奇襲
四対三という人数差の図式は瞬く間に崩れ、マイヤーとトーマスは、刀身の長さにかまけて距離を取った戦法を翻し、俺の背中に続いた。
「オラァ!」
トーマスの怒声に、マイヤーが起こす風切り音。それぞれが目の前の相手に集中し、殺気立った熱が渦のように回り出す。俺は一人目の野盗を切り倒した勢いで次なる標的を求めた。憂いや迷いはすっかり霧散して、今やるべき事が明確になった。
チャンバラ遊びに興じていた幼少期を土台とした剣の扱いは、真剣に行き着く手前の必死さに溢れる。ただ、相手もそれは同じで、此方が描こうとする軌道を何度も短剣で逸らしながら、お手玉にされる命の行方にキョロキョロと黒目を動かす野盗の甲斐甲斐しさはなかなかに息が合っている。身を粉にして働く死闘の均衡を崩したのは、足元に転がる一つの岩であった。
「あっ」
目の前の野盗が、するりと地面へ尻をつく。短剣を握る手は、身体を支える為の支柱と化し、俺が振りかざす剣を防ぐにはあと一手、足りなかった。
「っ!」
言葉にならぬ声と赤い血が俺の身体に飛散した。胸が不規則に上下し、踏ん張りの効かない足で宙を何度も漕ぐ。死にもがく人間の必死さを俺は凝然と捉え続ける。
「ははっ、野盗が楯突くような相手じゃないんだよ」
マイヤーとトーマスも、野盗の相手を終えたようで、鞘に収まる剣のしなやかな音を聞く。
「カイル!」
二度目だ。まるで命の危険に晒されているかのような声だ。今し方野盗を一網打尽にしたばかりではないか。顔を上げた直後、尋常ならざる力で背中を押されて、俺は否応なく地面に突っ伏した。
「何しやがる!」
トーマスが声を荒げて誰かを取り押さえる光景を目の端で捉える。身体を起こして、預かり知らぬ所で起きている事態の終始に目を向けたなら、しきりに胸を膨らませて呼吸を整えようとする、マイヤーの姿に出会う。右腕を力なく垂らし、苦痛に歪んだ顔を慮れば、「怪我」という二文字が浮かぶ。何故だ。
「なにが起きて……」
俺は何気なく、護衛対象にある荷車の方を見た。すると、そこに居たはずの依頼主が見つからず、トーマスが今も尚、ある一人の人間を地面へ抑えつけている事から、答えは自然と導き出された。
「おいおい、アンタ。どんな気の迷い方をすれば、護衛の人間を襲えるんだ?」
外套で顔もろくに拝めていなかったが、ローブを剥いで白日の下に晒せば、地面との軋轢に歯茎を見せて砂を噛む依頼主の苛立ちがお目見えする。
「カイル。荷車の布を外してみてくれ」
マイヤーの指示に従い、俺は荷車の布を取り払う。中には、泥が多く付着した雑草が敷き詰められており、誰かに届けるような代物ではない。塵芥だ。
「ただの草が敷き詰められている」
目の前の光景をそのまま口にした。すると、トーマスが鞘に収めた剣を再び抜いて、依頼主の首へあてがう。
「嗚呼、そうかい。オマエも今殺した野盗の一味だったか。月照の一員を殺せば、界隈では名を揚げるチャンスだもんなぁ」
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