聖女としての私と女としての私
私はシュヴァルツ様に抱き抱えられながら、こうなった経緯を聞きました。
やはり彼は本当に魔王討伐を成し遂げられたようです。
……それも一年にも満たない短い期間に。
シュヴァルツ様が魔王に勝つことを疑っていなかった私ですら、彼がこんなにも早くその偉業を成すとは思いもしておりませんでした。
……本当にシュヴァルツ様は、私の想像の及ばないお方なのですね。
そんな彼の旅路は、いったいどのようなものだったのでしょうか。
そのことをもっと知りたいと思った私は、シュヴァルツ様にいろいろ質問してみました。
けれどシュヴァルツ様は「淑女に聞かせるような話ではない」と仰り、はぐらかすだけ。
爽やかな笑顔でそう対応されるシュヴァルツ様ですが、なんとなくその事について触れられたくないように感じました。
私からすれば英雄譚に思えることでも、当事者であるシュヴァルツ様にとってはあまり思い出したくはないことなのかもしれません。
誰にだって、聞かれたくないことはあります。
心の準備が出来ていないのなら尚更でしょう。
なので私はシュヴァルツ様が私にそのことを話したくなるまで待つことにします。
……けれどシュヴァルツ様。
たとえ私を抱きしめてくれているこの手が、どんなに血に染まっていたとしても、私はあなたを恐れることはありませんからご安心ください。
だってあなたは、いつだって私のことを一番に想ってくださる方です。
そんなあなたの手が、私を傷つけることなんて絶対にありえません。
だから心の準備ができたら、その時は遠慮なく話してくださいね。
私はいつでもあなたの全てを受け入れる準備はできていますから。
そんな想いを込めて、私は彼の手をぎゅっと握りました。
閑話休題。
そんなシュヴァルツ様がこの国に戻られたのは今より1月前だそうです。
本当は私の元にすぐに行きたかったそうですが、その前にシュヴァルツ様は国民一人一人にとある呼びかけを行っていて来られなかったとのこと。
その呼びかけとは……聖女に――すなわち私に、人としての自由を与えるための活動でした。
魔王がいなくなったとはいえ、この世界には魔族という人類の脅威が存在します。
常識的に考えれば、聖女に自由を与えることが認められることはない。
けれどシュヴァルツ様は絶大な人気を誇る王子様。
加えて、今は魔王を倒した英雄でもある。
そんな方が、国民に心から懇願したのです。
『俺の愛する女を――ナターシャを。一人の女として幸せにする世界を俺にください』
そんな彼の私への想いが、人々の心を動かしました。
最後は国民が一丸となり、国に訴えかけたことによって、私は晴れて自由になれたというわけです。
つまり私は……いえ、私たちは、多くの人たちから幸せになることを望まれているのです。
その話を聞いた時、私の目からは涙が流れていました。
皆が私のことを想ってくれているという嬉しさ、自由を得た喜び、先のことに対する不安……そういった激しい感情が入り混じったからです。
ひとしきり泣いた私は、だんだん落ち着きを取り戻して今に至るというわけです。
これから先、どうなるのかはわかりません。
確かなことは、今すぐ解決しなければならない問題が目の前にあるということだけ。
その問題とは……
「あ、あの……。重くはないでしょうか……?」
そう。私はあれからずっとシュヴァルツ様にお姫様抱っこをされたままなのです。
今まで興奮していてあまりそのことに対して気が回っておりませんでしたが、よくよく考えればこの状況はかなり恥ずかしい。
それにいくらシュヴァルツ様が屈強な方だとはいえ、この体勢をずっと続けるのはお辛いはず。
そして何よりも……。
前日、私は結構食べすぎたせいで、ちょっと体重が重い。
つまり、今の私は
だっ、だって、聖女って体力を使うんですよ!?
それに、まさかこんなことになるなんて思わないじゃないですか!?
個人的にはもうしばらくこうしていたい気持ちもありますが、シュヴァルツ様にご負担をかけるわけにもいきません。
そう言い、頬を赤らめている私に、シュヴァルツ様は徐に口を開かれました。
「重いな。ものすごく……」
がーん。
まさかの返答に、地味に……いえ、かなりショックを受けてしまいました。
いつも私の喜ぶ言葉ばかりをかけてくださるシュヴァルツ様が、こうもはっきり仰るくらいです。
つまり私は……本当に、ものすごく、とてつもなく、重いということなのでしょう!!!
……ああ、自覚したら悲しくなってきました!!!
けれど、その意味合いは私が想像していたものとは違っていて……
「この世で最も大切な女の命が、軽いわけないだろ? 細かいことは気にするな。それにこうしたことは、これから先もずっとやっていくことだ。しばらく俺に身を任せて、俺に愛されることに体を慣らしていけ」
とのこと。
……ああ、よかった。どうやら私の考えすぎだったみたいですね。
けれど私にも女としてのプライドがあります。
なにせ私たちはもう自由に触れ合える関係。またこのように抱き抱えられた時に重くなったとは思われたくはありません。
次回は前よりも軽くなったと思われるように……
……ん?
ちょっと待ってください!
ナチュラルにシュヴァルツ様の発言を受け入れちゃってますけど、よく考えたらこれからも私をこのように抱っこするってことですよね!?
それに、そろそろおろしてもらわないと、流石に私の身が、心が保ちません!!!
「し、シュヴァルツ様! こ、こういうことは、今の私にはとても刺激が強すぎます! そろそろ休みましょう!! そうしましょう!!!」
悲鳴まじりの私とは対象的に、シュヴァルツ様は余裕のあるイタズラ気な笑みを浮かべられました。
「……実は心配させたくなくて黙ってたけど、俺がこうしてナターシャを抱っこしてるのには理由があるんだ」
「り、理由……ですか!?」
「ああ。ナターシャに自由を与える代わりに、俺は国からとある試練を与えられているんだ。神殿から城まで、ナターシャをお姫様抱っこをして運ぶという試練をな。それができたら、俺は正式にナターシャを女として愛することが認められる。けれど、もし途中で諦めたらその時は……」
そのまま何も言わずに黙り込むシュヴァルツ様。
その態度で私は察しました。
きっとシュヴァルツ様が途中で私を降ろしたら、私たちは二度と会うことは許されなくなるのでしょう。
ま、まさか、このお姫様抱っこにそのような重大な試練が課されていたなんて!
一人で浮かれていた自分が恥ずかしい。私も全力で協力しなくては……!
「そうだったのですね。わかりました! ……でもご無理はなさらないでくださいね! 悲しいですが、どんな結末を迎えても私はあなたのことを責めたりは――」
「――ははは! すまない! ウソだ、ウソ。国からはこうして抱き合えとは言われていないし、降ろしても罰があるわけじゃない。ただ俺がこうしていたいだけさ」
「はぁぁぁ!? シュヴァルツ様のバカ!! 本気で信じたんですよ、もう!!!」
そう言い、じたばたと私は暴れましたが、シュヴァルツ様はびくともしません。
しかし、そんな鋼のような身体を持つシュヴァルツ様とは思えないほど、弱々しい声音でこう仰いました。
「……お返しだよ、あの時の手紙のな。悪いと思うのなら、もう少し俺のわがままに付き合え」
……あっ。
言われて思い出しました。
いくらシュヴァルツ様のことを想っていたとはいえ、私は彼を傷つけたことに変わりありません。
……そして私はそのことをまだ謝れていない。
「それは……その……あの時は、すみませんでした……」
「わかってる。全部わかってるよ……。ナターシャは、俺の将来のことを考えて身を引こうとしたんだろ? だが、それでもあの手紙に俺が傷ついたことには変わりない! 辛かった、泣いた、悲しんだ! ……そんで魔王を倒しに行くくらい暴走した」
「……暴走しすぎです。この国の王子様なら、もう少し自国のことを考えて行動してください」
「だったらもう二度と俺が暴走しないように、これからはずっと俺の傍にいろ。……もうどこにも行くな、離れるな! ……わかったか?」
「……はい」
そして私たちは唇を重ねました。
この身に宿る退魔の力が陰る感覚が私を襲います。
そのことに対して聖女である私が罪悪感を覚え、女である私が悦びを覚えました。
……でもちょっとだけ。
ちょっとだけ女としての私の方が、聖女の私に勝りました。
そのことをこの国が平和に向かっているのだと信じて、私たちは人里へと向かうのでした。
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