食事中は思いのほか会話が弾んだ。

 酒を勧めると、東潤は断らずに飲んだ。

 話をしながら思ったことは、東潤は人の話を聞くのが上手い。

 というか、彼は自分が知りたい事を相手から聞き出すが上手いのだ。

 私は何とか個人情報を出さないようごまかしながら、この山の事と、私が知る限りの町の出来事や噂を話して聞かせた。

 私の話を聞きながら、

「あなたの声は少し低くて、落ち着いているからとても耳に心地良いですね」

 などとおだててくる。分かっているじゃないか。褒められて悪い気はしない。うん。でも個人情報は出せない。出さないぞ。


 そして、東潤は綺麗な酒の飲み方をする男だった。



 食事も終わり、会話もひと段落した頃、そういえば東潤と一緒に、一振りの剣を拾った事を思い出す。

 おそらく彼の物だろうと、家まで持って帰ってきたのだ。


 東潤は崖から落ちた時に仲間とはぐれて一人だったと言った。普通に考えれば、彼の剣だ。


 しかし、ここに東潤を担ぎ込んだ時には、彼がどんな人物なのか分からなかったので、すぐに武器を見せて渡してしまうのは躊躇われたのだ。

 普通に戦うのであれば、東潤相手なら正直負ける気はしないが、武器を持った男からの不意打ちはゾッとしない。

 


「そういえば、崖下であなたを助けた時に、あなたと一緒に剣が落ちてきたので預かっております。お持ちしましょうか」

「すまない。おそらく、私のものだ。剣以外の財布や荷物は揃っていたので、もしかしたら落としてしまったのかと思っていた。後であなたに見かけなかったか尋ねるつもりだったのだ」

 

 東潤の方も私の考えを分かっているのだろう、と思う。こちらから剣の話を切り出す機会を待っていたに違いない。

 こうした所からも、荒事や突発的な事件に慣れているのが垣間見える。

 ただの文官、小役人ではなさそうだ。優雅な所作の中にも軍人寄りの臭いがする。


 私は席を立つと、居間の片隅に立てかけておいた剣を取りに行った。

 粗悪品ではないが、取り立てて良くもない、ごく一般的な中堅どころの剣だ。

 特に目を惹くような代物ではないが、山で刃を改めたところ、血の汚れや刃こぼれもなく、綺麗に研ぎ澄まされていた。


 東潤の待つ客間へと引き返す。

「こちらで間違いないだろうか」

 剣を見せた。

 東潤が頷いたので、私は剣を渡す。

 そのとき。

 東潤の指先が剣に触れた途端、パチッと稲妻のような青白い光が飛んだ。


 強い光に視界が眩む。

 一瞬後、目の前に鮮やかな映像が広がる。

 昨日の山中のような背景。

 見たこともない男が、崖下の生い茂った薮へ向けて東潤の剣を投げ捨てていた。

 中肉中背、左眉の下に大きなほくろのある、四十絡みの疲れたような顔をした男。

 ふ、と映像が消えた。


 時間にして一瞬。

 だが、私には永遠のように感じた。

 初めての感覚だ。

 ──けれど。


 ふわり、と、木蘭もくれんの香りが強く香って。

 私は気付いた。


 ──これ、もしかしなくても龍の祝福の力なんじゃないの?

 ぞわっ、と全身が総毛立つ。


 今ここにいるのは、私一人ではない。


 からん、と足元で音がした。

 鞘に納められたままの剣が落ちている。


 おそるおそる視線を上げると。

 桜色に頬を染めた東潤が、キラキラした瞳で私を見ていた。


 まずい。


 反射的に一歩後ずさったが、東潤が物凄い速さで二歩詰めてきた。そのまま有無を言わせず私の両手首を掴んで叫ぶ。

「今見せてくれた幻術はあなたの力なのか?!」

「はい?!」

「金の瞳、花の香り、その不思議な幻術の力……あなたは……もしや『龍の花嫁』なのかな?」

 ズバリと聞いてきたのだ。


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