閑話休題

うまかろう、まずかろう①

 冒険者の比類なき努力により、土地は開かれ、人がより良い営みを送る為の資源の発見など、枚挙に暇がない功績を残してきた。しかし、その危険さ故に夭折の冒険者は少なくない。英霊として祭り上げられるのもごく一部で、ほとんどが誰にも知られず不遇の死を遂げる。私は彼らを影ながら支えたいと思い立ち、ある事に取り組んだ。「料理」である。


 体力の向上および回復、睡眠不足による集中力の欠如や記憶障害を和らげる、ありとあらゆる効能を持った食材を冒険者が食べられるように調理し、中でも一時的な興奮状態をもたらすカスミキノコの煮干しは冒険者に評判だった。


「三つ、頼む」


「申し訳ありません。お一人、一食と決まっておりまして……」


 財力に物をいわせて弁当を買い占められるのは勘弁願う。満遍なく冒険者に行き渡る事こそ、私の本懐なのだ。


「分かったよ。じゃあ一個くれ」


 制作した弁当は売り始めて程なくして完売し、弁当の製作も半日程度で終わる。それ以外の時間は何をしているのか。答えは簡単だ。「待ち」である。稼いだ金のほとんどは、食材の採集に充てられる為、贅沢な暮らしとは縁遠い。


 カスミキノコを筆頭に、私が必要とする食材は尽く危険が付き纏う。冒険者を雇い、食材の収集に当たるのが常になっていて、一人の相手と専属的な関係を築いていた。名前はトムだ。初めの頃は、カスミキノコが横取りされるのではないかと一喜一憂していたが、そのような疑心も自然となくなった。何より、カスミキノコの魅力を引き出すには仕込みが必要で、料理人としての私の腕が不可欠だからだ。


「ではお願いします」


 私とトムの間に余計な言葉は介在しない。カスミキノコを採取する上での注意事項は口酸っぱく伝えてきており、間違っても育ち切っていないカスミキノコを採取するような初歩的な失敗すら憂慮しない。ただ時折、頭によぎるのだ。一回の採取の量に齟齬がないのか。つまり、トムがカスミキノコを掠めていないか。同行を願い出れば、わざわざ頭を悩ます事もない。しかし、カスミキノコが自生する場所は、鬱蒼と木々が生い茂る森の中にあり、そこには様々な障害が待っていた。


 剣のような鋭い爪を持ったカイシュというコウモリや、強靭な筋肉の鎧と、重油のような唾液を外敵に吹き付けるギークゴリラ。沼地に獲物を引き込むミルワームなど、危険生物が跋扈していて、私のような料理人が気軽に立ち入るような場所ではなかった。私は歯噛みする。いつもよりトムの帰りが遅いことに歯噛みする。判然としない生死の行方は、採算に見合わぬ新たな出費を意味した。私は、新たに冒険者を一人雇い、護衛代わりにする事に決めたのだ。


 国お抱えの冒険者は選りすぐりの実力者が集まり、危険な場所への派遣と引き換えに多分の報酬を得ている。一市民が雇えるような冒険者は所属していない。だからこそ、私営冒険団という存在は、町の厄介事を引き受ける謂わば、痒いところに手が届く市民の味方であった。


「いやぁ、まさかオレに声を掛けてくれるとは思いませんでしたよ」


 薬膳弁当を購入してくれる常連を選んだのは、私の仕事に理解がある事と、冒険者の腕を見込んでの事だ。その冒険者は、「月照」という私営冒険団に所属していて、スカベラの調査隊に参加した勇姿でもある。名を「トーマス・レーヴ」

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