魂の行方
「三日間掛けての移動になる事を念頭に、明日までに準備を終えてくれ。以上!」
四の五の言葉を飾り付けるなどして志願者の「月照」への忠誠心を囃し立てるというより、険しい道のりになる事を留意させ、襟を正すような語気の強さがあった。
蜘蛛の子を散らすように集まった団員がバラバラと動き出す中、俺はある一人の行動に釘付けにされた。それは、此方を見据えて確実に距離を縮めて来ているカイトウである。この世界ではあくまでも俺は「カイル」であり、「田中誠一」ではない。よしんば中身が変わってしまっている事を悟られれば、復讐は暗礁に乗り上げるはずだ。俺は、背中の不詳を授かり、逃げるようにこの場を脱しようとした。だが、力のこもった握力が俺の肩を掴んで、これ以上の歩行を阻害する。疚しさに駆られて振り払おうと身体を操れば、語るに落ちる馬鹿げた所作に繋がりかねない。俺は、「カイル」である事を今一度、飲み込んだ。
「どうしました? カイトウさん」
無難な言葉に微笑を顔に貼り付ける。これを頭ごなしに否定するような気狂いならば、俺は今すぐにカイトウの首を締め上げ、殺さなければならないだろう。だがもし、尋常離れした慧眼の持ち主による看破なのだとしたら、この世界の倫理観に乗っ取って決着をつけたい。
「どうして、参加するんだ」
炯々たる眼差しが、俺の決断を疑義している。
「どうしてって、貴方が参加するならば、それについて行くのが団員としての心情でしょう?」
リーラルならこのように公言し、「月照」での立場をより高位なものとして捉えるはずだ。
「……」
逡巡など見せる間もなく答えれば、カイトウは返答を先送りにした。俺の擬態はどうやら、上手くいっているようだ。ただ、これに増長し、軽口を叩くような真似をすれば、ゆくりなく「カイル」の立場をなくす。大岡裁きと懇ろになるより、突き放すぐらいが丁度いい。
「マイヤー、俺の部屋で話さないか?」
「嗚呼、いいよ」
以心伝心という言葉に齟齬がない。マイヤーと息の合った歩調で大広間を後にする。
「それでは、カイトウさん。また」
人格がすげ替えられた事を外身や態度、言葉遣いで察するには、荒唐無稽な思考の飛躍が必要となり、本来なら辿り着く事など不可能なのだ。にも関わらず、この慌てようは頂けない。便宜上、カイトウと呼ぶが、奴の中身を通り魔だと確信できたのは、マイヤーの証言からだ。その鶴の一声をもたぬカイトウに、俺の存在を把捉する事など到底できない。もし仮に、それを自覚できる者がいるとすれば、それは「カイル」しかいないだろう。一体彼は今どこに行き、どこで何をしているのだろうか……。
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