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私──
今は琳国側で暮らしているが、私は元々、
生まれながらにして身体も大きく、女にしては破格に力も強かったので、生家の食い扶持を減らすべく、15歳で志願兵として軍に従事していた。
斎国は、女でも希望すれば兵になれる。市街地での諜報活動や、食事を作って戦闘兵に配給するのが主な仕事だ。
だが、私は生来の恵まれた身体能力と戦闘能力の高さのお陰(?)で、国境警備における白兵軍として、何故か前線で戦っていた。
侵入してくる敵兵に自分の軍が負ければ、国境近くにある実家はあっという間に
戦闘回数はそう多くなかったが、それなりに戦ったと思う。
背の高さで男だと勘違いされる事も良くあったが、髭のないつるりとした私の顔を見ると皆黙り込んでいたので、さぞかし判断に困っていたのだろうと思う。
結局のところ、兜を被って顔を隠し、剣で人を
そんな時、偶然ある戦場で誰かに踏みつけられ怪我をした、小さな黄色い
正直なところ、かわいそう!助けたい!などと思った訳ではなく、本当になんとなくだった。
更に言うなら、もし手当てしても助からなかったら、焼いて食うか、くらい思っていた。
このところの詳細は省くが、結果として蜥蜴だと思っていた生き物は伝説の幻獣、黄龍だったのだ。
そして私が非常食として拾った事を「命を助けてくれた」と勝手に勘違いし、あろう事か『龍の花嫁』という、祝福という名の呪いをがっつりとつけてくれた。
龍の花嫁。
伝説……というか子供の頃に聞いた、おとぎ話のお話だ。
龍を助けた心優しい娘は、不思議な力を授かり、沢山の人々を幸せにしましたとさ、というよくある内容。
へぇ、めでたしめでたしで良かったねぇで流していたのは所詮自分には関係のない、物語の世界だと思っていたからだ。
自分に降り掛かるなら、全力で拒否したい。
身の丈に余る大きな力は、不幸しか呼ばない事を私はよく知っているから。
必死で何も要らないと断る私を、黄龍は、
『謙遜するな。では何か良さそうなものを適当に見繕ってやろう』
と笑いながら祝福を付けて寄越したのだ。
見繕うとか!
お土産じゃねぇんですよ!!
かくして私は、何だか未だによく分からない「祝福」を貰い、その噂を聞きつけた自国の国王から命を狙われる前に、同じ隊にいた親友に頼んで私を死んだ事にしてもらって斎国を逃げ出す事にしたのだ。
そして流れ流れて約2年前、この琳国の山を通りかかった時に野盗に遭遇したのだが、ちょうど私の虫の居所が悪かったこともあって、思いきり返り討ちにしてやった。
ついでにこいつらの根城に押しかけ、暴れるだけ暴れ回り、賊共をまとめて縛り上げて
この辺りの住人は、この野盗にほとほと困り果てていたらしい。せめてものお礼にと、この辺り一番の金持ちから小さな庵を貰ったのだ。
他に行く宛てもなかったので、何となく住み始めて今に至っている。
実際のところ、麓の町を含めたこの辺りの番犬がわりにされているのだが、それはそれで悪くはない。
山の暮らしは鍛錬にもなるし、普段あまり人に会うこともない。理想的だ。
私は今度こそこれからの人生を、何のしがらみもなく静かに暮らしたかったのだ。
取り留めもなく戻らない昔の事を考えながら、山道を歩いて帰った。
流石に鼻歌を歌う気分にはなれなかったけど、月餅でお茶が待っている。
馬の背でぐったりと動かない男の事は、極力考えない事にした。
こうして、崖から落ちてきた男を連れて、私は文字通り腕力という自分の力で手に入れた自宅まで戻ってきた。
男を寝台に寝かせ、
甘えるように擦り付けてくる鼻先を撫でて、頑張ったご褒美の人参を手ずからあげた。
私の馬──
馬小屋から寝室に戻ると、男はまだ眠っていた。上着などを脱がせ、帯を緩め、襟元を開けて呼吸を楽にしてやる。
腕の矢傷はごく軽いもので、血も止まりかけていた。
私も外出着から、普段着ている簡素な作業着へと手早く着替えを済ませると、湯を沸かして男の汚れた顔や手を拭ってやることにした。
清潔な手拭いを熱めの湯に浸し、硬く絞る。擦り傷に染みないよう、力を抜いて拭いていく。
助け出した時にも思ったけれど、改めて見ると男は痩せてはいるがだいぶ大柄だ。
身長は6尺2寸(188センチ)を少し超えるくらいか。私も5尺7寸(172センチ)とこの国の女性にしてはかなり、というかだいぶ背が高いので、自分よりも遥かに背の高い男を珍しく思った。
痩せている、と思ったが余分な脂肪が一切付いていないだけで、必要最低限の筋肉はかろうじてありそうだ。男と一緒に彼の所持品らしき剣も落ちてきたので、多少は身体を動かしているのかもしれない。
馬くらいは乗りこなしそうだ。
歳の頃は私よりも少し上──二十代半ばくらいか──不健康そうではあったが、よく見れば彼は非常に整った顔立ちをしていた。
形の良い三日月の眉、高い鼻梁、疲れからか落ち窪んではいたが、伏せられた目を縁取る長い睫毛。
固く引き結ばれた薄い唇。顎から喉にかけて描く完璧な曲線。
普通に暮らしていれば、まず私とは関わり合いになることはない、上流階級の人間だ。
よし、彼が起きたら、せいぜい助けた事に恩を売って小銭でも貰っておこう。
男に付いていた汚れを拭き取り終わると、湯の入った桶を抱えて外の洗い場へと向かう。
うーん、お礼貰ったら何を買おうかな。まず冬に備えて新しい火鉢は欲しい。
ざぶざぶと洗い物を片付けながら、取らぬ狸の皮算用でどんな火鉢を買おうかと考えていたら、男が寝ている部屋で物音がした。
目を覚ましたらしい。
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