02 神社へ

(なぜこんな長い階段を……)


 作ったんだ? と神社関係者に文句を言いたい。

 それほどまでに長い。長い、とにかく長い石段だった。


「一五〇六段……」


【現在七五三段目 折り返し地点だよ 頑張れ!】


 目の前の立札たてふだに書いてある。

 つまり七五三かける二。一五〇六段。

 長いはずだ。登山している気分になる。頑張れない。


「……頑張れ、俺」


 自分で自身の心を励ましながら、なんとか歩く。その後ろを、


「長いー、遠いー、疲れたよー。景くん」


 景虎同様、ぐだーっとした様子でついてくる小萩がいる。


「大丈夫だ。小萩。俺も疲れている(?)」


 もはや振り返る余力もない。

 頭がぼうっとする。身体は前にのめりこみ、ひたすら足を動かすだけ。

 そんなゾンビのような恰好で歩いてどのくらい経っただろう、やっとの想いで境内けいだいへたどり着いた——そう思った瞬間。


 ——ジャキン。


「「不法侵入者一名」」


「な⁉」


 突然、前から槍を突き付けられた。そしてひとこと。


「「お帰り下さい、強盗」」


「え……」


 ——突然の『非』日常展開(☆)

 神社へ参ったら、槍が待っていた。いや、正確に言えば薙刀なぎなた

 指をひとつでも動かしたら、バットエンド行きのこの状況に。

 ちらりと目だけ動かせば、小学生くらいだろうか? まだ幼さの残る少年と少女が景虎の両脇の、少し前あたりに立っていた。

 薙刀を向けて。


(怖い怖い怖い! なにこの危険児!)


「ねぇねぇ、よひら。この人、どうする?」


 少女が言った。


「決まっているだろ、七花しちか


 少年(よひらというらしい)が答え、それに少女(七花というらしい)が「そうだね」と頷き、声を揃えてふたりは言った。


「「出口はあちらです」」


 階段のほうをさし示しながら。


「そこから行けば、一瞬で地上に着くから」


 よひらが言葉を追加した。


(それはつまり、落ちろということか⁉)


 最悪だ。首に突き付けられていた薙刀はいつのまにか、自身の腹まで降りていき、ツンツンと腹を小突いてくる。このまま後ろに下がれば、階段。抗えば薙刀の餌食となる。

 どうするべきか。

 一呼吸し、考えをめぐらす。


(………………よし)


 答えは決まった。かくなるうえは!


「「あ……!」」


 横に飛ぶ! 反復横跳び上等、瞬時にバッと。素早く。

 急に動いた景虎に驚き、少年少女は唖然あぜんとしている。


「ふ、難は逃れた……!」


 自慢じゃないが、小学校時代の体力テストはそこそこに良かったのだ。

 助かった、とバクバクとうるさい心臓を押さえながら、景虎はこちらを警戒しながら見ている二人を観察する。


(双子……?)


 その二人は全く同じ容姿をしていた。紫ががった黒髪に髪と同じ瞳。そして子役並みに整った顔立ち。どちらも肩あたりで切り揃えられた髪型をしている。かろうじで男女と区別できるのはその服装。それぞれが水色の神官服、赤い巫女服の恰好をしていた。


「神社の家の子供か? 危ないな。駄目だろ? 変な遊びをしたら」


「うるさいな、おじさん」


 よひらが怪訝な顔でこちらを見て言った。

 おじさんじゃない。まだ二十歳はたちだ。


(このガキ、どうしてくれよう)


 ここは大人らしく、説教のひとつでもしてやろうか。

 そう考えていた時、


「——いらっしゃい。地上の人」


 涼しげな、男の声が聞こえた。


(地上の人?)


 変わった挨拶だな、と思いつつ声の方向を見る。

 そこにはこの神社の宮司ぐうじだろうか、ひときわ豪華な着物をまとった男が立っていた。


「なに用かな」


(ん?)


「ここへはどのような願いで参られた」


(んん?)


 おかしい。何かがおかしい。


「「あま様。侵入者です」」


 双子が声を揃えて言った。


「ふむ。どちらかといえば参拝客ではないのかな?」


 あま様と呼ばれた男はこちらをまじまじと見た。

 そこで、やっと境内へたどり着いたらしい小萩が、


「は、はぁ、つ、つか……れた……。あれ? 天野さんだ。お久しぶり……です!」


 こちらの様子に気がつき、息を切らしながら駆けてくる。


「あぁ小萩か、久しいな」


(なるほど)


 天野、ということはこの男がモーニングの経営主か。


(てっきり、年がいっているものだと思っていた……)


 経営主というわりには目の前の男は若く見える。二十代後半くらいだろうか。

 黒く長い髪を風にたなびかせた、流し目の美丈夫。着物を纏う男の姿はまるで平安時代の貴族のようだ。森閑しんかんとした境内へ溶け込むようにたたずむ彼は、申し分ないほど絵になる。一点だけ除けば。


(何故に女物?)


 そう、宮司服に女物の着物を羽織っているのだ。

 似合う似合わない以前におかしい。

 そんな景虎の疑問をよそに天野が小萩へ声をかけた。


「しばらく見ないうちに、また一段と大きくなったなぁ。どこがとは言わんが、ますます色気付きおって。そこらの男がほっとかないだろうに」


「え、身長ですか? 去年から二ミリしか伸びてませんよ?」


(それは単なる誤差というやつでは)


 よくある、目盛りトリックだ。背筋を伸ばす伸ばさないで背丈が変わってくるという。高さを出したいがために、かかとを浮かすと測り直しになるので、計測担当にバレないギリギリを攻める必要がある。

 それはともかく。


(さらっと言ったなコイツ)


 確かに小萩は美人だ。

 大きな瞳に小麦粉のようなきめやかな白い肌。(実際よく小麦粉がついている)

 すぐそばを通れば、ふわっと甘い香りがする。(焼き菓子のせい)

 いっけん華奢きゃしゃに見える彼女だが、意外と大きい。コックコートのうえからわかるほどには。


「で、どうした今日は」


 男——天野が景虎を見て言う。心なしかこちらを見る眼が不機嫌そうだ。


「あのモーニング閉店の件。考えなおしていただけませんか? 俺たちはまだ、店を続けたいと思っています。ですから——」


「駄目だ」


 景虎の言葉を遮って天野が言う。


「すでに決まったことゆえ、今更変える気など無い。わかったら、とっとと帰れ」

「それをどうにかお願いします」


 頭を下げて願い出る。だが、


「駄目だと言っておるだろう。それから俺は男が好かん。女ならともかく、男の頼みごとなど二度も聞いてやることはしない」


 眉を寄せ、顔を背ける天野。

 しまいにはシッシッと手で犬を追い払うかのような態度を取られた。

 それはまるで、取引先に飛び込み営業をかけに行った時のよう。

 地味にショックである。


「ぐ……、もう話したくない……」


 景虎はガクッと膝から崩れ落ちた。昔よくみかけたorz風に。

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