第三章・夢妄考察



 三月二十一日。

 騒がしくも穏やかな朝は過ぎ、訪れる昼を迎えた月夜御探偵事務所の玄関が開き、閉じた。

 外から帰宅した月夜御はリビングのソファーの上で待っていたユウキに向かって雑多に物が詰まったレジ袋を投げ渡す。


「ほら。頼まれてたやつ」

「サンキュ。これでようやく連絡が取れる」


 袋を開けて中に入っていた充電コードを箱から取り出し、スマホに繋げて充電を始めた。


「帰れたらちゃんと返すから、レシートある?」

「いらないわよ、別に。その代わり置いて行って」

「俺、年上。年下に集るとかちょっと無理」

「ほら、これ」

「分かってくれればいいんだ。あとこの部屋、ゲロくせえ」

「うるさいわね」


 ――今朝の出来事が一段落した後、朝食を摂った二人はそれなりに気まずい雰囲気のまま対面していた。

 あれが夢だったのか、なんらかの催眠を受けた結果だったのか、不可解で謎が解けないまま二人の中だけに残された幻想はそれでも現実に侵食したまま。

 先に口を開いた月夜御が彼に死んだのかと問えば、彼は迷いなくそうだと答え、ユウキが逆に死んだのかと問えば、彼女は分からないと戸惑いながら答えた。

 なんて気分の悪い朝だ。

 最悪な目覚めと理解不能な不快感に頭を痛め、なんの結論も出なかった月夜御は充電も忘れてテーブルに置いたままだったスマホを手に取り、一着のメールが入っていたことに気付く。

 差出人のアドレスは何故か書かれておらず、代わりと言わんばかりにそこには「N」と記され、タイトルが「夢の中から出る方法」とされていたそのメールを不気味に思いながらも開いた瞬間、あの建物の中にいた時のような背筋が凍る思いを味わうことになった。


「どう? メール、アンタも来てる?」

「……来てる。同じやつだと思う」


 充電器を繋ぎながら再起動させたスマホにはメッセージアプリの未読メッセージの山と今朝がた来たばかりのメールが一着。

 同じだと言ったその内容をユウキはひとつタップして開き、声に出す。


「――夢から出る方法。死ねばそこから逃げられる。けれどキミたちが逃げられるのは二人で合わせて二度目の死まで、三度目は怪物が逃がさない。彼らと同じ死が待っている。夢から逃げられたとしてもそこは現実という名の夢幻の中だということを忘れないで。失われた傷は残り続ける。理不尽であろうとも屋敷の中に脱出の方法は必ず存在する。三度目の死が現実になる前に、本当に現実に帰りたいのなら方法はひとつだけ。ここで最も弱きモノを殺せ」

「間違いない。同じよ」

「物騒なメールだな。こんなの送り付けて、嫌がらせか?」


 月夜御が開いて見せたメールと同様の文章がつらつらと並ぶメール本文は、まるで二人が見ていたあの夢をどこかで監視していたかのようにその対策と脱出の方法を二人に対して教えるものだった。

 気味の悪さもさることながら、二人と怪物しかいなかったあの建物を屋敷と形容したことや、ユウキが目覚めた一室にあった写真の裏に書かれた文章が記されていることが余計に不気味さを駆り立てる。

 これと同じメールが月夜御のスマホに入っていたのが今朝のこと。

 驚きを隠せずまた吐き気もこみ上げた彼女がトイレに駆け込んだせいでテーブルに残されたメールをばっちり見てしまったユウキが、自分のスマホにも同じメールがあるかもしれないと言い出したのが現在までのあらすじ。

 そのあと月夜御が車を走らせて昼食と充電器を買いに行き、今さっき帰宅してその確認を取っていたのだ。

 結果としては大当たり。ユウキも同じメールを受け取っていた。


「どう思う?」

「悪質ないたずら、と思いたいけど、思えねえ」


 いたずらにしては出来すぎている、ユウキは続けてそう言った。

 本人だって夢の中の出来事を覚えていないことが常だというのに、他人がその内容を知ることなど不可能だ。

 いたずらというにはあまりにも無理がある。

 しかしメールの文章は夢の内容を準えている、そこに二人が見たものとの矛盾はほとんどない。


「誰が送ったんだか、起きた後も忘れられなくなるわ。こんなの」

「そうね。それで、私からもうひとつアンタに確認してほしいことがあるのよ」

「なに?」

「これよ」


 月夜御がカバンから取り出したのはジップロックに入ったスマートフォン。

 二人が使用しているものとは型番の違う白いスマホはケースをすでに外されており、まるで警察が回収した重要な物品であるかのような扱いを受けている。


「昨日、アンタが寝た後に依頼が来たのよ」

「気絶させた、の間違いじゃ」

「それで、今日確かめたいことがあったから依頼人のところまで行ってきたの」

「ガン無視かよ。んで、それがコレ?」

「そういうこと」


 そう言って薄手の手袋を嵌めた月夜御がジップロックからスマホを取り出し、電源をつける。

 今のご時世でロックや認証の掛かっていないスマホは画面をスライドさせるだけで簡単にホーム画面を開くことができた。


「防犯意識の低い依頼人だな」

「依頼人のものじゃないわ。依頼人の息子さんのスマホ」

「息子って」

「依頼人の息子さん、夫婦で殺されたらしいのよ。首を切られたのと胴を切られたの、布団で寝かされているのを朝見つけたって話らしいわ」

「うわ、グロ……」


 首と胴、夫婦別々の箇所を真っ二つにされて殺害されていたという残酷な殺人現場は何故かすでに解放されている。

 遺品であるスマホは依頼人――岡本幸によって回収され、彼女が言った警察の奇妙な行動にも思わずうなずいてしまった。

 今回、月夜御がそのスマホを回収しにきたのは、件の夢の中で突っかかっていたとある違和感に由来するものであった。


「私、引っかかってたのよ。布団の中で死んでた二人のこと」


 布団を被ったまま眠るように、それでも壮絶な顔つきで事切れていたという岡本夫妻と、夢の中で自分たちを殺したあの鉈を持った怪物、そして今朝になって送信されてきたメール。

 すべては繋がっているような、そんな気がした。

 だからこそ申し訳ないと思いつつも遺品を預かり、確認するべきことを二人で確認したいことがこのスマホの中にひとつ。


「メールの確認。三月十八日のものよ」

「十八日……」


 月夜御が手慣れた操作で画面をスワイプし、メールボックスの中身を探っていく。


「あった」


 差出人は「N」のメール。月夜御とユウキに送られてきたものとは違ってタイトルは無題。

 内容は――。


「やっぱり同じよね」

「……いや、でもなんかおかしくね?」

「どこよ」

「これ、ここの一文」


 ユウキに送られてきたものと岡本氏に送られてきたもの、二つのメールを照らし合わせる。

 二人に送られてきた文面には「彼らと同じ死が待っている」とあった。

 しかし岡本夫妻の旦那・亮の元に送られたメールにはその文面だけ・・がない。

 他の文章はコピー&ペーストされたものかと思うくらい一言一句同じなのに、その文章だけが抜け落ちている。

 これではメールの送り主は月夜御が岡本夫妻の殺人事件を調べていることが分かっているかのようだ。


「気色悪いわね。だけどこれで同じヤツがメールを送ってきてることだけは分かったわ」


 疑惑は確信に変わった。

 あともうひとつ。

 メールの内容が事実だとして、確認するべきことがまだ残っている。


「ええと、俺だけ状況が飲み込めてないんだけど」

「ユウキ、とりあえず脱ぎなさい」

「え?」


 月夜御の突拍子もない言葉に空間が凍り付く。


「その上に着てる服を脱いでほしいって、そう言ってるんだけど?」

「いやいやいやいや‼ なにいきなり⁉」

「ちょっと確認させなさいよ! ほら! 早く!」


 ガッと服の裾を掴み、上に持ち上げようとするのをユウキが止める。

 すでに胸のあたりまで脱げているが、そこからの追い上げが凄まじい。ユウキの右手だけで押さえる力が強すぎて月夜御の筋力ではこれ以上持ち上がらない。


「ギャアー‼ やめて、乱暴しないで! ツクヨミさんのエッチー‼」

「なに処女みたいな反応してんのよ気持ち悪いわね‼ 黙って脱がされなさいよ!」

「ンキャ‼」


 顔を真っ赤にしながら押さえつけているユウキの背後に回り込み、膝裏にほぼ蹴りと言っても過言ではない膝カックンをかまして両腕が離れた瞬間に裾を勢いよく持ち上げて服を脱がす。

 無事に力比べで敗北した彼の反応といえばそのまま床に崩れ落ちて顔を覆っている。


「うえ……もうお嫁に行けない……」

「なにがお嫁よ。まったく、隠しても無駄なのよ・・・・・・・・・


 月夜御とて彼の裸体が見たいから脱がしたわけではない。

 どうせ彼は隠すだろう、そう考えたが故の強行作戦であったわけだが、実際はもっと穏便に済んだ可能性もある。

 では、そんな風に強行してまで彼を脱がせて見たかったものはというと。


「肩のそれ、アンタ気付いてたんじゃないの」


 月夜御が睨んでいるのはユウキの左肩にできた不自然なあざ。真っ赤に腫れあがっており、最早あざというよりもケロイドに近い傷跡だ。

 彼が元々過去にそうした傷を負っていたのなら話は別だが、左腕を切り落とすように肩口を一周したそのあざが最初からあったものだとは思えない。


「メール、書いてあったでしょ。失われた傷は残り続ける――、夢の中で切られたあたりとちょうど同じなんじゃないの」

「やっぱ隠し事はできないな、下手すぎる」

「じゃあそういうことね?」

「多分。起きた時、真っ先に確認したらこうなってた」


 ユウキが今朝目覚めた時、やはりと言うべきか腕を切られた痛みと壁に打ち付けられた痛みを同時に感じたらしく、感じるはずのない激痛の中で最初に確認したのが左腕だった。

 そもそも痛覚が激しく反応したせいで左腕が存在しているのかも全く分からないままの確認だったので、正直なところ本人はなくなっていると思っていたらしい。

 実際、今も普通に動かせているのでちゃんと五体無事なのだが、それでも見つけてしまった違和感は決して拭えるものではなく、夢の中の出来事が現実に影響を及ぼしていた事実を認めたくはなかった彼は一旦隠しておくことにしたと言う。


「気使わせるわけにもいかなかったから隠してたのに、なんでそうアグレッシブなんだか」

「いいじゃない。それと、裏付けを取りたかったのよ」

「裏付けねぇ」

「ちょうどいいわ。付き合いなさい、アンタの考察も聞きたいのよね」


 そう言って服を投げ渡し、デスクの椅子に腰かけた月夜御がくるりと回る。

 目覚めた瞬間から情報量は過多。

 明日には忘れてしまうかもしれない、たった一夜の長き死の夢を本気で捉える必要などなかったはずだった。

 しかし得られたすべてが夢をたかが夢だと侮るなかれとそう言って、現実が現実離れしているこの悪夢から本気で抜け出す術を考えろと叫んでいる。

 二人が本当の意味で生き残るために。


「まず私が受けた依頼について細かく説明するわよ」

「探偵って守秘義務とかそういうのはないの?」

「いいから聞きなさいよ、今は一大事なの」

「あっ、はい」


 月夜御が受けた依頼は新宿区霞ヶ丘町で起きた夫婦惨殺事件の犯人の手がかりを見つけること。

 まず事件の発端、遺体発見は三月二十日の早朝。

 被害者である岡本夫妻の夫である岡本亮の父・岡本吉雄が二人の住居であるアパートに立ち入った際、猛烈な異臭が鼻を衝き、警察に通報したことで発見された。

 現場は夫妻の寝室。布団に寝かされた状態で見つかった二人はそれぞれ首と胴を切断され、複数の裂傷を負っていたらしく、死因は出血によるショック死を疑われている。

 当時現場は鍵がかけられていたが、寝室そのものには血が飛び散った形跡はなく、周辺に凶器足りえる証拠物品は残されていなかった。

 この事件をどのように分類するのかと聞かれれば、当然ながら殺人事件だが問題はそこではない。


「警察が捜査を打ち切った。だけど、ここ最近似たような殺人事件が何件も起きていることはニュースにもなってる。これっておかしくないかしら」

「犯人がよっぽど警察とズブなのか、最初から特定する気がないのかの二択かな」

「それでここからが本題よ。私が依頼を受けて夫妻のことを調べた時、近隣の住民から聞いた話なんだけど」


 月夜御の聞き込みで得られた情報は大まかに三つ。

 一つ目はここ数日間、夫妻が体を隠すような服装ばかりをしていたこと。暖かな春の気候だというのにハイネックの服を着ていたり手袋をしていたり、不思議に感じた住民がいた。


「それって、ユウキみたいにあざを隠していたんじゃないかって思うんだけど、どうかしら」

「……なくは、ないな」


 二つ目は妻・岡本美智子の独り言。「殺される」「また死にたくない」と譫言のように呟いていたのを聞かれている。


「また、っていうのは気になる」

「でしょ?」


 三つ目は殺害当日から二日前の朝、夫妻の家から聞こえてきたという絶叫。ご近所トラブルには縁がなかったと言われていた夫婦がある日突然近所迷惑になるほどの叫び声をいきなりあげたりするのは不自然ではないか。しかも駆け付けたらなんでもないと言ってくるなんて絶対なにかがあるに決まっている。


「恥ずかしい話だけど、さっき私も吐いて叫んで大騒ぎだったわ。でも、あんなに夢見が悪かったら私じゃなくてもそうなってると思うのよ」

「俺は叫んでないけどな」

「アンタはズレてんのよ。頭の作りが違うわ」

「ええ……」


 しかし三つ目の話を聞いてしまうと、夫妻の殺人において不自然な点が浮上する。


「殺害された当日はなにも聞こえなかったんだろ?」

「そう、そこよ。不自然よね?」

「別の場所に運ばれてから殺されたなら納得できる。運ばれた形跡も運び込まれた形跡もないのか」

「聞いた話だから真偽は明らかじゃないけど、アパートの外廊下には血の一滴も残ってなかったしほぼ確定的に外には運ばれてないわ」


 だからと言って室内にも不審な点はなく、とにかく現場が寝室だったという一点のみが状況証拠として残されている。


「極めつけはこのメール。あの夢を見た私やアンタに来たものと同じ……ではないけど、ほぼ一致する文章を同じ差出人が送ってきている」

「メールが来たのは三月十八日。夫婦が殺される二日前」

「叫び声が上がったのも二日前。ばっちり符合するでしょ」


 ユウキの言葉に指を鳴らし、照らし合わせた事実関係の一致に思わず笑みをこぼす。


「つまり、月夜御はこの岡本夫妻が俺達と同じように夢を見て、あの怪物に殺された……そう考えてるんだな」

「夢で殺人が目的の集団に拉致されたんじゃないかって二人で話したでしょ? その時に一瞬だけ思い出したの。夫妻が布団で寝たまま死んでいたこと。もちろんそこの段階だとまだ現実だと思ってたから、すぐにないって断定しちゃったけどね」

「スマホを回収に行ったのはそれがきっかけだったってことだな。それなら納得できるよ」


 月夜御の手の速さに感服せざるを得ないユウキがテーブルに置かれた岡本亮のスマホを眺める。


「で、俺達宛てのメールにだけある一文。彼らと同じ死が待っている――の、この"彼ら"は夫婦か」

「そう思うわ。でも気になるのは他の殺人よ」

「他?」

「言ったでしょ。似たような殺人事件が何件もあるのよ」


 デスク上のノートパソコンを開いて手慣れた操作でここ一か月の都内の殺人事件についてまとめたニュースサイトを検索にかける。


「はい読んで」


 エンターを押し、羅列された検索結果の数々をソファーにいるユウキにも見えるようにパソコンを反転させて見せ、閲覧数が多い順で上がってきた記事のタイトルを読み上げさせる。


「またも惨殺遺体、新宿区内の夫婦が死亡。大学生二人死亡、都内で連続殺人か。祖父母が遺体発見の親子、二日前から奇妙な言動――……」


 一番上にいるのは当然ながら先日の岡本夫婦の殺人事件。

 問題はその次からだ。

 次の記事は三月十五日。シェアハウスしていた大学生二人がこれもまた激しく損傷した遺体で見つかったという事件。場所は東京都千代田区。

 更に遡って三月十一日。二十代の母親と三歳の娘が寝室で亡くなっていたのを母親の両親が発見したという事件。二日前から奇妙な内容の相談電話を受けていた東北に在住する母親の両親が二人に会いに来たところ、胸をナイフのような刃物で刺された娘を抱いた足のない母親が見つかったらしい。場所は東京都文京区の木造アパートだ。

 ――どの事件も大体の内容が一致している。連続殺人とされているのはどうやらそういうことのようだ。


「でもこれ、最初の事件だけ少し違うんだな」

「違う?」

「三歳の娘、他に比べて殺され方が随分優しい。これだけ別人の犯行なんじゃない?」

「……確かに。凶器は見つかってないけど、死因もはっきりしてる」


 ネットニュースの記事を読み込みながら、深く考えこむようなしぐさを見せる月夜御は、なにやら曖昧そうな表情を浮かべたまま別のなにかを検索し始めた。


「電話って、どんな話してたのか聞いてるマスコミはいないのかしら……」


 カタカタとタイプ音だけが鳴り、あらゆるサイトを使って第一の殺人について探して回る。

 その間、ユウキは自分のスマホでなにやらメッセージを打ち込んでいるようだが、月夜御からは時たま彼がすごくバツの悪そうな顔をしていることしか分からなかった。

 そして数分後、辿り着いた動画サイト内の民放テレビ局チャンネルの一週間前の動画内で彼女が探していたものが見つかったのだ。


「これよ!」

「わっ、びっくりした。デカい声出すなよ」

「ユウキ、これ! ほら見るわよ」

「あぁ?」


 概要欄には「本日のニュース・都内で連続殺人事件発生か。父親が語る被害者の不可解な言動」というタイトルが記され、サムネイルには顎から下の上半身が映った男性の姿であることからインタビューの様子を撮影したものらしい。

 再生ボタンにカーソルを合わせ、動画を流す。

 淡々と原稿を読み上げるニュースキャスターがインタビューのVTRを振り、表示された男性はマイクを向けられながらこう語り出した。


《電話でね、娘がいきなり「私死んでるのかもしれない」って言い出してね。詳しく聞いたらね、足の周りに変なあざができたとかね、変なメールが来たとかね、それで心配になって、じゃあ近々会いに行くからってね、行ったのよ。……いやぁ本当に分からんのよ。――トラブルとは無縁の子だったよ。離婚はしたけどね、それでもお相手とは円満だったよ。……本当に分からないね……》


 娘と孫に先立たれた無念からか、インタビュー中に涙を流し始めた男性のカットでVTRは幕を閉じる。これ以上はなにも聞けなかったことを表すかのように、動画もそこで再生を終えた。


「――決まりね」

「……んだな」


 夫妻と同様の発言、不審なメール、死亡時にあざと同じ部位の欠損。

 ここまで一致したのなら断言した方がいいだろう。


「この連続殺人事件の被害者たちはみんなが同じ夢を見ている」

「そして、次は俺達か」


 事実関係が告げられた部屋を沈黙が包む。

 情報をまとめていくにつれて次は自分たちだという認識だけが高まって解決方法には行きつかない。

 それに加えてメールに関してはまだ疑問が残っている。


「……死んで逃げられるのは二度目まで……、死んだ回数って意味だと思う?」


 月夜御が挙げたのはゲーム的に言えばいわゆる残機と呼ばれるものだ。

 ゲームの主人公には残機が残っている限りゲームオーバーにならないという仕様があるのと同様に、二回までは死んでも逃げることができるという意味だとしたら、月夜御には死の自覚がない。


「私、自分が死んだ覚えがないのよ」

「即死だったってこと?」


「わからない。ただ、頭にこう鉈が降ってきたところでこっちに戻ってきたというか」


 手刀を振り下ろすしぐさで状況を説明する月夜御は本当に困惑した様子で、死んだ覚えがないというのもユウキには簡単に頷けた。


「逃げ場も後もないってことか」


 彼は苦笑し、不敵な笑みで足元を見下ろす。

 あの夢が続けば退路も失われ、あとは死ぬだけの未来が待っている。

 理不尽な死が、待っているのだ。

 ――それでも、彼は口元を緩めて天井を見上げ、大きく息を吸って彼女に言う。


「ツクヨミ、お前死にたい?」

「は? 死にたくないわよ。いや、まだ死ねないわよ」


 月夜御鏡花には探偵として以上に個人としての目的がある。

 どんな手段を用いても解かねばならない姉の死の謎を紐解くその日まで生きていかなければならない。


「じゃあ、方法はあるよ」

「――え?」


 突然告げられた光明。

 笑みを絶やさぬ彼が指し示す、明日二人が生きて目覚めるためのユウキ■■■の決断。


「ツクヨミも俺も生き残ろう。ただ、俺が死なない保証はないけどな」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る