二年後




ゆかりさん、注文持って来たけど。」


豆太郎が小さな町工場に顔を出した。


「豆太郎さん、いらっしゃい。ありがとう、嬉しいわ。」


あれから二年ほど経った。

町工場からは豆の良い匂いが漂っていた。

工場の入り口には「豆のゆかり」と扉に書いてある。


「やあ、豆太郎君、よく来たね。」


作業服に身を包んだ紫垣しがきだ。

帽子を取りにっこりと笑う。


「清二さん、忙しそうだね。」

「お陰様でね、徐々に仕事が来てるよ。借金もあるし働かないとね。」


紫垣には昔の面影は全くない。

人の良さそうな顔つきだ。


「一寸法師でゆかり豆が評判でさ、全国の施設で扱おうかという話なんだ。

サンプルとして送りたいから注文に来た。」


それを聞いた紫垣と紫は嬉しそうに顔を見合わす。


「ありがとう、豆太郎さん。」


豆太郎は頭を掻く。


「いや、俺は何もしてないから。豆が美味いからだよ。」

「時間があったらお茶でも飲んでいってくれよ。

紫、お茶を淹れてくれるか。」

「はい。」


紫が奥に行く。


「紫さん、予定日いつなの。

妊婦さんだろ、お茶とか清二さんが入れろよ。」


紫垣が苦笑いをする。


「そうだな、どうしても言っちゃうんだな、

駄目だなあ。」


豆太郎が笑う。


「でも紫垣しがきゆかりってなんと言うかすごいな。

漢字だけなら上から読んでも下から読んでも……。」

「そうだな。」


二人は笑う。


「でもやっと落ち着いて来たね。」

「ああ。やっぱり私は物を作っているのが一番楽しいよ。」


紫垣が遠い目をする。


「でも私達は悪い事をしたからな。

しかも立て続けに祖父や父、叔父も亡くなって

あの時紫がいなかったら私はどうなっていたか。」


彼はため息をついた。


「でも清二さんは執行猶予だっただろ?」

「ああ、脱税にはかかわっていなかったし。

ただし食品偽装とか工場の爆発とかで色々と問われたからな。

執行猶予で済んだのは感謝してる。」

「裁判も早く済んだもんな。

なんの嘘も言わず認めたからだよ。」


そこに紫が来る。


「なんの話?」

「いや、赤ちゃんの話だよ。

一寸法師の皆がなにかあったらおいでと言っていたよ。

紫さん、里帰りしないんだろ。」

「ええ、そうなんだけど、甘えて良いのかしら。」


豆太郎が笑う。


「良いに決まってるだろ。

それにお父さんも別の一寸法師にいるんだから、連絡しやすいし。

動画でも撮って送ってやれよ。

すぐにこっちに来るって言うんじゃないか。」

「豆太郎君、とりあえず豆を少し持って行ってくれよ。」


紫垣が奥から段ボールを持って来た。

箱にはゆかり豆と書いてある。


「会社名がゆかり豆か、愛されてるね、紫さん。」

「いやだわ、恥ずかしい。」


と言いつつ紫の表情はまんざらでもなかった。


「でも清二さん、紫さんがしばらく働けなかったら

一人だろ、どうするんだ。」

「実は元N横キッズの何人かを雇うことにしたんだ。

居場所のない子達だけど、仕事を始めたら変わるかもと思って。

あの頃の自分で良い事をしたとしたらこの繋がりだけだな。」


紫垣は笑う。

あの玉が抜けた事ですっかり邪気は消えたのだろう。


豆太郎は二人に挨拶をしてそこを後にした。

そして信号待ちをしていた時だ。


車にずしんとした感触を感じた。

追突されたのかと振り向いたら、

後部座席に一角と千角がいた。








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