彼女の父、古賀和人
そのために
「千春、その子は?」
和人さんは僕をチラ見した後、千春さんを観る。
「この子は
千春さんと一緒にいて、買い物袋を持っている状態だ。
彼氏も言わないと不自然だろうね。
「千夏の彼氏? ふむ…」
和人さんが僕を観てくる。緊張するな…。
「なるほどな。だが、何故その子が買い物袋を持っている?」
彼女のお母さんの買い物に付き合うのは、僕の歳では一般的ではないはず。
和人さんが疑問を抱くのは当然だと思う。
「この袋は僕が自分からお願いして、持ってるんです」
「そうか…。自主的にやっていることなら、何も言う気はない」
和人さんは靴を履く動作を中断させている。この後再開させるか?
と思ったら、靴を脱ぎ始めた。なんで?
「君に興味がわいた。千夏も部屋にいるし、リビングで話そう。今村君、時間はあるかな?」
「はい、大丈夫ですが…」
戸惑っている僕に「ごめんね、玲君」と千春さんが耳打ちしてきた。
僕も覚悟を決めよう。買い物袋を一旦下ろし、玄関で靴を脱ぐ。
和人さんは千夏さんの部屋をノックした。
「お父さんだ。お前の彼氏の今村君が来ている。リビングまで来られるか?」
そう言った後、和人さんはリビングに向かって行った。
それからすぐ部屋の扉が開き、千夏さんが出てくる。
玄関を観て僕達に気付いた後、近くまで来てくれた。
「玲、今日はどうしたのよ?」
「あはは、ちょっとね…」
玄関で靴を脱ぎ終えた僕は、再び買い物袋を持ってリビングに向かう。
千春さんも僕の後に、靴を脱ぎ始める。
買い物袋を邪魔にならない所に置いた後、リビングの机の椅子に座る僕達。
和人さんの前に僕、僕の隣に千夏さん、千夏さんの前に千春さんが座っている。
男同士・女同士で、向き合って座っているのだ。
4人が着席してすぐ、和人さんが僕に話しかける。
「勘違いだったらすまないが、この前千夏とアニメ映画を観に行ったのは君か?」
「そうですけど…」
「普段あまり僕に話しかけない千夏が『座席の予約をして』なんて言い出すから気になってたんだよ。彼氏と観に行ったなら納得だ」
あの時は友達として一緒に観に行ったんだけど、面倒なので指摘しない。
「今村君に1つ言っておきたい」
「……何ですか?」
何を言われるんだろう? 緊張しながら、和人さんの言葉を待つ。
「僕は君達の交際について、何も言わないつもりだ」
「え?」
てっきり「君は千夏の彼氏に相応しくない」とか言われると思った。
「交際相手について、親が口出しするのはおかしいと思わないか? 僕が千春を嫁にもらう時、お義父さんに反対されてね。何とか説得して許してもらえたが、親とはいえ、そこまで干渉するべきなんだろうか?」
「……」
返答に困る内容なので、黙ることにした。
「君がどういう考えで、千夏と付き合っているかはわからない。千夏を悲しませない。これさえ守ってもらえれば何も言わず、温かく見守るつもりだ」
言い終わった後、和人さんは立ち上がった。
「千春、昼と夜は外で食べてくるから不要だ」
「わかったわ、和人さん」
「今村君。千夏を頼むよ」
和人さんは僕に微笑んだ後、リビングを出た。それから玄関の扉が開く音がした。
再び出かけたのは間違いないだろう。
「ふ~、疲れたわ~」
間の抜けた声を出したのは、千夏さんじゃなく千春さんだ。
千春さん、車に乗ってる時「一緒にいると気を遣って疲れる」って言ってたな。
「玲君、すぐに炒飯作るから待っててね」
千春さんは僕が置いた買い物袋を持って、キッチンに向かう。
「そうよ、何で玲が母さんといたのか訊いてないわ」
千夏さんが思い出したように言い、僕を観る。
「それはね、千春さんの買い物に付き合ったからだよ」
「買い物? そんなの聞いてないけど? 何で玲がそれを知ってるのよ?」
「千春さんからメッセージが来たんだよ。『買い物に付き合って欲しい』って」
「メッセージ? …てことは、玲と母さんって連絡先を交換したの?」
「そうだよ」
「いつの間に…」
千夏さんは少し考え込んだ後、僕に言った。
「玲が母さんに付き合うのは構わないけど、玲はアタシの彼氏よ。絶対にアタシを優先させること。……良いわね?」
「もちろんだよ。千春さんとも、そういう話になってるしね」
「本当かしら…? 心配だわ」
不安そうに僕を見つめる千夏さん。何が心配なんだろう?
もうすぐ炒飯ができることがわかっているので、テレビで時間をつぶす。
…おいしそうなニオイがリビングにまで広がってきた。楽しみだな~。
「玲君、お待たせ。炒飯できたわよ!」
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