7
重大な事を忘れていた。
月餅。
上掛けを跳ね除けて、私は飛び起きた。
窓の外は薄明るくなってきている。
昨晩の騒ぎの後、とりあえず
私の部屋はこの家の一番奥まった所にある。
外からの襲撃があった場合、この部屋は何かと身を守りやすいのだ。
私は客間で眠る事にした。
私の便利な体質の一つだが、寝起きはとても良い。だいたい狙った時間にも起きられるので、寝過ごす事もない。
私の食い意地のお陰で、今朝はいつもより早く起きた訳だけれど。
寝台に腰掛けたまま、私は昨日からこれまでの出来事を頭の中で整理する。
山道で怪我をして落ちてきた男を拾ったこと。
私が幻獣・黄龍からの祝福を受けた『龍の花嫁』の力を持つ人間だと、その男──東潤にバレたこと。
東潤は、先の城主の死の真相を調べる為、身分を隠し、国王直々の命令で潜入捜査をしていること。
ここに来てすぐに命を狙われた為、とりあえずの護衛に私が雇われたこと。
うーん、東潤については真偽含めてまだ分からない事だらけだ。あれこれ思い悩むのは、もう少し状況を把握してからでもいい。
今は護衛に専念しよう。
そして、私は簡単に身支度を整えると、静かに部屋を出た。
東潤の寝ている寝室の扉を少し開けて、彼の様子を確かめる。
昨晩はあれだけ騒いでいたけれど、よく考えたら暗殺されかかってたんだよな、この人。
昨日、東潤は「私の腕を見込んで」と言っていたが、彼の前で実戦の腕前は見せていない。何故私の実力が分かるのか、という私の問いに、
「うーん、君以外に頼れる人はいないのもあるけど、そういう話じゃないだろう?君の観察力とか
あっさりと言ってのけた。
冷静に事実を見てるのだろうか。
軍師将軍と言っていた。彼の言う事が本当なら、国の中枢を担う幹部の一人だ。
いやホント、そんな人が何でこんな所で寝てるんだろう。
──深く考えてはいけない。
東潤はもう少し眠らせておこう。
火を
台所に置きっぱなしにしていた、お茶と月餅の包みを開ける。
急須に
白い湯気と共に、ふんわりとした香りが台所に広がった。
私は湯呑みに茶を注ぎ、月餅をかじりながら、台所の窓から明けていく空を眺めていた。
初秋とはいえ、朝晩の気温はめっきり冷えてきている。だがそれが心地良い。
正体がバレた以上、場合によってはここを追われるかもしれない。面倒事になりそうなら、その前にまた逃げ出して、流れる旅になるだろう。
仕方ない。
生きてるだけでめっけもんみたいなもんだし。
松の実のかりかりした食感と、餡と糖蜜の甘い優しさが沁みる。月餅最高。
菓子を食べ終え、夜が明けるのを待って簡単な朝食を作っていると、東潤が起きてきた。挨拶をしてきたが、見るからにぼんやりしている。
東潤はどうやら朝が弱そうだ。
台所の入口でぼーっと立っている彼の手を引き、二人で席に着いて粥を食べた。
東潤は二杯目の椀が空になる頃、ようやく覚醒してきたらしい。
「とりあえず、これからの打ち合わせをしましょう」
白湯を飲みながら、彼は切り出した。
「分かりました」
「恐らく、もう少ししたら僕の腹心の部下の
「なるほど」
「そうしたら、私はいないと言ってください」
「……はい?」
「朝早く、元気いっぱい山を降りて行ったと、伝えてください」
食卓の上に置いてあった、炒った豆をぽりぽりかじりながら、東潤は言った。
「腹心でしょ?いいの?」
「ええ」
「……わかりました」
そう私は答えた。何故東潤が居留守を使うのか、理由は分かってないけど。
そして、太陽が少し上がった頃、東潤の言ったとおり、李信と名乗る男が数人の部下と共に私の家を訪ねに来たのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます