第2話 ガチタン、東風を圧す

「よ!慶くん、元気?」


デブリーフィングに向かう途中、宇野沢慶は後ろから声をかけられた。

声の主は小柄で、子供っぽい笑顔が特徴の女性だった。


「元気な訳がないだろう、あれだけ醜態を晒して」


「あはは、そうだよね」


彼女はけらけらと笑う。

彼女は萬谷まんや千都瀬ちとせ

慶と同じく日本から月に派遣されてきた、“物部もののべ”専属のメカニックだ。


歳は宇野沢より下だが、月に来たのは1年早いため、彼の先輩にあたる。


「せめて機動力だけでもなんとかならないか?

これじゃいい的だ。」


宇野沢は考えたことをそのまま萬谷に伝える。

萬谷は先輩だが、見た目だけでなく中身まで子供っぽいため、敬語を使う気にはならない。


彼女の方もさして気にしないらしく、むしろフランクに話せる方が楽でいいらしい。


「おっ、配属早々スルドイことを言うねえ。

お兄さん、分かってるねえ。

でも先輩への口の聞き方は気をつけたほうがいいよ?」


萬谷はいたずらっぽい笑みを浮かべて首を傾け、こちらの眼をジッと見つめてくる。


宇野沢はにわかに靴の踵を揃え、萬谷に向け敬礼しながら改めて話し始める。


「萬谷先輩、いや、萬谷技術主任殿。

差し出がましい進言で恐縮なのですが、何卒“物部”の機動力につきまして・・・」


「よしよし、それでいいのだよ。

分かってきたじゃないか、宇野沢クン」


「はっ!!恐縮です!では・・・」


「ムリ」


「は?」


「まともな予算がついてないから、どんなに頑張ってもマイナーチェンジと装備の換装くらいかなあ。」


「ちぇっ、分かってたさ。」


「現金な奴だなあ。

そんなに激しく掌を返されれば、いくらわたしでも傷つくよ?ん?」


そんなことを話しているうちに、目的地に着く。


「宇野沢、萬谷、両名入ります!」


室内では、米国のリカルド・シャーマン教官が既に映像を分析していた。

スクリーンに映し出されるのは、なすすべなく“物部”が蹂躙される先ほどの模擬戦だ。


「これまた、こっぴどくやられたもんだな、宇野沢。」


「はっ、手も足も出ないとはまさにこのことであります」


「よくもそんなことを恥ずかしげもなく言えるな!え?」


頭から湯気が立ちそうなシャーマン教官を萬谷が宥めに入る。


「まあまあ教官殿。

“物部”の脚部は無限軌道キャタピラなので、少なくとも足が出ないのは構造上しょーがないんです。」


「ゆえに、次はパンチでも食らわせて一矢報いるとします」


「はあ・・・言葉遊びはいい。

すぐにお相手と合同でデブリーフィングだ。

勝者の嘲笑を受け流して、さっさと終わらせよう。」


三人は作戦室に入り、用意された席につく。

部屋の反対側には対戦相手、つまりユーリア・アシモフが控えていた。

椅子にちょこんと座り、不機嫌そうに黙っている。


その傍らにはソヴィエト側の教官がついていた。

彼はシャリコフと名乗り、ユーリアとは対照的に上機嫌で、ニヤニヤとこちらを眺めている。


デブリーフィングの開始とともに部屋が薄暗くなり、スクリーンに情報が映し出され、同時に模擬戦の映像が流れる。


中立の立場から作戦オペレーターが映像に合わせて模擬戦の経過を読み上げている途中、ソヴィエトの教官から横槍が入った。


「どうでしょう、あまりに短い試合でしたし、実際に戦闘していたパイロットに直接説明してもらうというのは?」


「シャリコフ教官、この模擬戦は一応、公的な技術評価になってます。

既定の進行を乱すような提案はお控えいただきたい。」


シャーマン教官が牽制する。しかし、ソヴィエトの教官は聞く耳をもたない。


「そのほうが意見交換の手間も省けます。

西側陣営はルノホートで遊んでいるだけだからいいかもしれませんが、こちらは何かと忙しくてね。

手短に済ませたい」


彼の狙いは明らかだった。弱者が惨めに蹂躙される様を本人に説明させ、より優越感を得たいのだろう。


シャーマン教官の頭からは、またもや湯気が立ち上らんとしていたが、彼は目をつぶり堪えている様子だった。


人型機動兵器“ルノホート”はソヴィエトが開発したものであり、その技術が共有されるようになった現在でも、この分野の技術において西側と東側では大きな格差がある。


技術に先んじる者は、相応の発言力を得ることとなる。

ゆえに、この月基地においても、ルノホート関連ではソヴィエトに盾突かないことが“暗黙の掟”だった。


宇野沢もその掟に従って立ち上がり、オペレーターに話しかける。


「私にマイクを、それと映像を再開してください」


オペレーターからマイクを受け取り、粛々と話し始める。


「機動力、旋回力に劣る我が国の制式機“物部”は、ソヴィエトの第三世代最新鋭機“ザシートニキ”に攻撃を加えることあたわず、数発の命中弾を加えるもシールドを破るには至りませんでした。」


「命中弾?流れ弾の間違いだろう?」


“物部”を嘲笑する流れになりそうなのを見て萬谷も立ち上がり、補足を加える。


「“物部”の武装は威力、射程ともに“ザシートニク”を上回っており、集弾性能と偏差予測により敵の射程外から戦闘を仕掛けることが可能です。


ただ、今回は攻撃を加えられぬまま接近を許し、火力面での優位性を活かしきれませんでした。」


萬谷の発言は、シャリコフ教官の失笑を買った。


「当たりもしない大砲を積んだ車が、“火力面の優位性”をねえ・・・」


萬谷の表情が険しくなる。

厳しい予算、恵まれない状況とはいえ、“物部”はメカニックとしての矜持を賭けた、彼女の子供といえる存在だった。

その子供をコケにされれば、黙っていられない。


「お言葉ですが、“物部”は設計思想からして拠点防衛と火力支援に主軸を置いています。

僚機の盾となり、高い火力で僚機を支援する。これらの役割は単体の模擬戦では評価不可能です。」


「ふん、論点ずらしと言い訳のうまさはお国柄かな。

ソヴィエトにルノホート技術を開示させておきながら、西側はいつまでこんな玩具を作っているのだ!」


「そう申しますが、装甲、走破性、火力など、“物部”は各種技術評価テストで一定の成績を収めています。

低重力環境であることを活かした高火力重装甲というコンセプトは・・・」


シャリコフ教官と萬谷はお互いに冷静さを失い、立ち上がって激論を交わしている。

しかし“暗黙の掟”が象徴するように、ルノホートに関しては、西側と東側で立場は対等ではない。


「そういえば、“物部”は日本の大衆車を改造したものでしたかね?

いやあ、それなら納得、民生用にしては大したものだ!!

確かに、日本車に砲座を取り付けた即席戦闘車両テクニカルは長年にわたって各国のテロリストを支えてきましたからな!」


もはやシャリコフ教官はデブリーフィングのことなど忘れている様子だった。

この時代、西側の国がルノホートのことでソヴィエトに楯突くなど、滅多にないことだ。


しかも楯突いてきたのが、月面にルノホートを一機しか送っていない、弱小国家ときた。

この機を逃す手はない。シャリコフはこの萬谷千都瀬とかいう跳ねっ返り女を、泣きべそかくまで徹底的に痛めつけ、愉悦を得んとしていた。


「ですから、機体が問題なのではなく、模擬戦闘の前提条件が問題だと申し上げて・・・」


「模擬戦で性能を発揮できない機体が、実戦では使い物になると?

寝言は寝てから言ってほしいものですな。

日本車のPRをしたいなら、わざわざ月面まで来なくとも、年1回のモーターショーへ出展しては?」


そして萬谷も、“物部”をここまで直接的に罵倒され、完全に冷静さを失っている。

彼女の子供っぽい天真爛漫な純粋さは、彼女の美徳であると同時に、時にこの上なく危険な特質となる。


「お言葉ですが」


彼女は飛び級で大学を卒業し、天才的な能力を示して月面に送られたが、精神は年齢相応である。

論理的に正しいことを話すことが、いつも良い結果をもたらすとは限らないことを、知ってはいても理解してはいない。


「ソヴィエトは第三世代になってから、一対一の模擬戦に特化した軽装甲の高機動機ばかり設計していますね。

国威を示したいのはわかりますが、あくまで模擬戦は評価試験の一つに過ぎません。

にも関わらず、その勝敗を政治的に利用しようとする意図すら最近の動向から感じられ・・・」


「なんだと、発言を取り消せ!!今すぐにだ!!」


これ以上はまずい。


そう思った宇野沢が萬谷を止めようとした、その時、


「シャリコフ教官、もういいでしょう。」


二人の間に入ったのは、ユーリア・アシモフだった。


「彼女の言うことにも一理あります。

ルノホートの設計目的は、月面の防衛にある。

確かに、ルノホート同士の一対一の戦いなど、そうそう起きるシナリオではありません。


ルノホートの仮想敵は、ルノホートではありませんから」


ユーリアはシャリコフ教官の手首を掴み、無言の圧力で着席を促す。


シャリコフ教官は予想外の方向からの諫言に怯みながらも、にやけ面は崩さずに腰を落ち着け直す。

どうやら十分に溜飲は下がっていたらしく、おとなしく引き下がってくれた。


この機を逃す手はない、と宇野沢は事態の収拾に乗り出す。


「シャリコフ教官、申し訳ございません。

意見の相違はあれど、模擬戦の結果はひとつの事実です。

あとは我々のほうで持ち帰って問題点を検証します。


貴重なご意見をありがとうございました。」


月面基地には各国の人間が集まり、政治的忖度とは切り離せない。ことルノホートにおいては、ソヴィエトに好きに言わせておけばいいのだ。


宇野沢は萬谷の両肩に手を置き、椅子に座らせる。

深呼吸を促すと、萬谷は周りに聞こえないような小声を出した。


「慶くん、ごめんね。物部を馬鹿にされて、つい」


宇野沢は無言で頷き、シャリコフのほうを見る。


これでいい、これで溜飲を下げたシャリコフが、追い討ちの罵倒を2、3個ほどトッピングして終了する・・・


はずだった。


「それで事を治めたつもりかね?」


予想外の反応が来た。

クソ、萬谷が無駄に鋭いことを言うせいで、図星をつかれていたらしい。


「ここまで運用思想に相違があれば、月基地での協働作戦に支障がでることは必至ではないかね?」


「ええですから、ご教示頂いた意見を元に、萬谷とは後ほど詳しい検討を・・・」


「まあそう結論を焦らないでくれ、宇野沢さん。

たしかに、ソヴィエトのドクトリンに追従したふりをすることは簡単だ。


しかし、萬谷女史も、うちのユーリアも、興味深いことを言っている。

私としては、この意見をもとに日露の見解の相違を可視化したい。」


室内が静まりかえる。気を利かせたシャーマン教官が場をとりなす。


「と、いいますと?」


「彼女の主張はこうだ。

『一対一の模擬戦は政治的パフォーマンスに過ぎず、実戦テストとしては不足である』


いや、実に斬新で、興味深い意見だ。」


「それはいささか拡大解釈では・・・」


シャーマン教官が助け舟を出そうとしたが、なまじ萬谷がそれに近いことを言っているから、強く否定はできない。


「また、実戦において“物部”は、僚機と協働することで補完的役割を担う。それこそが当該機の、戦略的な優位性であると。

これも間違ったことを言っているかな?」


作戦室に異を唱える者はいない。


「そこで提案だ。

1対1の模擬戦で評価されるのが不満というなら、3対3での模擬戦ならば不満はなかろう?


もしその模擬戦でも、今回のような醜態を晒すというなら、“物部”が欠陥機であるという評価は誰の目から見ても明らかとなる」


最高の休日の過ごし方を思いついた、とでも言わんばかりの、嬉しそうな顔をシャリコフはしていた。


「“物部”が欠陥機と評価された、その時は、そうだな。

むろん、月基地の貴重なリソースを穀潰しに割くわけにはいかんから、地球に送還せざるを得ないだろう」


「シャリコフ教官、それはあなたが決めることではないでしょう」


シャーマン教官が、いつになく真剣な声で言う。


「残念ながら、それくらいのことは私に決める力がある。

党に報告書を送り、正式な抗議をすることはできる。


考えてみろ、ソヴィエトはこの施設に莫大な資金と技術を提供している。

それが他国の欠陥機開発に費やされていると知って、抗議する権利があるのは当然だろう?

そして抗議がなされたとき、“物部”を庇う国が西側諸国に、果たしてあるかどうか・・・」


シャリコフはこれまでで一番雄弁で、理路整然と狡い計画を述べた。

察するに、この男はこのような陰湿なはかりごとの類にかけては天下一品で、この地位についているのもその力によるものだろう。


「武装解除ののち、“物部”は即刻博物館送りとなるだろう。言うまでもないことだが、地球上でのルノホートの軍事利用は条約で禁止されているからな。」


「ユーリア、君はそれで不満はないかね?」


「・・・ええ」


ユーリアは不機嫌そうに視線を逸らす。

この無茶な提案が固まりかけているのを感じ、萬谷が立ち上がる。


「待ってください、気分を害されたなら謝罪します。

いくらなんでも、模擬戦で去就が決まるなんて!!」


萬谷は涙目になりながら訴えるが、シャリコフは自ら考えた完璧な計画にご満悦で聞く耳をもたない。いまさら謝罪させるよりも、もっと面白いことを起こせるのだから。


「萬谷女史は何か勘違いをされておられる。

あたかもこれが私の個人的感情に基づき考案された提言であるかのような口ぶりだが、あくまで私は作戦会議中に、作戦に必要であると考えて提案しているにすぎない。


頭を上げて下さい。あなたは何も謝罪することなどないのですから」


それは、もはや話し合いでの解決が不可能であることを意味していた。もはや何を言ってもシャリコフは考えを曲げる気がないらしい。


「後日、模擬戦の条件を決定し、詳細を連絡します。地球に帰還する前に、西側諸国のお友達に別れの挨拶をしておくといいでしょう。

では、準備がありますので私はこれで。」


そういうと、シャリコフは早々に作戦室を出ていった。

その後を小走りでシャーマン教官が追う。どうやら説得をしに行ってくれているみたいだが、望み薄だろう。


残りの人間達も気まずい雰囲気に堪えかねてさっさと作戦室を後にした。


部屋に残ったのは3人だけで、宇野沢と萬谷、あとはユーリアだ。


ユーリアは他に誰も居なくなったのを見て、ゆっくりと出口の方に向かっていたため、宇野沢はひきとめた。


「ありがとう、アシモフさん。助け舟を出してくれて」


ユーリアは長い髪を指で弄りながら答える。


「礼には及ばないわ。

彼が品性のない言動で祖国の名誉を傷つけようとしていたから止めた。

それだけ」


「それでも、君が止めてくれなかったら、あの論争がいつまで続いていたが・・・」


「論争の方がマシだったでしょう。あなたたちにとっては最悪の状況ね。

でも言っておくけど、あたしは悪いとこれっぽっちも思ってないし、手加減するつもりはない」


ユーリアは視線を空に向けて言う。

その直前に一瞬、彼女が萬谷の様子を窺ったのがわかった。


恐らくは、椅子にへなへなと座り込む萬谷の顔を直視しながら、その台詞を言うことはできなかったのだろう。


ユーリアは多かれ少なかれ、萬谷のことが気に掛かっている。

罪悪感が全くないのなら、“悪いと思ってない”などという発言は出てこない。


萬谷とユーリアの様子を見て、宇野沢は腹を決めた。


「手加減だなんて、とんでもない。

うちの天才メカニックと、“物部”のポテンシャル、それに僚機が加われば、君なんて敵じゃない。


案外母国に送還されるのは、そっちかもしれないぞ?」


そうだ、簡単な話なのだ。宇野沢の“物部”が、ユーリアの“ザシートニク”に勝利するだけで、現在の問題は全て解決する。


「ふうん、この状況でそんな口を聞けるなんて、さしずめ“莫迦のイワン”といったところかしら・・・」


「どういう意味だ、それ?」


「文字通りよ」


「バカにしてるのか」


「ええ、期待してるわ。

“莫迦のイワン”


それじゃあね」


部屋から出ていく直前、ユーリアの顔が心なしか明るくなった気がした。

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