第3話 ガチタン、暗中模索
萬谷 千都瀬は、宇野沢に支えられながら、作戦室を後にしようとしていた。
「宇野沢さん、どうしよう。私のせいで・・・」
掌で顔を覆い、表情は窺えないが、声は掠れ、消えいりそうだった。
「らしくないな。いつも“慶くん”と呼ぶのに、今日はずいぶん塩らしい。
何か企んでるみたいでぞっとする」
宇野沢は精一杯おどけて見せたが、萬谷は乗ってこない。
「ソヴィエトの最新鋭機に勝つなんて無理だよ・・・
それに“物部”じゃ、味方になってくれる国もいない。
仮に僚機になってくれたとしても、西側の機体の性能じゃ・・・」
マイナス思考がマイナス思考を呼ぶループに、萬谷は陥っているようだった。
「“物部”は負けない。僚機との協働なら、タイマン特化のソヴィエト機体に遅れをとるはずはない。
技術主任のあんたが、“物部”を信じてやらなくてどうする」
「・・・」
宇野沢は無理に発破をかける。こうなってしまった以上、メカニックすら戦意を喪失してしまっては、いよいよ勝ちの目はない。
「俺は僚機を探す。千都瀬さんは今回の模擬戦の結果をもとに“物部”のチューニングを頼む。
俺は“物部”の性能を信じている。
もし負けたとしても、それはパイロットが性能を引き出せなかっただけのことさ」
「宇野沢さ・・・」
そう言いかけて、萬谷の顔つきが変わる。
そう、自らを責めたところで、もはや状況は好転しない。
いま必要なのは、敵を倒す強さ、力、それだけ。
「慶くん、なにかご所望は?
お姉さん、一つだけなら、何でも願いを叶えてあげるよ」
萬谷がいつもの調子に戻った。先ほどまでの泣き顔は影を潜め、有能なメカニックの顔を取り戻している。
「やっとらしくなったな。
じゃあ、お言葉に甘えてひとつだけ・・・」
宇野沢は、萬谷に耳打ちをする。
萬谷は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに大笑いを始めた。
「あはははは!!それ本気?」
「本気も本気」
「慶くんって、あのユーリアって子の言う通りだね」
「どういう意味だ?」
「莫迦」
そういうと、萬谷は整備室に引っ込んでいく。
それを見た宇野沢は苦笑いしながら、僚機の交渉に向かった。
──────────
僚機探しは、宇野沢が思った以上に難航した。
模擬戦の結果を政治的に利用することは公然とまかり通っていたため、どこの国でもその結果が政治、予算、人事に無視できない影響を与えることとなる。
つまりは、萬谷の指摘は完全に図星をついていた。
そのため、ソヴィエトとの戦いに“物部”と組んで醜態を晒し、自らの立場を危うくするリスクを被ろうとする者などそうそういなかった。
顔を見たことのある西側陣営のパイロットに手当り次第声をかけていた宇野沢だったが、この戦略でうまくいかないことはすぐに分かった。
宇野沢が月に来てからの一ヶ月で得た、か細い人脈を頼りに僚機探しを続けていたが、ついには最後の一人となった。
できるだけ話しかけたくない、という理由で最後の一人となったのは、米国のアーノルド・エルダーという名のパイロットだった。
「や、やあエルダー、調子はどうだ?」
「やあケイ、どうしたんだい!?君から話しかけて来るなんて!!」
エルダーは大袈裟に手を広げ、興奮して顔を近づけ、唾を飛ばしながら大声で喋る。
「まさか・・・神さまの話に興味が出たのかい!!
感激だよ!!さあ、この本をあげるから今夜さっそく一緒に読もう!!
神の時代の奇跡を二人で学ぶんだ!!
サイコーにワクワクするね!!」
エルダーは会話相手の反応を待たずして次々と話を進め、半ば強引に宇野沢の手に文庫本サイズの本を握らせてきた。
本のタイトルには“The Third Bible”とある。
そう、このエルダーは、信仰に篤い敬虔な神のしもべであり、この基地でも自らの信ずる主の素晴らしさを広めんとしていた。
宇野沢は月に来てすぐにこのエルダーに捕まり、神の素晴らしさについて長い説教を受けた末、危うく洗礼まで施されかけたため、以降は極力関わり合いを避けていた。
だがいまは、藁にも縋らざるを得ない状況であり、縋りつくことのできる神がいるならばこれほど頼もしいことはない。
「エルダー、実は折入って頼みたいことが・・・」
「聞いたよ、ソヴィエトに喧嘩を売ったって話で、いまはどこもは持ちきりさ」
「そう、そのことで・・・」
「主は全てを照覧されている。これは主の与えた試練だ。
全ては御心のままに、ダミヌス」
エルダーは右手で十字を切りながら祈りの言葉を唱える。
「“物部”の僚機になってほしくて・・・」
「それは神の御意志に反する。あとついでに祖国の意向にも反する」
「絶対後者がメインの理由だよな?」
「僕はまだ月で布教を続けていかなきゃいけない、それが神の御意志だ。
赦してくれ同胞よ、ダミヌス」
「わかったよ、エルダー。時間とらせて悪かった」
最後の一人も空振りで、いよいよ作戦の練り直しが必要となった。
だが、宇野沢はこんな時こそ頼りになる奴を知っていた。
──────────
「で、どうしたらいいと思う?」
「何が?」
男の柔和で整った顔が、一瞬で怪訝な顔へと変わっていく。
「言わなくても大体の予想はつくだろ?」
「ああ、西側の小国が東側の超大国に喧嘩を売ったっていう、あの話?」
青年は苦笑いを浮かべながら視線を宇野沢からずらす。
彼の名前は
中国から来たパイロットで、宇野沢とは同じアジア人ということで意気投合した友人同士だ。
彼の人の良さと親切さは基地内でも群を抜いており、大抵の無茶振りには対応してくれるだろうという確信が宇野沢にはあった。
李芳は中国の農村部出身らしく、純朴で素直、頭も切れる優秀な男だ。容姿にも恵まれており、その面影はどこか猫を思わせた。
一見しただけでも、あらゆる側面から見て非の打ち所がない人材である。
宇野沢はこういう人間を見ると非を打ちたくて仕方がなくなるのだが、とうとう一ヶ月経っても、ついに目当ての非は見つからなかった。
「李芳、非の打ち所がないお前なら、何を聞いても答えてくれる気がするんだ。
もう一度聞く。どうしたらいいだろう?」
李芳は苦笑いしながら頭を掻く。
「な。なんで僕に聞くの?」
「いいか、我が国には“
「いや、そんなこと言われても・・・
それにその言葉はちょっとニュアンスが違う気が・・・」
李芳はずっと苦笑いを続けている。
彼は人が良すぎるため、このような面倒臭い手合にも邪険な対応はできないのだ。
「いやあ、僕の国って東側だし、立場上君の味方にはなれないよ?
西側の人に頼んだほうがいいんじゃないかなあ?」
「もう一通り頼んだよ」
「結果は?」
「全滅」
「あー・・・・」
李芳は心から同情の念を寄せる。つくづく人のいい奴だ。
「時に李くん、君の国はソヴィエトと同盟を結んでいるわけじゃないだろう?俺の僚機になる気は・・・」
「ないよ。そういう微妙な立ち位置だからこそ、そんなことをしたら、党に睨まれるだけじゃ済まない」
「ちぇ、分かってたさ」
「待てよ・・・でも、悪くないよ。
西側が駄目なら、東側の人にコンタクトをとってみるのは冴えた手かも」
「というと?」
「君の国と中国の立ち位置って、ある意味似ていると思うんだ。
日本も西側陣営と同盟関係ってわけじゃないでしょ?」
「でもまあ米国と同盟関係だから、勝手なことはできないさ。
我が国は米国に哺乳瓶でミルクを飲ませてもらって成長した国だから」
「ソヴィエトに喧嘩を売っておいて、そんなこと言っても今さら遅いさ。
米国がオムツを替えてくれないなら、自分の尻は自分で拭くしかない」
「う・・・耳の痛いことを・・・」
李芳が猫のような表情で目を細めながら続ける。コイツは真面目一辺倒ではなく、このように悪い相談もできる奴だ。ますますもって非の打ちどころがない。
「それに君は軍人じゃないだろ?」
「まあ、そうだけど」
李芳の言う通り、月基地にいるパイロット達は、実は軍属ではない。
ソヴィエトのパイロット達のように軍から“ヒモつき”でやってきている者も多いが、建前上は月基地にいる人材はすべて、月面上の施設を運営するためのスタッフとして登録されている。
むろんこれは、月面上に各国の軍を駐留させることが禁じられているが故の、単なる詭弁である。ただ、建前は建前なりに使い道がある、ということを李芳は伝えようとしているようだった。
「それに、お国の外交のことなんて気にする必要はないさ。
だって模擬戦は所詮、ただの“性能テスト”だから、ね」
「お前、他人事だと思って適当フカしてないか?」
「かもね、君の国は、僕の国の仮想敵国だし」
李芳は少年のように屈託なく笑った。たまにコイツは本心を巧妙に隠しているようにも見える。つくづく優秀で油断のならない奴だ。
「東側もソヴィエトを頭に一枚岩でやってるわけじゃない。
“性能テスト”で世間の目を惹き、東側での存在感をアピールする、なんて話なら、乗ってくるパイロットがいるかも」
「でも中国は乗らないんだろ?」
「ははは、まともな国ならそんな危ない橋は渡らないよ。
でも逆張りは、勝つと儲けがデカい。
すぐに果実が欲しくて焦っている国が、案外あるかも」
宇野沢は李芳の持つ大局的視点と、それをもとにした巧妙かつ狡猾な戦略に舌を巻いた。李芳は党の優秀な青年達による苛烈な競争を勝ち抜き、出し抜いてきたのだろう。
「なかなか面白いアイデアだな」
「ひとまず、友達いなさそうな東側の子に取り入るのはどうかな。
月基地は国際社会の縮図だ。ここで孤立しているパイロットの国は多くの場合、国際社会で孤立している」
「さすが李芳だ、洞察は正確、やり口は狡い」
「ふふふ、褒め言葉だと思っておく。
陰ながら応援してるよ」
「おう!」
頼れる友人からのエールを背に受けて新規一転、僚機探しを再開する。
「友達のいなさそうな東側の奴か・・・
都合よくそんな奴、いるわけないか・・・」
そう呟いた時、ある顔が浮かんだ。
「あの子なら・・・あるいは・・・」
──────────
宇野沢は、基地の中でも滅多に人の立ち入らない区画に来ていた。
正式な呼称はないが、“
そのほとんどはとっくに役目を終えたが、人類が宇宙に進出して間もない時期の機器類は、ある種の人間に対しては何か神秘性を帯びるものらしく、“
そんな旧世代機器の墓場に、いつも一人で篭っている東側のパイロットがいる、という話を聞いたことがあったが、噂は本当だったらしい。
中二階のガラクタの山に埋もれ、一人の少女がいた。
ラジオで何かの番組を聴きながら、古めかしい機械をいじっている。
宇野沢が中二階に上がってきているのを見て、少女は露骨に警戒の視線を送る。
「何見てんだよ、何か用か?」
「い、いやあ、怪しい者ではないんだ。
ラジオの音が聞こえたから、気になって・・・」
「ふうん・・・」
怪訝な顔で睨みつけてくる視線が痛い。なんとか友好的な人間であることだけでも示さなければ、交渉どころではない。
「どこの局だ?これ」
少女は不機嫌そうに腕を組み、視線を横に逸らして暫く黙っていた。
すこし考えた様子のあと、一言だけ言った。
「ラジオ・エレヴァン」
少女は再び作業を再開する。
宇野沢は彼女の手元を注意深く観察し、あることに気づいた。
「君の弄ってる機械・・・
もしかしてこのラジオ、録音じゃなくて地球から電波を受信してるのか?」
少女は少し驚いたようにこちらを一瞥したあと、すぐに何事もなかったかのように視線を戻した。
「そうだよ。あんた、分かるのか?」
「昔、深夜にやってたラジオの海賊放送を聴いてた。
ちょっと憧れちゃってね、FM放送のやり方を調べたこともあったな。」
「へえ・・・あんた、なかなか見どころあんじゃん。
ラジオ・エレヴァンは地球の海賊放送だよ」
少女はやっと宇野沢の顔を見て話し始めた。
「俺は宇野沢慶、1ヶ月前に日本から来た」
「あたしはアリク・トロワイヤ。アルメニア出身」
アルメニアの首都は、エレヴァンである。宇野沢は合点がいった。
「それでラジオ・エレヴァンか」
「まあ多分、この局がエレヴァンにある訳じゃないだろうけど」
そういうと、アリクはジロジロと宇野沢の顔を眺めてきた。
「あんた、意外と冴えない顔してんだな。
ソヴィエトに喧嘩を吹っ掛けたって聞いたから、スキンヘッドの筋肉達磨みたいな奴を想像してた」
「そりゃ期待を裏切って悪かったな」
「で?あたしに何の用なわけ?」
宇野沢は、ソヴィエト構成国のパイロットに向かって、にこやかに言った。
「損はさせない。俺の僚機になってくれ」
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