武者震い

 トーマスと共有する時間は出来るだけ短い方が好ましい。俺はマイヤーに尋ねる。


「あと、どれくらい掛かる?」


「太陽が微睡むより早く村には着くんじゃないか?」


 つまり、夕刻より早い到着が望めるという事か。腹を据えかねていたトーマスの悪態にも少しは我慢できそうだ。


「ん?」


 俺達が向かう道なりの先から、向かい合えばすれ違うのも苦労しそうな荷車がやってきた。腰の剣に手を伸ばし、まんじりとした雰囲気を脱する鋭い眼差しによって、緊張が全身に走る。


「どうした?」


 俺は声を潜めてマイヤーに訊いた。


「野盗は大抵、荷車を使って移動し、襲う際の人数を謀るんだ」


 気温に対して発汗したはずの雫がナメクジのように背筋を流れれば、悪寒と呼んで差し支えない怖気を覚えた。些か聞き慣れない「野盗」という言葉の野蛮さは、暴徒と化してスーパーなどを襲う映像とは一線を画す、野性味を感じる。


 剣の柄を何度も握り直しながら、轍の脇に止めた荷車を守るように俺達は横並びになる。いつでも剣を構えられると、威圧的な態度で仁王立てば、荷車で馬を操る男から特大な蔑視を授かる。それもそのはずだ。俺達の態度はまさに、懐に手を突っ込んで銃をチラつかせるような野蛮さがあり、よしんば只の通行人であるのならば、謗られ、見下され、唾を吐かれても文句は言えない。


「……」


 沈黙を貫いたまま、火花が散りそうな視線のぶつかり合いを交わし、荷車は何の問題も起こさずに通り過ぎて行く。吸い忘れた息で胸が大きく膨らんだ。


「カイル!」


 ほんの一瞬だった。眼下の地面に安堵の息を落として間もなく、マイヤーの一声に顔を振った。すると、無事に通り過ぎたと思われた荷車の影から、四人の男達が取り回しの良い短剣を持って飛び出して来る。


「構えろ!」


 マイヤーとトーマスが鞘から抜いた剣で立ち向かっていく中、足の震えに酔って視界が歪み、もはや立っている事もままならなかった。通り魔に腹部を刺された瞬間が、まるでついさっき起きた出来事であるかのように記憶が蘇り、全身から脂汗が滲む。


 カイトウへの強い恨みを持っている以上、来し方の事件を超然と捉え、即物的な思考を持ち寄るなど到底不可能ではあった。しかし、死の瞬間がトラウマに近い形で浮き上がってきたのは、復讐を決行する上で度外視できない事象だ。カイトウに剣を抜かれて立ち合った際に、同じような状況に陥れば、俺は二度目の死を迎えるだろう。


「テメェら、オレたちが月照だと知っての蛮行か?!」


 野盗が揃って用意した短剣は、その名の通り、マイヤーやトーマス達が携帯する剣の長さと目に見えて差があり、懐に飛び込むなどしないと切りつける事は叶わない。マイヤーとトーマスの、何度も剣を振り直しながら間合いを作る動作に、盗賊は攻めあぐねていた。


「……」


 復讐を果たすのならば、こんなところで立ち往生している場合ではない。俺は鞘から剣を抜く。膝に力が上手く入らないが、走り出すのに然のみ苦労しなかった。


「?!」


 俺は二人の間をすり抜けて、盗賊の一人を標的にし突っ込んだ。先程まで戦う意思のなかった人間が、突然に走り寄ったのだ。ひとえに驚き、見え透いた突きの所作で俺を遠ざけようとするのは仕方ない。だからこそ、俺はそれを避ける事が出来たし、鎖骨から対角の肋骨にかけて、裂傷を引き起こす一振りを野盗の一人に浴びせられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る