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「試したんでしょう?私の腕前を」


「そうです」

 東潤は静かに答える。

「正確には、君がどのくらい強いか、実際に見てみたかった、というのが本音です。僕個人の純粋な好奇心です。でも結果的に騙したような形になってしまいました。申し訳ありません」

 そう言って東潤は頭を下げた。

「もし君一人で侵入者達を制圧出来ないと判断した時は、頃合いを見て李信に突入してもらうつもりでしたが……やはり必要ありませんでしたね。流石『龍の花嫁』です。祝福の力がこうも一般女性である君の基本的な身体能力を上げているのか、と驚きました」

「違いますよ」

「え」

 東潤の動きが止まる。

 東潤は勘違いをしている。

今の私の一連の行動、いや私の戦闘力は、

「祝福の力なわけないじゃないですか。あのくらいの相手で力なんか使いませんよ。力なんて借りたら、私の家が壊れます」

 東潤の目が大きく見開かれ、まじまじと私を見返す。

「……自力ですか」

「当たり前じゃないですか。あなた以外に李信さんも見てるだろうなと思ったし。だから、普通にでしょ」

「ちょうどいい加減って……7人とも、かなり荒事に慣れた感じの、屈強な男達でしたが……。あなたが麺棒でどついた賊が、家の外まで吹っ飛んだの見ましたけど」

「あれは失敗でした。強く殴りすぎて死んじゃったら困ると思って、加減したら途中で目を覚ましちゃったので、仕方なく」

「家の外まで吹っ飛ばしたと」

「繰り返さないで下さい」

 うう。完全に引かれている。


 ここのに住むきっかけとなった、盗賊を軒並みぶち倒した時も、麓の人達はこんな顔をしていた。数も多かったし、好きなだけ暴れたけれど、あの時も龍の力を借りるようなはしなかった。

 最初は私の話を全く信じていなかった町の名士も、私を見た途端、泣き叫び恐怖に歪んだ盗賊たちの顔を見て、やはり同じような複雑な表情をしていた。


 東潤は今まで、私が『龍の花嫁』の力のおかげで戦っていたと思ってたから冷静だったのだろう。なんならこの身体の大きさも、龍に変えられたと思っていたかもしれない。

 私だって他の人より──やや──自分の戦闘能力が高いのは分かっている。

 伊達に何年も白兵専門の兵士として軍属していた訳ではない。国を出奔した後に、道術を使う老師に師事していたこともある。

 でも、まぁ、人間の範囲だし。

 私の師匠はもっと強いし。

 などと私がぐだぐだ考えている間に、東潤は私に対して分析を重ね、常識と折り合いをつけていたようだ。一人でぶつぶつやっていた。そして私の方を向いて、うんうん頷いた。

「──確かにあなたの瞳は金色に変わってない。普段のままでしたもんね」

「私は元々割と強いです。なので、黄龍から身体を強くしてくれる、って話が出た時も、命の危険がある時だけ、黄龍の力を発揮出来る様に頼んだんですよ。でないと日常生活が不便じゃないですか」

「はあ」

「あ、あと必要経費に麺棒追加しときますね。折れちゃったんで」

「はい」

 東潤は何か言おうと口を開きかけて、やめた。これ以上私に質問するのを諦めたようだ。

 東潤と連れ立って馬小屋から出る。

 私が指笛を吹くと、林に隠れていた愛馬・青斑が駆け戻って来た。

「ごめんね、お待たせ青斑」

 なんでもないよ、と言わんばかりに青斑は鼻先を押し付けてきた。この甘えがかわいい。

 よしよしと青斑を撫でている私に、無表情となった東潤が片手を上げる。

「──あの、いいですか」

「よくないです。今青斑を撫でるのに忙しいので」

「もしかして、あなたの馬だけ安全な所に逃しました?」

「何の事ですか」

「もしかして、馬小屋に火を放たれる可能性を考えてたのに、私を馬小屋にかくまったんですか?──って何小首をかしげてわからないフリしてるんですか」

「いやぁ、軍師ならヤバそうな状況だったら自力で逃げられるかなーと思って」

「もしかして、色々黙ってたことをかなり根に持ってます?」

 東潤は、私の無言の笑顔を、肯定と受け取ったようだ。

「──わかりました。まぁご迷惑をかけたのは僕ですし」

と苦笑した。

 李信が私たちの方へと歩いてくる。

 東潤は居住まいを正すと、

「この度は本当にありがとうございました。今回の件に関しての謝礼は、両日中にお届けにあがります」

深々と礼をした。

 私も頭を下げる。

 顔を上げた瞬間、東潤が私に近づくと、

「『あなたの命を優先します。あなたを守ると約束したので』って僕に言ってくれましたね。あの言葉、カッコよかったですよ。また頼ってもいいですか?」

そう耳打ちしてきた。

「いやです」

 即答すると、東潤は楽しそうに歯を見せて笑った。


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