04 望む未来

「諦めちゃ、駄目です!」


 静かな境内けいだいに柔らかくもよく通る彼女の声が響く。


「天野さんは昔、私に言いました。願い事は『頼む』ものではなく、自ら『叶える』ものだと。だから、どんなに大変なことでも、諦めずに頑張って叶えるんです! 未来を捨てたら未来が来ません‼」


(小萩……)


「大丈夫!」


 ぐっと両手で拳を作り、彼女は言った。


「みんなで力を合わせて、売上あげよう! お菓子みたいな甘い夢でも、最後にはきっと叶うから」 


 まっすぐに。こちらの目を見て。


「……………………ぁ」


 それはまるで。

 止まった気色けしきを沸き立たせるような、激しく燃える紅葉くれは色の瞳。


(あの時と……同じ)


 出会ったときもそうだった。

 一年前のあの日。

 こんな風に真剣なまなざしで、相変わらず馬鹿げたことを、彼女は言っていた。

 それがとても。


(キレイだ)


 美しかった。だから気づいた。


(……そうだった、簡単なことじゃないか)


 駄目で元々。いまできることをやればいい。

 ただそれだけの話だったことに。難しく考えすぎる自身の悪い癖に。

 複雑なことなど、なにひとつ無かったのだと。

 彼女の言葉が、秋風のようにサァーっと景虎の沈んだ心を吹き飛ばしていった。


「はい! 秋庭小萩は提案します!」


 小萩がびしっと手をあげる。


「売上目標! 目指せ、三、億、円!」


「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」


 なにその、雑な設定。宝くじか。 


(あぁ……やはり小萩は小萩だった……)


 なんかこう、いい感じの雰囲気がぶち壊しである。


「ははは! 三億円か! それはよい。よし今からみなでクジでも買いに行くか」


 天野がふざけて小萩のボケにのっかる。

 そして、もしもここに遥がいたとしたら、「あらあら。そのくらいあればお店も安泰だわ」などどボケを上乗せしそうだ。


 そうなったら自分がしっかりせねば、ツッコミ役(?)が不在になってしまう!

 景虎は謎の気合を入れつつも、まっすぐと天野を見た。


「——そうだな。天野、小萩の言う通りだ。できることをすべてやってそれで駄目だったら、その時また考えればいい。それだけのことだ」


「ほう、意外と楽観的だな」


「違う。楽観的ではなく、希望的観測だ。俺も馬鹿な話だとわかっているよ。……でもさ」


 思うのだ。


「どんな夢物語だって、最後までやり続けた奴が夢を叶えるもんだ。いくら無謀な話だからって、無理だと決めつけてやらなければ、望んだ未来は永遠に来ないだろ?」


 景虎は天野へニッと笑ってみせる。

 そう。見たい未来があるのなら全力で掴みに行くまで。

 それだけの話だ。


「望む未来……か」


 ふっと、天野が笑い、そしてすぐに真面目な顔をした。


「——いいだろう。そこまで言うのならこの俺も見届けよう。だが、分かっていると思うが期限は厳守してもらう。年内に一千万。必ず用意してみせよ」


「……全力はつくす」


「うん! 頑張ろう‼ 景くん、さっそくお店に戻って作戦会議だよ!」


「あぁ」


 階段を駆け降りる小萩に、危ないからゆっくり降りろと声をかけつつ、その背中を追う。

 すると後ろから天野の声が聞こえた。


「貴様も変わったな」


「……?」


 振り向くと、天野は感慨深そうな表情でこちらを見ていた。


「——景虎よ。貴様の星は変わった。いずれそのがんも叶おう」


「星……? なにかの占いか?」


「違う。そのうち気がつく」


 ではな、と言って天野は双子ととともに境内の奥へと消えていった。


「? よくわからん。神主的な神の調しらべというやつか?」


 というか、彼と自分はどこかで会ったことがあるのだろうか。

 向こうはこちらを知っている風ではあった。


(それに名前……)


 記憶が正しければ、小萩は始終「景くん」と言っていたが。


「——いや、まぁいいか」


 多分遥から聞いたのを思い出したのだろう。そんなことよりもはやく小萩を追いかけなければ。


 天野と話していたせいで、だいぶ下までおりてしまったらしい彼女が、大きな声で自分を呼んでいる。

 景虎は戻って店の立て直しを考えるべく、歩き出した。

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