号令

 依頼がこなければ、冒険団に属しているといえど、暇を持て余した落伍者のような気分になる。部屋で過ごす時間に飽いて、外気を浴びようと思えば、シュミが部屋に訪ねて来る姿が脳裏を掠め、軽々しく留守にする気分にはなれなかった。だからこそ、大広間での鍛錬は持て余した時間を潰すのに格好で、床に数多の傷が残る由来を身をもって知った。


 今日も大広間で汗を流そうと思い立ち、廊下を歩いていれば、マイヤーの部屋の前で足が止まった。馴れ馴れしさにかまけて扉を叩いたとて、とくに話すべき事はないし、鬱陶しいに違いない。ひいては、部屋の中から話し声らしき物音も聞こえてきた為、俺は徒然なる身体を動かしに大広間へ向かった。


「おっと、今日も精が出るねー」


 血の気のない顔で今世に別れを告げた後ならば、目の前のマイヤーを浮世の者として難なく受け入れられただろう。しかし、清々しく芽吹いた顔の汗からして、そこに息づく生者なのだと把捉せざるを得ない。先んじて大広間で模擬刀を片手に汗を流していたマイヤーの動向は、死角からの飛び石と変わらない。扉の前で確かに感じた人の気配を適応障害に紐ずく幻聴だと片付けたくはなかった。マイヤーの部屋に他の誰かが居たと仮定し、俺は悠然と振る舞うべきだ。


「いや、今日はいいかな。なんか、気分が悪くて」


 倦怠感に足を絡め取られ、壁にもたれる。取り留めのない視線の回遊をきっかけに、大広間の構造を今一度確認した。左右対称を意識して配置された階段が大広間の中央奥に鎮座し、一階を見下ろすように二階に設けられた、コの字の廊下へ両手を広げている。無駄なものを排した大広間と部屋を行き来するうちに、監獄の中で過ごしているかのような厭世観が生まれた。それは、学校と家を反復する毎日と類似し、転生を果たした先ですら、このような苦々しさを味わう事になるとは夢にも思わなかった。


「……」


 まんじりとした息遣いに目蓋も鈍重に感じ始めた頃、複数の団員を引き連れて歩くカイトウとウスラの二人が威勢よく大広間で声を上げた。


「みんな! 集まってくれ」


 その一声に、俺達は磁石に吸い寄せられる砂鉄のように集団を成した。組織を束ねる筆頭に相応しい立ち姿をするカイトウは、耳目の中心人物として、胸を大きく張り出して一歩前へ出る。


「今、手の空いている者達に集まってもらった。今回、私が受けた依頼について説明させてもらう」


 仰々しい声の張り具合に、先行きの悪さが暗示される。肝を潰されぬように身構える雁首が並んで、俺はその中の一人に紛れた。


「最近、エブリン村から少し離れた町で次々と町民が姿を消す事件が起きていて、国営の冒険団であるシュバルツが調査に乗り出した」


 パーティーにボディーガードとして出席していたのは記憶に新しい。カイトウの話はなかなかに興味深く、より一層耳をそばだてて前傾気味になる。


「しかし、そのシュバルツの調査隊が消息を絶った」


 まるで酸鼻たる光景を目の前にしたかのように、苦虫を潰す顔が周囲で一斉に形成された。


「はっきり言う。これらの事件に関わっているのは十中八九、スカベラだろう」


 花輪が枯れるように次々と頭が垂れていく様を目にし、俺は忌避して当然の情報が落とされたと察した。


「シュバルツから直々にこの一件に関する協力要請が届き、私はそれを受け入れた」

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