01 説得しよう!

 パティシエール・モーニング。

 有名町ありなまちの、海が見える坂の上、たちばな市立図書館前にたたずむ小さな洋菓子店。

 美味しいケーキとアフタヌーンティーが楽しめるこの店の名前は、店のコンセプトに合っていないのでは? という疑問をお客様からよくいただく。

 それは景虎も常々思っているのだが、いわゆる暗黙の了解というやつだ。そのため、お客様に聞かれたときにはこう答える。


「企業秘密です」

 

 笑顔でにっこり。そう言っておけば大抵の人は深くつっこむまい。

 ……と、いうのは冗談で。

 海から昇る朝日が綺麗だったから、そういう意味で遥がつけたらしい。



        ◇◆◇◆◇



「で、明日って何ですか? 閉店のこと、お客さんに知らせていませんし、閉めるにもいろいろ段取りとか準備も全然ですけど」


 ここは店の休憩室。いわゆるバックヤードというところだ。

 そこで景虎は遥へ先ほどの疑問をぶつけていた。


「それなのよねぇ。私もすっかり忘れてて、今朝、カレンダーを見て、びっくりしたの」


「………………」


 いや、そんな憂鬱気ゆううつげに言われても。

 はぁーと溜息をつくその姿はなかなかに色っぽいが、正直に言ってこちらが溜息をつきたい。それに、


「あはは。遥さんってば、うっかりー」


 小萩が「そういうこともありますよね!」という謎のフォローをしているのを見て頭痛がしてくる。


「とりあえず、理由を聞いてもいいですか? どうしていきなり閉店なんか」


「そうねぇ、資金不足ってとこかな。お店の運営が難しくなっちゃったの。閉店が決まったのがひと月前、天野さんとの話し合いで決まったのよ」


「天野? あぁ確か、店のオーナーでしたっけ」


「そうそう」


 この店から真っすぐ、山のほうへ続く道を歩いていくと大きな鳥居にぶつかる。そこからひたすら長い階段を上っていくと何とか神社がある。この店はそこの神主が経営しているらしい。


「ほら最近、新しい洋菓子店ができたでしょ? あそこにお客さん取られちゃってね。前から厳しかったウチの売上が、ますます下がっちゃって経営がちょっとねぇ」

「あ! トワイライトさんですね。あそこのお菓子、すっごーくお洒落ですもんね」


 だたちょっと高いんだよなぁと小萩が呟き、それに遥も同意する。

 パティスリーカフェ・トライワイト。今年の六月に駅の西口へできた高級感溢れる洋菓子店。


 お洒落な外観はもちろん、ケーキのデザイン性も高く、まさにSNS映えするというやつだ。そして洋菓子兼カフェが併設されている点がモーニングと同じ。というか、名前も微妙に被っている。


「それにねぇ、最近物価の上昇がすごいでしょ? 材料の値上げに光熱費の上昇、毎年恒例の秋の時給アップ。色々な世間の不況には抗えなくて……」


 なるほど確かに世間の不況は仕方がない。

 景虎も、朝食代わりに時々買うビスケットが、いつのまにか枚数が減っていた事実にショックを受けていたところだ。世の中本当に不景気である。

 申し訳なさそうに話す遥に景虎はどう声をかけていいか悩んだ。


「で、でも! この間、新発売した『ひよこモンブラン』。すっごく人気出ましたよ? 買ってくれる人も多かったですし、売上なら少しは回復したんじゃ……」


 小萩が一縷いちるの望みにすがるように遥へ言う。


「それがね、あれを出した後、すぐにあっちでも同じような商品を発売してね……。しかもウチより豪華なの。鶏さんへグレードアップしていたわ」


(にわとり……)


 それは豪華なのだろうか? 

 あんまりイメージが沸かないその商品になんとも言いようがなかった。


「に、鶏さん……トサカとか作るの難しそう……」


 隣で小萩が何か言っている。聞かなかったことにしよう。


「本当はね。もう少し続けるだけの余力はあるんだけど……天野さんがもう止めとけって言うから。やっぱり経営主に言われちゃうとね」


 悲しそうに笑う遥。

 そんな顔をされると、閉店に異議を唱える気にはなれない。


(そうか店、終わるのか)


 ここへは入ってちょうど三ヵ月になる。

 まだ短い期間ではあるが、仕事に慣れてきた矢先に店が閉店となっては心中複雑な気持ちだ。


「遥さん! 私、天野さん説得してみます!」


「小萩ちゃんが?」


「はい! お店が終わっちゃうの悲しいです。まだ、続けられる力が残っているなら、続けるべきだと思います!」


 小萩が拳を握って、力強く発言する。


(たしかに小萩の意見も一理あるが)


 正直、金の絡む問題は難しい。

 経営主からストップがかかるくらいだ。店の売上はかなりマズい状況なのだろう。


「でもねぇ、あの方が意見を変えるようには思えないのよねぇ」


 うーん、と遥が悩む様子を見せる。


「大丈夫です! 誠心誠意お願いすれば、きっとわかってくれるはずです! ね、景くんもお店無くなっちゃうの嫌だよね」


「え、あ、あぁ……」


 小萩よ、世の中そんなに甘くはないんだ。真心こめたって駄目なものは駄目なんだぞ。

 本当はそう言ってやりたいのだが、そんなキラキラした瞳で言われると「YES」しか選択肢がない。


「遥さん、それなら俺も彼女と一緒に行きますよ。ひとりより二人のほうが、話しやすいでしょうし」


 まぁとりあえず、交渉するだけして駄目なら諦めるという選択肢でいいだろう。

 どうせ無理だとは思うが、まだ何もやっていない状況で諦めるのは彼女も納得はしまい。そう思って、景虎は自身も行くむねを遥へ伝える。だが、


「うーん、景虎くんかぁ……天野さん、男の子は嫌いだからどうかしら。小萩ちゃんの話ならちょっとは聞いてくれると思うけれど」


「………………」


 なんだそれは。好き嫌いで対応が変わるとか、たまったものじゃない。なめてるのか。


(……いや、実際はそういう奴ばかりか)


 そういうことなら小萩と遥に行ってもらった方がいいかもしれない。このあと来るだろうホールの子と一緒に店番をしていればいいのだから、あの長い階段をのぼらなくて済む。そう考え、景虎は口を開く。


「それなら、俺じゃなく——」


「まぁいっか」


 パンと、遥が手を打ち鳴らす。言いかけた言葉は小さくて聞こえなかったらしい。


「せっかくふたりが言ってくれたことだものね、ここはお願いしちゃおうかな。小萩ちゃん、景虎くん頑張って」


「はーい!」


「……はい」


 そんなわけで、元気よく返事をする小萩を連れ、山の上の神社へ向かうことになった。

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