夜襲に最も理想的な時間帯は、夜明けの一刻前(約二時間前)頃だと、昔師匠が言っていた。

 寝ている者は眠りが深くなり、見張りの者は集中力と注意力が最も低くなる、絶好の時間帯。


 だが私は、敵は夜さほど遅くない頃にこちらに来るだろうと読んでいた。

 ここにいるのは、重病人と女一人だ(と向こうは思っている)。

 殺すのにさして手間はかからないと考えているだろう。それでいい。



 日暮れ前に目を覚ました私は、外に出て家の周りをぶらぶらと歩いた。

 ないとは思うが、万が一、先に馬小屋に火をつけられた場合を考え、青斑せいはんを馬小屋から出し、放しておく。

 賢い子なので呼べば必ず戻ってくる。

 家の裏庭から続く林に身を潜め、作っておいた握り飯を食べた。この位置からだとふもとからやってくる者が一目で分かる。

 秋の夕方は短く、あっという間に日が暮れていく。細い月が昇り始める。

 ──久しぶりの戦闘だなぁ。

 もぐもぐとのんびり口を動かしながら考える。東潤にはああ言ったが、私だって極力人を殺したくはない。相手の力量にもよるが、こちらをどのくらい侮ってくれるか、が鍵だと思う。


 ──日が暮れてから一刻半(三時間)ほど経っただろうか。

 数人の人影が山道の向こう側から見えた。

 人数は──7人。

 松明たいまつ提灯ちょうちんの類いは持っていない。月明かりで充分手元は見える。物音が立つのを警戒して、離れたところに馬を置いてきたのだろう。全員が徒歩かちだ。

 先頭にいる男が身振りで指示を出しているのが見えた。1人を見張りとして表に立たせると、もう1人を裏口に回している。

 残りの5人の男たちは家の中へ入っていく。

 私は裏口へ走り寄ると、よそ見をしていた見張りの男の口を抑え、手刀の当て身で気絶させる。用意していた荒縄で手早く男を縛り上げると、裏口にもたれかけさせるように座らせた。

 そのまま身を屈めながら表口へと回る。表口を見張る男は、家の中を気にして窓の方を見ていたので、こちらも殴って縛り上げ、近くの木の下へ転がしておいた。

 男たちから取り上げた武器は草むらへと放り投げておく。

 私は自分の家の中へするりと入り、入口近くに置いておいた麺棒めんぼうを手にした。


 私の住んでいる家は、屋敷ほど大きくはないが、元々山中の宿を兼ねて建てられた物だ。入ってすぐ土間と広間があり、広間から左手に台所と食卓、右手に客室が三部屋ある。最奥の衝立の向こうが、主寝室だ。

 まず、人の気配のする台所の方に向かう。ちょうど男が顔を出したので、麺棒で殴りつけて昏倒させた。あと四人。

 台所で殴った男が倒れる物音に気付いて、向かいの部屋から出てきた男に駆け寄って仕留める。残り三人。

 私はそのまま主寝室へ小走りで向かう。

 主寝室の扉は開けられており、中では一人の男が寝台の上掛けをめくろうとしているところだった。

 部屋へ飛び込むと、扉のすぐ横にもう一人男が立っていたので、麺棒で喉を突いて吹き飛ばす。その勢いで、寝台にかがみ込んでいた男の頭を横払いに殴りつけた。

 私に気付いた男は咄嗟に麺棒を避けたが、私は体勢を崩した男の背中を蹴り飛ばし、麺棒で殴って気絶させた。

 台所の裏口近くでガタガタ音が聞こえる。最後の1人が異変に気付いて、逃げ出そうとしているのだ。裏口は表側から気絶した見張りの男を重石おもしにしているので、簡単には開かない筈だ。

 私は台所にとって返すと、麺棒で最後の一人を仕留めた。

 順番に手早く縛り上げ、どんどん玄関の外へ放り出す。逃げ出さないよう、縛り上げた縄の先は木の幹にくくりつけておいた。

 

 それから馬小屋へと向かうと、干草の山の中から東潤を引っ張り出し、

「終わりました」

と告げた。

 藁まみれの東潤はにっこり笑うと、わさわさと干草を崩しながら私のそばまで来る。

「すごいな。300を数える間に一人で終わらせるなんて。小屋の隙間から終始ばっちり見せていただきましたよ」

 やたらと嬉しそうだ。

「李信さんを呼んで、早くあれを片付けてもらわないと。邪魔だし」

「勿論。もう連れて行ってますよ」

 馬小屋から顔を出すと、家の周りが明るい。沢山の提灯が見えた。

 李信の指揮で二十人程の武装した役人達が忙しく動き回っている。家に侵入してきた男たちは手枷と縄で繋がれて、次々と連行されていく。

 7人の男たちとは別に、もう一人見覚えのある顔が捕縛ほばくされていた。

 中肉中背、左眉の下に大きなほくろのある、四十絡みの疲れたような顔をした男。

「あ……」

 東潤の剣に触れた時に見た、あの男だ。

 実在の人物だったのか。

「彼が主犯ですね。ここの州の役人の一人です。私たちを襲ったのも、彼の配下の者たちでしょう」

「なるほど」

 声を落として東潤が囁く。私は目だけを動かし、東潤を見る。

を見るより前に、彼が主犯だと知ってたのでは?」

「証拠がありませんでした。これで裏は取れた」

 であれば、もう大丈夫だろう。私は東潤へと向き直る。

「で??」

 東潤は私を見返す。

「試したんでしょう?私の腕前を」

 




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る