体育祭③ 千春さんの友達、田沢鈴華
僕と千夏さんは、千春さんを職員室に案内することにした。
そんな中、職員室前の廊下で待っている女性が僕達に『鈴華』と名乗る…。
「…鈴ちゃんこそ、変わってないわね!」
千春さんの反応も含めると、人違いではなさそうだ…。
最後に会ったのはお互い就職したあたりらしいけど、わかるものなの?
「そんな事ないよ。あちこちのシワが気になって、やんなっちゃう。
…春ちゃんが若々しいのって、夜の営みのおかげ?」
鈴華さんはニヤニヤしながら千春さんを観る。
「鈴ちゃん。子供達の前で、そういう話は…」
僕達の前でも、遠慮なくエロい事を話すんだな…。
田沢さんが真面目なのは、お母さんを反面教師にした影響かも?
鈴華さんは、千春さんと同い年らしい。外見は千春さんのほうが若く見えるけど
口調は鈴華さんのほうが年下かな…。
「…春ちゃん、双子産んだの?」
僕と千夏さんを観る鈴華さん。
「違うわ。隣にいる男の子は、今村玲君。娘…千夏ちゃんの彼氏よ」
僕と千夏さんの後ろにいる千春さんは、僕達の肩に手を置く。
「そうなんだ~。こんにちは、玲ちゃん・ちなちゃん」
ちなつだから、ちなちゃんか…。
それにしても、僕までちゃん付けなの?
「こんにちは」
「…どうも」
千夏さんは素っ気なく答える。
「あたしは
田沢さんの名前は『秋穂』だから『秋ちゃん』になるのは自然だな。
「鈴ちゃん。ずいぶん早く来たのね」
千春さんが鈴華さんに尋ねる。
「そりゃ、春ちゃんと会って話すためだよ。春ちゃんも早く来ると思ったあたしの読みは間違ってなかったね♪」
ドヤ顔をして言う事じゃないと思う…。
「ねぇねぇ、秋ちゃんは何の種目に出てるの?」
鈴華さんは僕と千夏さんに訊いてきた。
「玉入れですよ」
僕が答える。彼女は玉入れだけに参加するのだ。
「ふ~ん」
「鈴ちゃん、教えてもらわなかったの?」
千春さんは不思議そうな顔をする。
千春さんは買い物を済ませてから学校に来たけど、僕達が何の種目に参加することは伝えてある。田沢さんの性格的に、伝え忘れたとは思えない…。
「あの子、あたしとあまり話したがらないんだよ。あのプリントを観た時『春ちゃんが出るんだ!」って言ったんだけど、興味なさそうにしてたしね。普通は『春ちゃんって誰?』って訊いてくるところでしょ?」
そうか。鈴華さんには訊きづらいから、僕達に「古賀さんのお母さんと私のお母さんって知り合いなの?」と訊いてきたのか。
興味はあるけど訊かない…。お母さんに本音を見せない理由があるのかな?
「あの…、応援団に参加する保護者の方でしょうか?」
体格が良い男性が、千春さんと鈴華さんに話しかける。
「そうですけど」
「そうで~す!」
千春さんと鈴華さんが答える。
「私は体育教師の
この人、知らない先生だな。担当学年が違うんだろう。
千春さんは鈴華さんを観る。…頷いたな。
それを観た千春さんは「大丈夫です」と答える。
「では、中にお入りください」
そう言って、先に入る島先生。
「玲君・千夏ちゃん、行ってくるわね」
「はい」
「いってらっしゃい」
僕と千夏さんがそれぞれ言う。僕達はもう種目に出ないから、ここで待とう。
千春さんは職員室に入っていく。
「ばいば~い♪」
僕達に手を振った鈴華さんは、千春さんに続いて入っていった。
「あの人が委員長のお母さんか。イメージと全然違うわ」
千夏さんがつぶやく。
「僕もだよ。フランクというか、気さくな人だね」
夜の営みに触れたのは、予想以上だけど…。
「アタシ、あの人なんか苦手…」
鈴華さんの自己紹介に素っ気なく答えたのは、そういう事か。
「あはは…」
個性的な人だから、仕方ないかも?
職員室の扉が開き、千春さんと鈴華さんが出てくる。
2人とも、学ランの上を羽織っている。
「お待たせ、玲君・千夏ちゃん」
「ありゃ? 2人とも、まだここにいても良いの?」
鈴華さんが僕達を心配する。
遅刻すると思われたかな?
「僕達、もう種目に参加しないので問題ないですよ」
僕はバレーボール、千夏さんは大縄跳びに参加した。
最低1回種目に参加するノルマは、既にこなしている。
「それで母さん、どんな説明されたの?」
千夏さんが、千春さんに質問する。
「大したことじゃないわよ。『応援団長さんの動きを真似する事』と『名前を呼ぶのを禁止された事』ぐらいかしら」
「名前を呼ぶのを禁止?」
千夏さんが訊き返す。
「そう。応援団は、参加者全員を平等に応援するらしいのよ。だから特定の人の名前を呼んじゃダメなんだって」
それは納得できる。誰かを贔屓する応援団なんて嫌だよね。
「それよりもさ~、学ランの上ってのが納得できないんだけど…」
鈴華さんが文句を言う。
「仕方ないでしょ。保護者が着れて応援団に合う服が学ランの上しかないって、先生がおっしゃっていたじゃない」
よく考えたら保護者って、お母さんだけじゃなくてお父さんも入るよな。
学ランの上なら、どちらも着れることになる。
「そうだけどさ~、応援っていったらチアでしょ? 春ちゃん、着たくないの?」
「…私達おばさんがチアの衣装着るの? あり得ないわよ」
千春さんはそう言うけど、僕はアリだな。僕はチア姿の千春さんを想像する。
「…この子、彼女がいるのに春ちゃんのチア姿想像してるよ。エッチだね~」
鈴華さんが僕の頬を指でつついた。
チアの衣装が話に出てから、千春さんを凝視してたからな…。
鈴華さんにバレても仕方ないかも?
「背は小さいのに、性欲は1人前か…。男の子は、こうでなくっちゃ♪」
鈴華さんが僕の肩に手を置く。
「鈴ちゃん。さっきも言ったけど、子供達の前でする話じゃないでしょ!」
2回目になるので、厳しい口調で注意する千春さん。
「子供って…、高1じゃん。中学生ならともかくさ…。春ちゃんが知らないだけで、ヤることヤってると思うよ」
その中に千春さんも含まれているけど、口が裂けても言えないな…。
…保護者らしき人達が、職員室前にいる僕達に近付いてくる。
応援団に関する説明を聞きに来たんだろう。
「私達、邪魔になるし離れましょ」
千春さんがこれから来る保護者を気遣う。
「そうしよっか」
鈴華さんも同意する。
僕達は職員室前を離れ、運動場に向かう事になった。
運動場に向かうと、大玉転がしをしていた。
…1ーCはやってないな。既に負けたようだ。
多くの競技がトーナメント式だから、負ければそこで終わりだ。
「大玉転がしが終われば、最後のリレーになります」
僕は千春さんと鈴華さんに説明する。
もうすぐ2人の出番だ。
「わかったわ。…鈴ちゃん、ちょっと早いけど向かいましょうか」
学ランを着てハチマキをしている人がいる。あの人が応援団長か。
応援団長の近くにいれば、後は何とかなるはずだ。
「りょうか~い」
鈴華さんが返事した後、2人は離れていった。
「…あの2人、本当に仲が良いのかしら?」
2人きりになって間もなく、千夏さんが僕に疑問を投げかけた。
「どういう事?」
少なくとも、悪くは見えなかったぞ…。
「母さん、あの人に振り回されているようにしか見えないのよ。長い間連絡してなかったのも気になるし…。アタシの考えすぎかもね」
僕達が千春さんの友人関係に口出しするものじゃない。
鈴華さんとの付き合いをどうするかは、千春さんが決めることだ。
【大玉転がしが終了しました。次は最後のリレーになります。参加者はお集まりください】
アナウンスが聞こえる。体育館でやっていたバレーボールは早めに終わっているから
生徒全員がリレーを観ることができる。
間違いなく、体育祭で一番注目される種目だ。
参加者は、佐下君・遠藤君・高柳君・吉澤君の4人になる。
佐下君はお調子者だけど、運動神経は良い。ちゃんと活躍してくれるはず…?
この4人に命運は託された。
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