12

 白い布の上に置かれたくすんだ紫色の欠片かけらたち。

「──これは、骨のようにも見えますが……」

 十中八九間違いないと思いながらも、玉翠ぎょくすいはあえて言葉を濁す。

 細い棒の様なものが幾つか、そのほとんどが端が割れた様にギザギザと尖っている。

 鶏の手羽先の骨とも違う。玉翠はこれとよく似たものを戦場の跡地や廃村で見た事があった。

 しかし、こんな灰がかった紫色の骨を見るのは初めてだ。

 玉翠の言葉を受けて、東潤とうじゅんが口を開く。

「そうです。人骨です。私の知り合いの軍医でこのようながいまして。確認させたところ、指の骨だそうです」

「指の骨……」 

「添えられた手紙によれば、この骨はここの恵州城主のものである、と書いてありました。『城主は何者かに毒殺されたが、表向きは病死という事になっている。城主の死後、他の者に病を移さないようにという名目で、城のお抱え医師の指導のもと、家族に遺体もろくに見せずに火葬し、埋葬してしまった。毒殺の証拠を残さないようにしたに違いない。外側からわかる毒殺の証拠は燃えただろうが、骨にその証が出ているので証拠として送る』といった内容でした」

「──────」

 玉翠は絶句した。

 一気に様々な疑問が頭の中に溢れ出るが、言葉としてまとまらない。

 灰紫色の骨。

 玉翠は、変色した骨に視線を落とした。

 一見してわかる、異常の印。

 その途端に、骨が妙に禍々まがまがしいものに見えてくるから不思議だ。

「────毒殺の証、はわかるんですが、東潤様はこれに触れても大丈夫なのですか」

 ぽろりとこぼれた自分の言葉に戸惑う。

 東潤は玉翠を見つめて、微笑した。

「安心してください。──もしこの骨のあるじが本当に毒で死んだとしても、骨自体に毒の効果が残っているとは考え辛いです。手紙の差出人は、なるべく騒ぎにならないよう秘密裏に私のもとへこれを届けたいと思ったはずです。おそらく極力人の手を介さないように、差出人本人が骨を直接触っている事でしょう。突発的事故もなく、実際こうして受け取ったのですから、骨自体はある程度安全だと思います」

「なるほど」

「それでも毒殺という前提に立てばです。この紫色も私を騙すか説得力を持たせるために白いものを染めたのかもしれませんし。そもそも城主の骨であるかも疑わしい」

「疑い始めればキリがないですよね」

「それでもこの手紙を取っ掛かりとして、幾つか分かったことはあります。──城主の遺体は実際に病死を理由に焼かれていましたし」

「──遺体を焼いたんですか」

 玉翠の出身の国はもちろん、この大陸での埋葬方法は、棺ごと遺体をそのまま土に埋める、いわゆる土葬が一般的なものだ。

 疫病が流行した時などの極限的な状況を除き、亡くなった人の身体を損なうような行為はまず行わない。

「もしもこの手紙の内容が全て本当ならば、流行病はやりやまいの元となるから、と皆の恐怖心を逆手に取って、遺体の証拠隠滅を図ったことになりますね。ただ、病死に関する一連の流れについては、城主の主治医が報告書を残していました」

「そうなんですね」

 さっきから相槌あいづちしか打っていないな、と玉翠は思ったが、下手な意見は言わない方がいいような気がする。むしろ、相槌しか打ってはいけない気がする。下手に興味を持てば、この男は絶対に玉翠を巻き込もうとするだろう。あぶないあぶない。

 それに骨の色はさておき、城主の主治医が正式な文書で病死と書いているんだから、もしかしたらホントに単なる病死なんじゃないのかな、とも玉翠は思う。

 城主が毒殺された、なんて騒ぎ立てて、城主一族に取って代わろうとする輩でもいるんだろうか。

 玉翠からすれば、偉い人達の醜聞や城の中の出来事なんて全く関係ない話なので、今まで興味もなかった。

 ただここの暮らしが変わる事がなければ、上になる者が良いまつりごとさえしてくれれば、誰がこの辺りを治めようが、正直どうでもいい事なのだ。

 だがやはり、断片的でも内情を聞いてしまったら少しは気になる事も出てくる。

「というか、報告書もそうですけど、気になったのなら直接その医師と東潤様は話をされたのですよね?彼が本当の事を言うかはともかく、話した感じはどうだったのですか?」

 思わず口にしてしまっていた。

「うん、玉翠殿もそう思いますよね?」

 嬉しそうな東潤の声に、玉翠はハッとする。

 聞き役に徹して適当な相槌で流し、やり過ごそうと思ってたのに。

 東潤はぐっと玉翠の方へ顔を寄せる。思わず玉翠はのけぞったが、東潤はひた、と玉翠を見据え視線を逃させない。

「僕もそう思ったのでその医師から話を聞こうとしたんですよ。むしろこの手紙の差出人こそ、その医師なんじゃないかな、と思って」

「えっ」

「一連の事情に詳しく、この骨を入手出来る人物として可能性は一番高い」

「確かに」

「しかしですね、会えませんでした。彼から話を聞くことはまだ出来ていないんです」

「ええっ?」

「姿を消したんですよ。僕が恵州に到着した途端、いなくなりました」

 玉翠が途中からなんとなく抱いていた違和感を、東潤がずばりと言葉にした。

「──どこかへ逃げたんでしょうか」

「もしくは誰かにさらわれたか、ですね。いなくなった彼の屋敷を調べたところ、家中が乱雑に引っ掻き回されていました。現在彼の行方を捜索中です」

 玉翠に話しかけながら考えをまとめているのか、東潤はいつの間にか右手を着物の中に入れる懐手ふところでにしていた。

 更にくつろげた襟元から手を出し、顎のあたりをさすりながら遠くを見ている。

 そして、右足を左足の上に乗せ、椅子の上で半分胡座あぐらをかくような姿勢になっていた。

 無頼漢のようなだらしない姿だが、不思議とさまになっている。ただ、無駄にあだっぽい。

 ────くつろぎ過ぎでしょ。また自分のことをって言ってるし。

 玉翠は何か言おうと東潤を見つめたが、彼の喉下から覗く鎖骨と胸元が目に入り、玉翠は目を逸らした。

「ね、玉翠殿────面白くなってきたと思いませんか?」

「思いませんよ!!」

 突っ込みを入れてしまい思わず玉翠は立ち上がったが、にわかに家の外の方が騒がしくなったので、そのまま玄関へと向かう。

 東潤の部下達が戻ってきたのだ。

 そのうちの1人が東潤のそばは駆け寄ると、何事かを耳打ちする。

 東潤が立ち上がった。

「すいません、玉翠殿とまだ話をしたかったのですが、急用ができたのでこれにて失礼します」

「はい」

 あっさりうなずいた玉翠に、東潤が不満そうに眉を寄せる。

「少しは残念がるか、私の行き先に興味を持って下さいよ」

「残念です」

「全く心がこもっていないなぁ」

 何故か東潤は嬉しそうに笑う。慌てた様子でもないのに、玉翠と雑談を交わした短い時間のうちに、東潤はあっという間に支度を終えていた。

 広げられていた骨も、いつの間にか卓上から姿を消している。

 東潤は玉翠と挨拶を交わし、玄関から外へと向かう。既に移動用の馬も用意され、数十人の兵士達が待機していた。

 そして東潤は家を出て玉翠とすれ違う瞬間、

「医師が見つかりました。やはり殺害されて山中に埋められていたようです」

そう彼女に耳打ちした。

 


 

 

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