子鬼—— Merry let us part

 真の暗闇だった。

 目を閉じているのか、開いているのかさえ、わからない。

 

 うおん、うおん。

 うおん、うおん。


 闇の中で、子鬼は泣きながら歩いていた。



  *



 子鬼は、牛鬼うしおにだった。


 牛鬼というのは、頭が牛の鬼のことだ。

 子鬼の母は雉子娘であったから、父親が牛鬼かと思えば、どうやら違うらしい。


 子鬼が杉の古木の根元から掘り出した父の頭は、牛ではなく、ぼくだったのだ。


 牛でも人間でも、どちらでもいいことだ。父親の頭がなんであれ、子鬼は確かに牛鬼であったのだから。



  *



 雉子娘は、ぼくの心臓を喰らって、子鬼を産んだ。


 喰い終わった娘は忘我のうちに、墓場の犬に襲われながら息絶えた。


 子鬼の本当の父は、ぼくではなく、実は墓場の犬だったのかもしれない。それも今となってはどうでもいいことだ。

 ぼくは、子鬼を心底愛していたのだから。


 

  *



 母の体から生まれるとき墓場の犬が邪魔だったので、子鬼は犬の一物を引きちぎった。

 墓場の犬は、泡を吹いて死んだ。

 

 子鬼は息絶えた母の真っ白な乳房にむしゃぶりついた。

 母は、まだ温かかった。乳首を吸うと甘い乳が溢れ出てくる。


 ゴクン、ゴクン。

 ゴクン、ゴクン。


 子鬼は、腹がふくれると眠ってしまった。


 目を覚ましたとき、ようやく笑い声に気が付いた。

 子鬼は笑い声のするほうに、よちよち歩いて行った。


 杉の古木に打ち付けられた藁人形が、ケラケラと笑っている。杉の根元の土まんじゅうの中で、ぼくの頭も笑っていた。子鬼が生まれたことが、嬉しくて仕方なかったのだ。



  *



 子鬼は土まんじゅうを掘り起こし、ぼくの頭を取り出すと、代わりに墓場の犬を埋めた。

 

 また乳を飲もうと子鬼は母を探したが、母の死体はどこにもなかった。


 子鬼がぼくの首を掘り出している間に、鳥になって飛び立って行ったらしい。



  *



 雉子娘に喰い荒らされたぼくの体を墓穴に戻すと、子鬼はぼくの首を抱えて、村におりていった。



  *



 長い夜は明けていた。

 村人が畑を耕している。

 子鬼は気付かれないようにそっと近付くと、村人の影を舐めた。

 

 その夜、子鬼に影を舐められた村人は高熱を出した。そして、黒焦げになって死んだ。

 牛鬼に影を舐められた人間は、そうやって死んでいくのだ。


 子鬼は次の日もその次の日も、村人を見つけては影を舐めた。村人たちは、皆、真っ黒に焦げて死んだ。


 子鬼の生まれた墓場は、屍でいっぱいになった。


 これで、母がいなくても頭がなくても、父の体は寂しくはないねと、子鬼は言った。

 父は可愛いおまえがいれば、それだけで充分なんだと、ぼくは答えた。

  

 それでも子鬼は、牛鬼のさがで影を舐め続けた。


 村人たちが死に絶え、村が滅ぶと、子鬼は次の村に向かった。

 その村が滅ぶと、子鬼は次の村に行った。



  *




 やがて、すべての村が滅ぶと、子鬼は行く当てをなくした。

 影を舐める人間がいなくて、寂しくてたまらなくなった。

 ぼくが、いくら慰めても子鬼の寂しさはなくならなかった。

 

 うおん、うおん。

 うおん、うおん。


 寂しさで泣けば泣くほど、子鬼がいる暗闇の色は濃くなっていった。

 

 うおん、うおん。

 うおん、うおん。


 月の光さえ届かない暗闇の淵を、子鬼は泣きながら彷徨さまよい続けた。


 うおん、うおん。

 うおん、うおん。

 

 泣いて泣いて泣き疲れて、それでも泣いて、終いに子鬼は岩になった。


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