13

 疲れた。


 無性に甘いものが食べたい。


 馬の背に揺られながら、東潤とうじゅんはぼんやりとそんな事を考えていた。

 医師が姿を消してからの足取りが全く掴めなかった事から、自発的に姿を消したのではない、という東潤の予想は的中した。

 東潤が幾つかあたりをつけていた場所の一つから発見された死体は、城付きの医師であろう、という判断がなされた。

 だろう、というのは、時間も経っていた事もあり、死体の損傷が激しかったため、断定は出来なかったのだ。着ていたものや所持品等から、判断された。

 医師は殺害された後、何者かの手で埋められていた。金目のものは盗られていなかった。

 東潤以下、この件の捜査にあたっている者たちは、城主の不審死騒ぎと繋がりがある可能性は非常に高い、と見ている。

 誰が、何故。それを見つけ出せば、東潤の任務と結びつくのだろうか。


 東潤は乗っている馬を撫でた。

 熱いくらいの馬の体温に、何故かほっとする。


 捜索対象者も見つかり、この山の地形も把握できた。そろそろ玉翠ぎょくすいから借りている部屋を引き上げても問題ないだろう。

 とりあえず今日はこのまま城に戻って、今後についてを考えなくてはならない。

 すると、

「今日はこのまま玉翠殿に会わずに帰るのですか?」

 後ろからかけられた声に、東潤は思考の底から現実に戻った。

 声の主である腹心の李信りしんが、東潤のすぐ近くまで彼の馬を寄せて来ていた。

「ああ、そのつもりだ」

 そう答えて、東潤はちらりと李信を見やる。

 李信は、がっちりとした身体つきの、三十代半ばの男だ。鋭い目つきと強く引き結ばれた口。戦装束いくさしょうぞくに身を固めていなくとも、一目で武将だとわかる。ごつい。でかい。筋肉。戦場ではまず遭遇したくない風体だ。

「東潤殿の命の恩人ですし、これを機にご縁が続くといいですな」

「私もそう願っている」

 さらりとそう答えた東潤を、李信はしげしげと見つめた。

「なんだ、李信」

「随分とご執心のようなので──珍しい事もあるものだと思っていました」

「そう見えるかい?」

「ええ。仕事がらみではなく、あなた自身が他人に関心を持つとは」

 ずばりと指摘されたが、否定もできないのでそのまま李信が話すのを聞いている。

「まぁ東潤殿が気にかける気持ちもわかります。確かに、玉翠殿は実に不思議な方ですな──失礼ながら、某は最初、彼女が女人だと気付きませなんだ」

「男物の服を着ているしね」

「しかもあの強さです。芝居や物語に出てくるような、強くて美しい男は実在するのか、と驚きました。まさか女人だとは。更に驚きです」

 大きな熊のような李信が、しきりと首を捻って感心する姿に、思わず東潤は笑みをこぼした。

 日に焼けた浅黒い顔は厳ついが、本来は気の良い男だ。

 東潤は馬の速度を少し落として、李信の馬と沓を並べる。他の部下達は、少し離れて二人の後に続いている。

「貴方が女人から追いかけられて逃げ回る姿ばかり見てきましたからね。貴方が追いかけ回す日がくるとは」

「追いかけ回してはいない」

「そして貴方から近寄って、なびかない女も初めて見ましたが」

「君は私を何だと思ってるんだ」

 東潤は苦笑した。

「うーん……女性としてというよりも、どんな人物なのかを知りたくてね。一人の人間として興味がある。下心は……どうだろうな」

「珍しく歯切れの悪い」

「とりあえずは友人として認めて貰いたいね」

「本当に貴方にしては珍しい」

「言うね」

「付き合いは長い方ですからね」

「だが、友人として接してもなかなか心を開いてはくれない。色々事情があってあそこに住んでいるらしいが」

「──確かに、あの山中に一人で暮らしている姿には、違和感を覚えますが」

「訳ありだとは言っていた」

「そうですか」

 李信は頷いた。

 あの容姿にあの強さだ。玉翠本人が望めば──顔か強さ、どちらか一つでも贅沢三昧の暮らしが出来る筈なのに、何故かこんな田舎の山の中で一人で暮らしている。

 当人は楽しそうにしているので、追われているような悲壮な雰囲気は感じなかったが、訳ありというのは本当だろう。

「最初は他国の間者(スパイ)の類いかとも思いましたが、そうではなさそうですしね」

「李信もそう思うか」

「現実味のなさに、狐狸や妖魔の類いかとも思いましたが───ふざけた事を言うなと軍師殿に怒られますな」

「………ははは」

「?」

 李信の冗談が、実は当たらずとも遠からずなので、東潤は思わず顔が引きってしまう。

「ぐずぐずしていると日が暮れる。急いで戻ろう」

 東潤はそう言い、馬の足を速めた。



 彼女の秘密は誰にも言っていない。

 主君にも黙っている。

 そして、これからも言うつもりもない。

 玉翠に伝えた、彼女の秘密を守りたい理由は本音だ。

 彼女が『龍の花嫁』であること──その力が果たしてどんなものなのかはわからない。

 玉翠本人もわかっていないようではあった。

 しかし、人智を超えた力の存在を知れば、それを使い、他国へ戦を仕掛け、大陸を全て手中に収めようなどと思いつく輩はと居るのだ。

 だが、東潤は、そんな方法は取るべきではないと思う。

 一方的な蹂躙じゅうりんと制圧の果てに、全てが手に入ったとしてもそれは一瞬だ。いびつな力は揺り戻しも大きい。

 そして、戦略も戦術も使わない、そんなやり方はつまらない。

 人の血を流すなら、戦は人の頭脳と力のみで行うべきだ。

 戦は面白い方がいい。

 しかし数十年先の国の力を考え、人間を労力・戦力と考えるならば、流れる血は少ない方がいい。

 そして、自分は充分だと、東潤は自覚している。


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龍の花嫁が拾ったのは しらたきラプトル @4rataki

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