藁人形——And merry have we been

 暗闇に、ぽっかりと、月が浮かんでいる。

 十六夜いざよい月だ。




 皓々こうこうと月明かりに照らされた深夜の墓地に、風のようにやってきたのは一人の少女だった。 


 透き通るような白い肌。

 石榴ざくろのように赤い唇。

 烏羽からすば色の長い髪。


  一目見たら、二度と忘れることができないほど、美しい娘だった。

 少女は、昼間に埋葬されたばかりの墓を掘り起こし始めた。




 なにをするつもりだろう。杉の古木の影で、墓場の犬は不思議に思った。




 やがて、少女の華奢な手は棺桶に届き、中から死体を引き上げた。

 首のない死体は、若い男のものだった。つまり、処刑されたぼくの死体だったのだ。

 少女は怪訝な顔をしたが、それも一瞬だけで、すぐに恋人の服をはだけるように、横たわる死体の腹を露わにした。

 石榴の可憐な唇が開き、白い歯がのぞく。


 ガブリ。

 ブチブチッ、ズズズ。

 ガブガブ。

 ブチッ、ズリズリ、ズズズ。


 少女はぼくの腹に食らいつくと、一心不乱に、はらわたを貪り喰った。




 それを見て、墓場の犬は彼女の正体がわかった。この美しい少女は、雉子娘きじむすめなのだ。


 雉子娘は、丑の刻参りの願掛けで生まれた娘。

 飢饉の年に、幾多の村人の命を奪った毒の根のある花の化身。

 毎夜毎晩、墓場の死体を貪り食う鬼なのだ。




 鬼の娘は顔をあげ、墓場の犬の方を見た。   

 月の光を受けて、石榴の唇はさらに赤くテラテラと光り、白い歯からは血が滴っている。


「おまえが、この男の頭を隠したのかい」


 鬼の娘が問うても、墓場の犬は答えなかった。

 娘は死体の腕をもぎ取って、犬に投げ与えた。


「これをあげるから、どこに隠したのか教えておくれ」


 しかし、犬は、腕には見向きもしなかった。


「腕がいやなら、足をあげるよ」


 娘は足をもぎ取って、投げた。

 やはり、犬は見向きもしない。

 娘はぼくの肋骨を折って、うまそうにしゃぶってから、犬に投げた。


「骨なら、どうだい。うまい骨だよ」


 犬は近寄ってみたものの、匂いを嗅いだだけだった。


「おまえにあげるものは、もうないよ」


 鬼の娘は助骨の間から心臓を出し両手に包むと、音を立てて啜りだした。

 極上の砂糖菓子のように、甘い甘い心臓だった。


 それもそのはず、ぼくは娘に恋をしていたからだ。ぼくは娘に食べられて、やっと彼女と一つになれた。


 鬼の娘は次第に恍惚となっていき、ぼくの心臓を食べおわるころには、ほおけてうつろになっていた。

 



 犬が、娘に襲いかかった。

 鬼の娘は犬の為すがままになっていた。




 娘が息絶え、犬も力尽きるころ、杉の古木に打ち付けられた藁人形がケラケラと笑い出した。

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