千春さんと2人でお買い物
学校帰りに千夏さんの家のリビングに行くと、千春さんが僕に1枚のチラシを見せてきた。隣にいる千夏さんものぞき込んでくる。
<<息子さん自慢のお母さんになってみませんか?>>
そのキャッチコピーの下に、化粧水の名前や効果があれこれ書いてある。
千春さんは、何でこれを僕に見せたのかな?
「下のほうも読んでね♪」
そう言われたので、しっかり読む。
<<○○を息子さん同伴で購入されると、2割引きになります>>
一番下に、聞いたことがない店名が書いてある。個人店かな?
ともあれ、ここまで読んで千春さんの真意が分かった。
「玲君。今度の土曜日に息子役、お願い♪」
歳の差は問題ない。僕と千夏さんは同い年だからだ。
けど赤の他人だから、似ているところがない…はず。
「血の繋がりなんて些細なことよ。大切なのは、き・も・ち♪」
僕の戸惑った表情を見て、千春さんが不安を消してくれた。
家庭環境って家族それぞれだから、間違ってないかも。
「これ、何でお母さん対象なの?」
千夏さんは納得できないようだ。使ってみたいのかな?
「おばさんになると、お肌の手入れに苦労するって事よ」
「息子だけなのも気になるわ。娘も含んで良いじゃない」
「娘とお肌を比べられるお母さんの気持ちを考えてね」
同性と比べられると、欠点やコンプレックスが気になるよね。
それに配慮した結果かもしれない。
…別の機会に、娘を対象にしたキャンペーンをやる可能性もあるか。
「土曜日は留守番お願い。千夏ちゃん」
「…仕方ないか。部屋の片付けとか掃除やってるわ」
千春さんと2人で買い物か。2人きりっていつ以来だっけ?
土曜日。千春さんの車に乗り、発進する。
「玲君と2人きりって、いつ以来かしら?」
千春さんは楽しそうな様子を見せる。
「結構前ですね…」
僕達だけの関係が成立する、ちょっと前だったと思う。
「そうよね…。今日は玲君を独り占めするわ♪」
振り回されないことを祈ろう…。
お目当ての化粧水が売っている店に着いた。どうやら小さい店のようだ。
駐車場が3台分あるけど、1台しか止まっていない。僕達で2台目だ。
息子同伴キャンペーンが、どれだけ効果的かわからない。
下手したら、店内で男が僕1人になる可能性がある。
「玲君、緊張しちゃダメよ。今の私達は、親子なんだから♪」
車から降りる前に、千春さんが僕を気遣う。
「ねぇ。私のことを『お母さん』って呼んでみて。緊張がほぐれるかも?」
「余計緊張しますって!」
「そう…、残念ね」
しょんぼりした様子を見せる千春さん。
「けど、場合によっては呼ぶかもしれません」
店の人が僕にどう声をかけるかわからない。柔軟に対応していこう。
「いつでも呼んで良いからね。…そろそろ行きましょうか」
千春さんが車を降りたので、僕も合わせて降りる。
店内に入った。店員のおばさんが2人、お客さんのおばさんが1人いる。
…本当に男が僕1人しかいない。今更どうしようもないけど。
千春さんは、3人のおばさんの誰よりも若く見える。というか、絶対若い。
「いらっしゃいませ、お客様。本日はどういったご用件でしょうか?」
接客をしていない店員のおばさんが、僕達に話しかける。
「このチラシに書いてある化粧水に興味があるんですが…」
千春さんは店員さんにチラシを見せる。
「…ありがとうございます。お客様は息子さんと同伴されているので、キャンペーン適用となります。手続きを行いますので、こちらへどうぞ」
店員さんに受付に案内され、そこにある椅子に腰かける僕達。
無事、息子として見られたようだ。
「お客様、手続きの前にパッチテストを行わせていただきます」
えーと確か、肌に合うかどうかの簡単なチェックだったな。
店員さんが、千春さんの顔に化粧水を少々つける。
「ヒリヒリしたり、かゆくなったりしてませんか?」
「はい、大丈夫です」
肌に合うかどうかの問題はクリアしたみたい。
「いかがされますか?」
「……購入します」
千春さんは気に入ったようだ。
その後、定期購入の話が出たけど千春さんは断った。
安くなるのに…。後で理由を訊いてみようかな?
千春さんと店員さんが話しているので、僕は少々退屈だ。
そこに、接客が終わったもう1人の店員さんが僕に声をかける。
「僕。飴ちゃんを舐めて待っててね」
そう言って、受付にある棒付きの飴を渡してきた。
いくら僕が小柄で幼く見えると言っても、この扱いはひどくないか?
これでも高1なんだけど…。
中学生どころか、小学生に見られている?
気付いたら、千春さんは化粧水数本が入った袋を持って、立ち上がるところだった。
僕も慌てて立ち上がる。どうやら、用件は済んだみたい。
「行きましょうか、玲君」
店員さんに子供っぽく見られているなら、子供のように答えないと。
「うん、お母さん」
千春さんは、喜びを抑えるのに必死な様子だ。妙に落ち着きがない。
僕達は店員さんの「ありがとうございました」を聞きながら、店を出た。
「玲君が『お母さん』って呼んでくれた♪♪」
車内で、抑えてた気持ちを解き放つ千春さん。口が緩みっぱなしだ。
「店員さんに子供扱いされたので、つい言ってしまいました…」
「玲君、私の子供になって!」
「えぇ!?」
今の千春さんが言うと、冗談に聞こえないよ…。
「じゃあ…、家で『お母さん』って呼んで♪」
「それはちょっと…。千夏さんに何を言われるか」
「そうよね……」
一気にテンションダウンしてしまった。
「それよりも、これからどうしますか? 帰ります?」
今日の用件は済んだけど…。
「玲君、帰りたいの?」
捨てられた子猫のような、寂しそうな目で僕を観る千春さん。
「えーと、何か別の用事があるなら付き合います」
「じゃあ…、私の服選びに付き合って♪」
「僕、服のセンスないですよ? 参考にならないと思いますが…」
「玲君の意見を聴くことに意味があるの。…行きましょうか」
千春さんは車を発進させた。
ファッション店で、よくある「どっちが似合うと思う?」を何度もさせられた。
僕なりに考えて選んだけど、千春さんは僕が選んだ服を買った。
千春さんが満足しているように見えるので、僕も嬉しくなる。
2人とものどが渇いたので、ファッション店近くの自販機で飲み物を買った。
僕は午後の〇茶のミルクティー、千春さんは明らかに苦そうなお茶だ。
僕は千春さんに奢ってもらった。服選びのお礼になるので、お言葉に甘えた。
あんな苦そうなお茶、よく飲む気になるな…。
僕の視線に気付いた千春さんは、一口飲んだ後に言った。
「お茶って体に良いのよ。それに、歳をとると苦いのをおいしく感じるの」
「へぇ…」
僕には、まったく共感できないなぁ。
「良かったら、飲んでみる?」
ペットボトルを僕の前に差し出す千春さん。
「結構です…」
「そっか。おいしいのに…」
僕が千春さんぐらいの歳になれば、気持ちがわかるかな?
「玲君は定番が好きよね。ケーキもアイスも♪」
ミルクティーも定番の奴だ。…それよりも。
「千春さん、そんなこと覚えてくれてるんですか?」
どっちも結構前の話だぞ。しかも些細なことだし。
(恋人記念パーティー・アイスはエロい? にて)
「当たり前でしょ。玲君は千夏ちゃんと同じぐらい大事なの。忘れる訳ないわ」
僕は千春さんが頼んだケーキとアイスを覚えていないのに…。
大人って、自分だけじゃなくて他人を観る余裕もあるんだな。凄いよ。
―――
※千春さんは、ケーキは『モンブラン』アイスは『ソフトクリーム』を選びました。
―――
「…そろそろ帰りましょうか。千夏ちゃんに怒られちゃう」
「そうですね…」
僕達は飲み物の容器をごみ箱に捨てた後、車に乗った。
「ただいま~」
僕達は再び千夏さんの家に戻ってきた。
「おかえり~…って、何よその袋?」
自分の部屋から出てきた千夏さんが、僕達が持っている袋に驚く。
「実は、服も買ってきたの」
ほぼ全て千春さんの服だけど、数着だけ僕の服がある。
千春さんが僕に似合うと判断して買ってくれたのだ。
「ズルい。アタシも新しい服欲しいわ!」
「今度一緒に行きましょ。ねぇねぇ千夏ちゃん聞いて。玲君に『お母さん』って呼ばれちゃった♪♪」
「はぁ!? どういう事よ?」
先にリビングに向かう2人を追って、僕もリビングに向かう。
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