笑顔を奪った魔女と笑えなくなった少女

『アンタは不幸なの! 私よりも、ずっとずっと不幸なの! なのに、なのにッ! いつも、いつも、幸せそうに笑いやがって……! ムカつくんだよ、アンタなんか――』


 ――産まなきゃよかった!!!


 親は無条件に子を愛してくれる。

 それはあくまで理想論。


 聖女になる前の私は、お母さんと二人で暮らしていました。

 結局、お母さんにはこんなことを言われて捨てられてしまいましたが、私のことを愛してくれていた時期はあった……と思います。


 それでも一番ではなかった。

 お母さんの中の一番は、常に男の人だった。


 お母さんは好きな男の人ができると、私のことをすぐに蔑ろにしてしまいます。


 私は、お母さんが以前付き合っていた人との間にできた子どもで、私が生まれた頃にはもうお父さんとは別れていました。


 なので私はお父さんの顔を知りません。


 だから私にとってお母さんは唯一の家族。


 どんなにだらしがなくても、蔑ろにされても、世界で一番大切な人でした。


 けれどそんな人に、私の存在意義は否定されました。


 それ以来、私は上手く笑えなくなってしまいました。


 ……でも、そんな私にも、今は好きな人がいます。


 だから笑いたい。笑って、あなたといることが幸せであると伝えたい……!


 そして私はとある童話に出てくる少女のように、鏡の前で笑う練習を開始しました。


 いつか、シュヴァルツ様が魔王を倒されて戻られた際、とびっきりの笑顔で迎えるために――


 ◆


 ――『笑えなくなった少女』。


 昔々、あるところに、笑顔の絶えない少女がおりました。

 その素敵な笑顔は、たくさんの人を惹きつけたそうです。

 おかげで少女は世界一の人気者。

 常に人に囲まれて、いつも幸せそうにしています。


 けれど、そんな少女のことをよく思わない者がいました。


 それは森の魔女です。

 魔女は人間離れした美貌を持ち、多くの男性を魅了しました。

 けれど少女が現れてからというもの、魔女の人気はいつも二番。

 魔女は魔法を使い、とびきりの笑顔を作りましたが少女の笑顔には敵いません。


 あの女さえいなければ、世界で自分が一番愛されるというのに……。


 少女に憎しみを覚えるほどまで、魔女は少女が持つ太陽のような明るい笑みに嫉妬してしまったのです。


 ある日、魔女は魔法で自らの姿を老婆に変え、少女に近づきました。


 老婆に姿を変えた魔女は、少女に森の道案内を頼みます。


 老婆の正体が魔女だと知らない少女は、まんまと魔女の目論見通り人気の無い森に入ってしまいます。


 辺りに誰もいないことを確認した魔女は、魔法を解き、そのおぞましい本性をあらわにしました。

 そして魔女は少女を眠らせ、呪いをかけます。


 二度と笑えなくなる呪いを……。


 あたりが暗くなった頃、少女は目を覚まします。

 何故自分がここにいるのか、何故ここに来たのかを思い出そうとしても、少女は何も覚えておりません。


 どうやら、老婆のことも、魔女のことも、魔法によって消されてしまったようです。


 ……けれど、何故かはっきり覚えていることがありました。


 それは、去り際に魔女が少女に言った言葉でした。


『人はね、自分の心に幸せを伝える為に笑うんだよ。でもお前はもう二度と笑えない。つまり、お前はもう一生、幸せになることはできないのさ。ケケケケケ!』


 こうして以前とは別人のように暗くなった少女は、人と関わることを避けるようになってしまいました。


 誰とも会わず、暗い部屋に閉じこもり一日中しくしくと泣く日々を送っていたそんなある日のこと、少女の家に、一人の少年がやって来ました。


 どうやら、少年は元気のなくなった少女のことを心配してやって来てくれたようです。


 そんな少年に、少女は笑えなくなったことを話しました。


 特に脳裏に残っている魔女の言葉についての話になると、少女は恐怖と絶望で泣いてしまいました。


 少女の話を聞きながら少年は、少女を守るように抱きしめ、こう言います。


『たしかに笑顔は、自分を幸せにするために必要なことかもしれない。だけど、キミは人が笑っているのを見て、心がぽかぽかしたことはないかい? 笑顔はね、人に幸せを伝えることができるんだよ。だからキミが笑えないのなら、ボクがキミの分も笑顔でいてあげるよ。キミの心に、幸せを届けるために』


 それからというもの、少年は頻繁に少女の元に来て、他愛のない話をしてくれるようになりました。


 そして言葉通り、少年は少女の顔を見て、幸せそうな笑みを浮かべてくれました。

 そんな少年の笑顔を見ていると、少女の心は、ぽかぼかと暖かくなったのです。


 次第に少女は外に出ることができるようになりました。

 そんな少女を見て、少年はますます笑みを深めます。


 そうして時は流れました。


 相変わらず、少女は笑えません。

 けれど少年と過ごす日々は楽しく、少女にとってかけがえのないものになっていました。


 そして少女はいつのまにか少年のことを好きになっていました。

 けれど、その気持ちを少年に伝える勇気はありません。


 今の少年は、世界一の人気者。

 そんな少年と、無愛想な自分が釣り合わないと少女は思ったのです。


 それに以前、少年の好きな女性を聞いてみたところ、少年は『笑顔の素敵な女性』だと答えました。


 笑えなくなった少女のことを、少年が好きになってくれるとは思えません。


 なのでその想いを少女は封印することにしました。


 しかし恋心とは別に、少女の胸には少年に感謝を伝えたいという想いが宿っていました。


 そして少女は鏡に向かって笑顔を作る練習を始めます。


 少女の傍に少年がいてくれたおかげで、少女は幸せを感じることができました。

 そのことに対して、感謝の言葉と共に、笑顔を贈りたい。


 けれど笑おうとする度に聞こえてくる魔女の声によって、少女は恐怖を感じてしまいます。


 それでも少女は諦めません。

 以前ならば怖くてやめていたかもしれません。

 けれど今の少女の心には少年がいます。

 だから恐怖と戦いました。何度も、何度も――

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幸せを諦めていた聖女が王子様に『お前を溺愛する準備ができた』と言われて神殿からさらわれてしまいました 萌えるゴミ @norunoru

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