「あなたは……もしや『龍の花嫁』なのかな?」

 


 ──この時、咄嗟にどう返すのが正解だったのだろう。


 この場合、シラを切るなら、

「何の話ですか?」

「なんですかそれは」

 と言うべきだったと思う。

 だが、そんな事は後から考えれば分かるが、動揺しまくっていた私には無理な話だ。


 実際には。

 私はぶんぶんと首を振りながら、

「は……違いまふっ」

 と裏返った声で否定した。しかも噛んだ。最悪だ。


 東潤は典型的な私の「ちがうもん、私じゃないもん」仕草に一瞬動きを止め、それから私の顔にぐっと自分の顔を近づけた。

 すーっと腹の底が冷えていくような感覚。

 東潤はじっと私の瞳を見ている。

 気まずい沈黙。


 そして。


「成程!文献のとおりとは。いやはや僕もこの目で確かめるまではまさかとは思っていた。聞いたところであっさり否定されるかと思ったけどダメ元でも本人に聞いてみるもんだなぁ!その反応は君自身も自覚があるね。僕が調べた限りではどの書にもただ『龍の花嫁がまとうのは馥郁ふくいくたる花の香り』としか書かれてなかったけれど……そうかあれは木蘭の香りか!!とすると君に祝福を授けたのは黄龍かね?うん、間違いないな。数年前に斎国で龍が顕現したという噂とも整合する。君は上手に隠しているが、斎国の出身だろう?少し言葉の癖が残っている。軍属を退役したという言い回しから徴兵ではなく女性にも志願兵制度がある国だろう。女性を積極的に兵に起用する国はさいしんくらいだしな。ところで君は先程瞳が金色に変わったのだが、気付いているかい?──知らなかったんだね。発動条件がまだ明確ではなさそうだ。この辺りはもう少し考察の余地があるから今は中途半端な発言は差し控えた方がいいかな」

 東潤は、物凄い早口で一気に捲し立てると、うんうんと頷きながら私の手を握り直した。

 大袈裟な握手かと思うくらい、そのままぶんぶんと両手を上下に振り──嬉しそうに声をあげて笑ったのだ。

 少年のように。


 私はぽかん、として笑う東潤を見ていたに違いない。間抜けな私の顔を見て、彼は言った。

「大きな声を出してすまなかったね。驚かせてしまった」


 そこじゃない。


 しかし、ついさっきまでの底の見えない作り物の笑顔を貼り付けていた人物とは到底思えない。


 私はやっとの思いで口を開いた。


「──あの」

「なんだい?」

「──さっきまでと全然、性格が違いません?」

「君だって多少なりとも初対面の人間に、素の性格は出さないだろう?隙を与えないように猫くらいはかぶる」

「それはそうですけど……」

「僕も立場上、普段は猫を100匹分くらい被って生きている。だけど、君が隠したがっていた君の正体を知ってしまったのだから、ここは公平に僕の正体も晒そうと思ったのさ。伝説に出会えた喜びを抑えきれなかったのもあるけどね」


 そして私の手を握り直し、す、と真顔に戻ると、

「私は東潤。この恵州けいしゅうを治める城主が不審な死を遂げたとの情報により、我が君・琳国王の直々の命を受けて調査に入る事となった。官職名は軍師将軍。現在は身分を変えて中央司法部から臨時の城主名代として赴任してきた事になっている。赴任2日目で殺されかけたので、其方そなたの腕を見込んで私の護衛を頼みたい」

よく通る声で一息に言ってのけた。

「……私があなたの護衛を」

「うむ」

「断る事は」

「出来る。役人の立場から君に命令するつもりはない。君の秘密を盾に従わせるつもりもない。君の事は一切口外はしないと、天と地のことわりに誓おう」

 真っ直ぐ私を見つめる瞳に、嘘の色はなかった。

 この人の素顔なんだろうな。本音を言う時に、『私』と『あなた』が、時々『僕』と『君』になっている。

 正直、東潤という男がどういう人間なのか全く分からない。が、こういう時は流れに任せた方がいい、と思った。


 はらくくるしかない。


「わかりました」

「勿論、報酬はしっかり払うよ。契約期間は改めて決めよう」

「書面でお願いします」

 やけくそになって、やや食い気味に被せた私の即答に、東潤はまた白い歯を見せて笑った。



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