僥倖
厳しく吊り上がるカイトウの眉毛の険しさからして、どれだけ咀嚼に困る事態なのかを知り、諸手を挙げて喜ぶ風変わりな人間を演じなくて済んだ。そしてそんなカイトウの横で仁王立つウスラもまた、声にならない呪詛めいた事を呟いている。
「エブリン村周辺での調査と、消息を絶ったシュバルツの団員の手掛かりも探す。この依頼には私も参加する」
青天の霹靂とはこの事か。俺は拍手を送ってカイトウの判断に心からの賛称を捧げたい。ただ、今に即さない感情である事は、ズラリと並んだ沈痛な面持ちを引き合いに出せば、口にせずともはっきりし、浮き足立った身の上をどうにかあやなす。
「参加を強いる事はしない。志願者のみで依頼に臨むつもりだ」
厳令のもとに人を動かすつもりはないらしい。つまり、それぞれの機嫌の良し悪し一つで依頼への可否が決まり、能動的な参加表明が欠かせない。
「今から志願者を募ろうと思う」
決して軽薄な気持ちではいられない。踏み絵さながらの信仰心を試すテストが提示されたのと変わらぬ、重苦しい空気が漂う。俺は真っ先に挙手して、参加の意思を伝えたかった。しかし、それはあまりに悪目立ち過ぎる。数本の腕に紛れるのが望ましく、俺はひとえに周囲の空気を読んだ。
「……」
だが、手をこまねく者ばかりで、一向に参加を伝えられない。このまま凝然と立ち尽くしていては、カイトウの背後を狙う絶好の機会を逸する。俺は、乾坤一擲の勝負に出るつもりで、淀みない挙手を沈黙に捧げた。すると、真意を図りかねる周囲の猜疑心が一斉に集まり、俺は耳目の支柱と化した。
「マジかよ……」
呆れたような調子で俺を見る者がほとんどで、その中には行き過ぎた勇み足を嘲笑う、侮蔑的なモノも含まれていた。俺は、如何にこの決心が固いかを語るのに、手を挙げ続ける事で証明してみせた。
「僕も」
秘密を共有するマイヤーが俺の意思を汲んで、依頼への参加を表明する。そうなれば、及び腰を当然のように受け入れる団員の情けなさが浮き彫りになった。この空気の流れを肥大した承認欲求が察知して、勇ましく伸びる腕を右前方にて見つける。座持ちを危惧した人間のうわべだけの勇姿は一見馬鹿馬鹿しく、機運に流されやすい根なし草に相当したが、俺の事情を鑑みるとそれすら喜ばしい。
マイヤー。トーマス。リーラル。ウスラ。カイトウ。名を知らぬ団員が一人、俺と合わせると七名の勇姿が外連味たっぷりに胸を張った。これは限られた者にしか出来ぬ特権であり、ほとんどの者がここへ留まる事を決断した。
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