぶような少民族の寄り集まりだ。大国、特に戦勝国の意向に左右される存在にすぎない。

 幸い、英米戦勝国にとり、この地域を敗戦国ドイツに残しておく選択肢はなかったし、社会主義国となったソ連に返す選択肢はさらになかった。

 結果、「民族自決」のスローガンを前面に出し、国際連盟主導の元、自由主義的なラトビア共和国が建国され、多数派であるラトビア人主体の政府が成立した。

 従来の支配層だったバルト=ドイツは政治的優位だけでなく、地主制の解体によって農地を多く失ったため経済的優位も後退した。


 近隣のエストニア、リトアニアと共に、イギリスが共産国ソビエト連邦に対する「防波堤」を意図して作り上げた国家である側面は、確かにあった。

 だが、選挙でリーダーを選ぶ事は時代の要請でもある。

 少数民族となったバルト=ドイツではあったが、ラトビア全体で見れば1割にみたない彼らも、首都リガに限って言えば過半数を超える人口を持ち、少数民族という悲哀をあまり感じる事はなかった。

 さらに言えば、それまでの富の蓄積から来るバルト=ドイツの経済界における影響力は無視できないものがあり、産業資本家も多かった。

 何より、アメリカイギリスといった先進国とのつながりが強化され、今までにない物や文化が溢れるようになり新時代を感じさせていた。


 しかしそれも10年ほどであった。

 世界恐慌の広がりと共にドイツでナチ党が台頭してくると、ヨーロッパ全体に暗雲が立ち込めたようになる。

 バルト=ドイツの中にはナチスの思想に共鳴するものも出たが、それは少数にすぎなかった。魔術的とも言えるヒトラーの演説に酔いしれていたドイツ国内に比べ、外にいたバルト=ドイツは冷静かつ客観的態度で考えることができ、その思想の危うさが見えていた。

 何より、当時のラトビアにとり危険だったのは、世界恐慌などどこ吹く風で経済復興と軍事増強を進める隣国ソビエトであった。

 ロシア帝国領の継承を当然と考えるソ連にとり、バルト三国なぞイギリスのかいらいに過ぎず、再びソ連に併合されることこそが「あるべき姿」だったのだ。

 そんな飢えた熊を前に、ただでさえ小国のラトビアが民族対立を荒立てるなど、自らエサになりにいく行為に等しい。そのくらいの認識はバルト=ドイツにもあった。

 それは人口の1割強を占めるロシア系住民も同じで、もとより革命や社会主義体制を嫌って逃げてきた白系ロシア(共産党のシンボルカラーが赤なのに対し、それに敵対した王党派のシンボルカラーが白であったことから、反ソビエトロシア人をこう呼ぶ)が多くいたこともあり、ソ連を受け入れない事では意見はまとまっていた。

 こうして、国際世論にアピールをしつつ、なんとかこの嵐を過ぎるのを待っていたラトビア政府だが、そんな努力を消し飛ばす事が1939年におこる。


 全世界が驚天動地した、独ソ不可侵条約。

 不倶戴天の両国が手を結んだ事もそうだが、多少なりとも国際政治に目端の利く者なら、これが単なる不可侵条約ではない事は容易に想像がつく。なにしろ、締結時点で両国は領土を接していないのだ。

 多くの識者が予想したように、表の不可侵条約の裏にはいくつかの秘密協定が結ばれていた。ポーランドの分割、そしてフィンランドとバルト三国のソ連併合の黙認である。

 ポーランド侵攻が終わってない9月末には、ソ連はバルト諸国に赤軍の駐留を認めるように高圧的な要求を行う。これを拒否する事は友好関係に深刻な影響をもたらす、とも。

 これが脅しでない事は、要求を断ったフィンランドがソ連に攻め込まれ(冬戦争)、善戦したものの、多勢に無勢、大幅な割譲と犠牲を出して敗北した事からも分かる。

 ドイツへの対応で手一杯の英仏の援助も期待出来ない中、バルト諸国はこれを受け入れた。

 ゲルマン民族の大義や団結を掲げるナチス=ドイツは、占領したポーランドにバルト=ドイツのためのホームタウンを建設し、彼らを呼び寄せた。その結果生まれ故郷を捨てて逃げ延びた者も多くいたが、愛着ある土地を捨てきれず、あるいはナチスを信用できず、居残った者もそれなりにいた。

 バルト=ドイツのなかにはこんな楽観論もあったのだ。

「無抵抗で支配を受け入れるんだ。ソ連も酷いことはしてこないさ。

 第一、時々の支配者に揉み手をして受け入れてきたのがバルト=ドイツの歴史だろう。

 なに大丈夫。今回もきっとうまくいくよ」

 だが、それは甘過ぎる観測であった。


 1940年6月、ドイツのフランス侵攻に全世界が注目している裏で、ソ連によるバルト進駐が始まり、それはそのまま占領となった。ほぼ無抵抗で受け入れたバルト諸国だったが、ソ連軍の処置は厳しかった。

 そもそも過度の私有財産を認めないのが共産国家ソビエト連邦だ。バルト=ドイツだけでなく、多くの者の財産が没収され、反ソ連的と見做されただけで逮捕、投獄され、少しでも反抗的態度を見せれば、容赦なく後頭部に鉛弾を撃ち込まれた。

 それはラトビア人、白系ロシア人の区別なく、政府関係者、官僚、軍人、知識人と、潜在的な敵対者になりかねない者は同じ運命をたどったのだ。

 形式上は赤系ラトビア人による政府が成立したが、これこそソ連の「かいらい」である事を知らぬ者はいなかった。


 1年後独ソ戦が開始。

 バルト諸国は再びドイツ軍が占領し、ラトビア一帯はリーフラント(リヴォニアのドイツ語読み)というふるめかしい地名となって、ドイツ東部占領省に属する帝国弁務官や行政委員の統治下に入った。

 亡命してしたバルト=ドイツも呼び戻され、一見するとバルト=ドイツの復権のようにも見えたが、行政委員は国家や戦争への徹底した「奉仕」を強要した。

 今度は反ナチスの者、ゲルマン的でない者、そして自由主義者が狩られ、ユダヤ人が探し出されてその場で処刑された。

 言いたい事も言えない雰囲気のなか、能天気にバルト=ドイツの復権を喜べる者はほとんどいなくなっていた。









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