以降、千春が玲・千夏のクラスメートに知られる

授業参観

 「高校にも授業参観ってあるのね。驚いたわ」

帰り道、隣にいる千夏さんがつぶやく。


2週間後に、担任が受け持つ現代文で授業参観が行われるようだ。

帰りのホールルームで、授業参観に関するプリントが配られた。


「だよね」

小学校・中学校だけの話だと思っていた…。


「授業参観のこと、伝える?」

千夏さんが訊いてきた。


「僕は知らせるつもりないよ。来てほしくないし」

母さんのことは嫌いじゃないけど、クラスメートに見られたくない。


「アタシも迷ってる。母さん、きっと仕事でしょ」


千春さんは、千夏さんと和人さんを見送った後、短時間のパートに行ってるらしい。

仕事内容は知らないけど、都合が合うかわからないよね。


「でもさ。知らせなかったら、知った時何を言われるか…」

『何で教えてくれなかったの?』とか言いそう。


「…それもそうね。帰ったら話しましょうか」


「そうしよう」



 千夏さんの家のリビングに向かうと、千春さんはキッチンで何かを切っている。

包丁のリズミカルな音が聞こえるから間違いない。


「母さん、ちょっと話したいことがあるんだけど」


「……何かしら?」

キリをつけた後、手を洗ってからリビングに来る千春さん。


「今度、授業参観があるのよ…」

千夏さんが、プリントを千春さんに渡す。


「2週間後ねぇ…。予定ないから行くわ♪」


「え?」

僕と千夏さんがハモる。


「何その反応? 来てほしくないの?」

ジト目で僕達を観る千春さん。


「そうじゃなくて、母さん仕事は大丈夫な訳?」


授業参観なんて、仕事を休むほどのことじゃないし…。


「この日は、シフト入ってないのよ。まったく問題ないわ」


「高校の授業参観って、保護者の人ほとんど来ないと思いますが…」

さすがに千春さん1人はないだろうけど、数人ならあり得る。


「そんな事気にしないわよ。3者面談以外、学校に行く機会はないからね。玲君と千夏ちゃんの様子、見させてもらうわ♪」


千春さんの行く気は変わらないようだ…。



 そして、授業参観当日。現代文がある1限になった。


「保護者の皆様、お入りください」

担任が廊下に顔を出し、入室を促す。


僕達生徒ほぼ全員が後ろを振り返り、保護者の入室を観る。

…来た保護者は、千春さんを入れて5人だ。


このクラスは全30人だから、ほぼ2割になる。多いのか少ないのか…。


5人の保護者の中で、千春さんが一番若く見える。

実際若いかもしれないけど、差をすごく感じるな。


千春さんは僕達を見つけたものの、特にアクションを起こさない。

手を振ってくるかも? と思ったけど、その心配は無用だった。


「保護者の皆様が入室されたので、授業を始めます」


「起立……礼!」

クラス委員長の田沢さんが号令をかける。



 その後は、いつも通りの現代文だった。

指名が増えるとか、授業スタイルを変えるとか、そういうのは一切なし。


……眠くなってきたけど、千春さんの前で寝る訳にはいかない。

頑張ろう。千夏さんもちゃんとノートを取っているからね。


…チャイムが鳴る。やっと終わったか。


「授業は終了です。保護者の皆様、お忙しい中ありがとうございました」

担任が頭を下げる。僕達生徒は、再び保護者を観る。


担任の一礼後、廊下に一番近い保護者が扉を開けて帰っていく。

千春さんも続いて教室を出た。


こんな授業を観て、千春さんは満足できたのかな?

僕が保護者だったら、間違いなく退屈になると思う。



 2限は体育なので、女子は更衣室に向かい、男子はそのまま教室で着替える。


男子だけになった時、お調子者の佐下さしたくんが男子全員に聞こえるように言う。


「あの若くて美人で、オッパイがでかい母ちゃんは誰だ? 知ってる人いる?」


絶対千春さんのことだな。胸の大きさも、保護者の中で断トツだったし。

周りに女子がいる時に訊けないよね。


佐下君は近くにいる男子から、しらみつぶしに訊いている。

僕のところに来るのも、時間の問題だな。


「今村君はわかる?」


嘘を付く必要がないから、正直に答えよう。


「あの人は、千夏さんのお母さんだよ」


「そうなのか…。今村君、古賀さんと付き合ってるから会ったことあるんだな」


会った事どころか、ほぼ毎日顔を合わせてるけど…。

面倒なので、言わなくて良いか。


「うん…」


「みんな。あの母ちゃん、古賀さんの母ちゃんらしいぞ!」

佐下君が、変わらず大きめの声で言う。


「マジで? 古賀さんと全然胸の大きさ違うじゃん!」


「古賀さんもああなるって事か。待ち遠しいぜ!」


遠藤君と高柳君が、佐下君の話を聴いてテンションを上げる。


遠藤君が言った事は、千夏さんには聴かせられないな…。


「俺、授業参観は嫌いだったけど、あの母ちゃんが来てくれるなら大歓迎だ!」


「俺も!」


佐下君の言った事に、遠藤君と高柳君が同調する。


あの3人、仲が良かったのか。知らなかったよ…。



多くの男子のハートを射止めた千春さん、恐るべし。そう思う僕であった。

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