5
食事中は思いのほか会話が弾んだ。
酒を勧めると、東潤は断らずに飲んだ。
話をしながら思ったことは、東潤は人の話を聞くのが上手い。
というか、彼は自分が知りたい事を相手から聞き出すが上手いのだ。
私は何とか個人情報を出さないようごまかしながら、この山の事と、私が知る限りの町の出来事や噂を話して聞かせた。
私の話を聞きながら、
「あなたの声は少し低くて、落ち着いているからとても耳に心地良いですね」
などとおだててくる。分かっているじゃないか。褒められて悪い気はしない。うん。でも個人情報は出せない。出さないぞ。
そして、東潤は綺麗な酒の飲み方をする男だった。
食事も終わり、会話もひと段落した頃、そういえば東潤と一緒に、一振りの剣を拾った事を思い出す。
おそらく彼の物だろうと、家まで持って帰ってきたのだ。
東潤は崖から落ちた時に仲間とはぐれて一人だったと言った。普通に考えれば、彼の剣だ。
しかし、ここに東潤を担ぎ込んだ時には、彼がどんな人物なのか分からなかったので、すぐに武器を見せて渡してしまうのは躊躇われたのだ。
普通に戦うのであれば、東潤相手なら正直負ける気はしないが、武器を持った男からの不意打ちはゾッとしない。
「そういえば、崖下であなたを助けた時に、あなたと一緒に剣が落ちてきたので預かっております。お持ちしましょうか」
「すまない。おそらく、私のものだ。剣以外の財布や荷物は揃っていたので、もしかしたら落としてしまったのかと思っていた。後であなたに見かけなかったか尋ねるつもりだったのだ」
東潤の方も私の考えを分かっているのだろう、と思う。こちらから剣の話を切り出す機会を待っていたに違いない。
こうした所からも、荒事や突発的な事件に慣れているのが垣間見える。
ただの文官、小役人ではなさそうだ。優雅な所作の中にも軍人寄りの臭いがする。
私は席を立つと、居間の片隅に立てかけておいた剣を取りに行った。
粗悪品ではないが、取り立てて良くもない、ごく一般的な中堅どころの剣だ。
特に目を惹くような代物ではないが、山で刃を改めたところ、血の汚れや刃こぼれもなく、綺麗に研ぎ澄まされていた。
東潤の待つ客間へと引き返す。
「こちらで間違いないだろうか」
剣を見せた。
東潤が頷いたので、私は剣を渡す。
そのとき。
東潤の指先が剣に触れた途端、パチッと稲妻のような青白い光が飛んだ。
強い光に視界が眩む。
一瞬後、目の前に鮮やかな映像が広がる。
昨日の山中のような背景。
見たこともない男が、崖下の生い茂った薮へ向けて東潤の剣を投げ捨てていた。
中肉中背、左眉の下に大きなほくろのある、四十絡みの疲れたような顔をした男。
ふ、と映像が消えた。
時間にして一瞬。
だが、私には永遠のように感じた。
初めての感覚だ。
──けれど。
ふわり、と、
私は気付いた。
──これ、もしかしなくても龍の祝福の力なんじゃないの?
ぞわっ、と全身が総毛立つ。
今ここにいるのは、私一人ではない。
からん、と足元で音がした。
鞘に納められたままの剣が落ちている。
おそるおそる視線を上げると。
桜色に頬を染めた東潤が、キラキラした瞳で私を見ていた。
まずい。
反射的に一歩後ずさったが、東潤が物凄い速さで二歩詰めてきた。そのまま有無を言わせず私の両手首を掴んで叫ぶ。
「今見せてくれた幻術はあなたの力なのか?!」
「はい?!」
「金の瞳、花の香り、その不思議な幻術の力……あなたは……もしや『龍の花嫁』なのかな?」
ズバリと聞いてきたのだ。
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