教訓
トーマスは多くの抑揚をつけて、忌々しそうに依頼主の正体に侮蔑を込める。
「こんな真っ昼間に襲うなんて、よほど腕に自信があったようだが、最後は背中を襲うか」
「……」
「恥を知れ、恥を」
最期の折檻を終えると、トーマスは依頼主もとい野盗の首に剣を突き立てた。そして、蟻を潰すかのような軽々しさでもって、頭と胴体を繋ぐ要衝である首へ切先を下ろす。
喉から迫り上がる血を口から噴き上げながら、ジタバタと手足を動かす。だが、馬乗りになったトーマスの静圧からは逃れられない。口惜しそうにまばたきを繰り返し、刻一刻と近付いてくる、死の瞬間を座視する。そのうち耐え難い苦痛から解放され、野盗はパタリと動かなくなった。
「マイヤー、大丈夫か?」
トーマスはあっけらかんと腰を上げ、俺を守って怪我を負ったマイヤーの具合を確かめる。当たり前のように五体の死体が周囲に転がる状況に身を置く俺は、深い恐怖や後悔、尊ぶべき命の価値が複雑怪奇に絡み合い、道徳的思想の脆さを味わった。
死体の群れを草の生い茂る場所へ転がしていく。気の滅入る作業ではあったが、そのまま放置していい訳もない。それでも、土の中へ埋めようなどと提案しなかったのは、五体の死体の為にどれだけの労力が必要になるのかを想像せずとも肌感覚で解ったからだ。地上に放置された死体はどのくらいの期間で白骨化するか。それは気温によって変わり、夏場であれば一週間から十日で骨だけになる。冬場になると数ヶ月以上も掛かる。土中はもはや数年単位だ。腐肉食動物が現れれば、死体の損壊によって時間の短縮が見込めるだろう。
「さぁ帰るぞ」
怒涛なる環境の変化とめくるめく裏切りに遭い、倦怠感が身体に巻きつく。今この場にベッドがあったなら、泥のように眠りに付ける。気落ちした心根を象る、背中の丸みと歩幅の短さは、嘆息を必要としない鬱々さを帯びる。
「毎回、こんなことがある訳じゃないから」
バイト先で理不尽な客の対応に追われた後の慰めと似て、空々しいにもほどがある。だが、文句を飛ばしてマイヤーを困らせる稚気な態度は取らない。「月照」という組織に身を置く以上、荒事に巻き込まれる覚悟はしておくべきだ。今回のように出し抜けに襲われたとしても、毅然と立ち向かう心構えをし、オロオロと足元をバタつかせる無様な真似は二度としない。そうでなければ、この世界では生きていけない。今回の大きな収穫である。
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