第百一話 まるまった いてあめひめ~


 陽光が降り注ぐ、広場の中央。積み上げられた段ボールのいくつかを開けて、何かを手に取り、吟味をする里葉の姿がある。


 彼女はいつものブラウスを腕まくりしていて、少し暑そうにしていた。どんな時でも青の和袖コートを着ていた里葉がそれを脱ぎ、畳んで置いているようで、何かに集中しているように思える。

 堂々と畳まれたコートを丁度よい寝床としているささかまが、丸まって座り込んでいた。相変わらず気遣いのない奴である。


 周囲にいる雨宮の部下たちは……どこか苦笑している者、優しい笑みを浮かべている者、様々で、普段妖異と交戦しているときのような、ピリついた雰囲気はどこにもなく、やわらか~な雰囲気で満たされている。


「いいですか。皆の衆。雨宮の城は広いので、こうした運動系のおもちゃも大歓迎ですがね、やっぱりお人形遊びやごっこ遊びもしたい子供たちはいるんですよ。それに、雨宮の城には武装した集団がうろつくことにもなるので、もしかしたら居住区にすし詰め状態になってしまうかもしれません。そういうときに、こういうのはですね」


 語り続けながら何故かひたすら片っ端から竹とんぼを飛ばしていく里葉。飛んで行ったそれを部下の一人一人が追いかけて拾いに行っているようで、キャッチボールでミットの方向に全く投げる気がなく、親に拾わせるクソガキのような動きをしている。


「いいですか。童心を思い出しなさい。私たちは真面目に! 子供たちのことを考えてこのおもちゃを選定しなければならないんですよ」


「……里葉様。ベーゴマやけん玉などの、昔から日本にあるおもちゃはどうでしょう。年配の方と子供たちの間で、コミュニケーションを発生させることができるかもしれないです」


「非常に素晴らしい意見です……ほら他の者たちも、子供たちのことを考えて、もっと子供の意識を持ってですね。むむ、そうですね、これの遊び方を私が教えましょう」


 段ボール箱の中から、おうちとお人形のセットを取り出した里葉が、おもむろにそれを開封し、その場に置き始める。中から出てきたのは服を着た、二足歩行の猫の人形だ。男の子と女の子がいるっぽい。


 人形を二つ、握った彼女は、それを女性の部下の一人に持たせた。


 その後、家の中でおとこのこ猫の人形を歩かせ━━


「ぴんぽーん! ただいま~。おなかがへりました。今日の夜ご飯はなんですか~」


「……は? はい?」


 猫の人形を持たされたまま、唖然としている女性の部下へ里葉が視線を向ける。


「ほら、はやく」


「えっ……あっ……さ、サバノミソニデスヨー」


「わっ……いいですねー。でもぼくは猫なので塩分過多で死んじゃいますよ~。ボクを殺す気なんですか!!」


 その場で人形をジャンプさせるように上下させ、ダンダンと音を鳴らす。


「えっ……あっ……えっ……え? ご、ごめんなさい……」


 遠くから眺めながら、絶句する。こんな新手のパワハラがあってたまるか。お人形、おままごとパワハラだなんて。


 するとその時、普段声をかけようというときは反応しないくせして、こうやって誰かが集中しているときに必ず邪魔しに来るデブ猫が、人形の猫のおうちの方に来る。


「ぬっぬぬぬぬー」


 のそのそと歩くささかまが今、顔を家の中に突っ込み、その肉球で家の床に触れた。


「わっ……く、クソデブバカの化け猫ですよ~!! 怪獣だぁああああ!! 殺される!!!!」

「えっ……は? あっ……コ、コロサレル~!」


 流れるような罵倒。わちゃわちゃと右往左往するように動かす人形。

 裏声にして何とか里葉に乗ってあげようという部下の姿に、感涙しそうになっていたとき、のそのそと歩き続けるささかまに、里葉の握る人形がぶつかった。


「わぁあああああああああああああああああああ!!!! ちゅどぉおおおおおおおおん!!!! しゅばしゅびどくしゅでゅくしどっかーん!!!!」


 謎言語を口から迸らせた里葉は、手に持っている人形が宙を舞うように手を動かし、くるくると動かして、外に置かせる。


 かわいい笑みを浮かべた猫の人形に、砂がつく。

 里葉がその人形から手を放して、取り残されるようにそれは鎮座していた。


「死にました」


「えっ?」


「この子はもう、しにました。猫田猫男。享年、一分三十秒です」


「あっ……そ、そうなんですね……里葉様……」


 子供特有の不条理なストーリーととんでもないオチで終結したおままごと。一仕事終えたと言わんばかりの里葉が、体を伸ばした。その拍子で、彼女と俺の目が合う。


「へ? ひ、ヒヒヒヒロ?」

「あー……お疲れ様です。倉瀬さん」


 俺と里葉の顔を交互に見る部下が、苦笑いをしている。彼女に、すまんと言わんばかりに片手だけで手を合わせるような恰好を取った。後で彼女には、アイスのギフトカードでもあげよう。


「あわわ、あわ、ぇ、あ、ぅ、ぁ、ぇ」

「ぬっ」


 だんだんと小さくなるうめき声を漏らす里葉と、すくっと体を起こして、俺の方を見るささかま。

 里葉の顔はみるみる内に赤くなっていっていて、震える体に合わせてアホ毛が揺れている。前から人形を喋らせていたところは見たことがあるが、ここまでガチでやっているのは初めて見た。


 彼女の方に、静かに近寄っていって、俺は━━


「でーん。復活しましたよ~」


 あわあわとしていた里葉が、きょとんとした後、満面の笑みを見せる。


「あ……えへへ。猫田猫男、心肺蘇生しました」


「……良かったな。しかし、避難所に来た子供のことまで考えてやっているのか。すごいな。他の事例を参考にしているんだろうが……」


 俺が目を向けると、緩んだ空気が少し締まった。しかし俺の視点からだと、木に引っかかった竹とんぼを何とか取ろうと試行錯誤する部下の姿が見えているので、全く締まっていない。


「……そうだな、これは私見だが、普通に段ボールとペン、ハサミを与えるだけで子供は勝手に遊ぶぞ。むしろ、変に高いおもちゃを買い与えるよりは、こっちの方が良い影響がある」


「あ、そうなんですか?」


「俺は……母さんに携帯ゲーム機を買ってもらえなかったから、段ボールでそれと似たのを作って遊んだりしてた。今思えばかなり笑えるけど」


 子供のときのこと、か。

 ふと、母さんと……父さんのことを思い出す。


 財布の中に入れたままの、俺の父親らしい男の写真の存在が、頭を過った。そういえば、誰にも見せたことがない。海外にいるというだけで、この現代、連絡を取らないような奴のことなんて、どうでもいいけど。


 どこの部署も、真面目に考えて試行錯誤しているようで、安心する。


 色々な種類のおもちゃを各方面へ掛け合って、里葉は集めたようだ。その姿を見て、静かに考え込む。


 彼女は、愛のある……恵まれた幼少期を送れたわけではないのに。


「……里葉は、子供が好きなんだな」


「……ええ。子供は可愛くて、大好きですよ? 昨今の表側の情勢を受けて、ちらほらと重世界の方に居を変える者たちもいますが、今日は雨宮の重世界でその子たちと遊びました。みんな、楽しそうで良かったです。いつか、私も……」


「…………そう、なんだな。道理で、こんな大真面目にやるわけだ」


「私みたいな思いは、してほしくないから」


 ささかまの毛がついたコートを払った後、膝に手を当て、里葉がすくっと立ち上がる。そのままコートを羽織って、俺の方をじっと見た。


「とりあえず、このおもちゃたちは倉庫にぶち込んでおきましょう。私が青時雨で一気に運びます。それが終わったら、私たちの班は一度休憩とします。その後は、班長の指揮の下、姉さまがいる総指揮の方へ向かって、新たな命令を受領してください」


 腰の上で手を組み、俺の方を彼女は見る。

 夏風に横髪が揺れて、インナーのグラデーションが煌めいた。青色の瞳を向ける彼女は微笑んで。


「じゃあ、ヒロ。もう少し、手伝ってください。そしたら二人と……ささかまで、休みましょう?」


 里葉はやっぱり、明るい、朗らかな性格の持ち主だ。

 ……いくら向いているとはいえ、あまり、戦わせたくないと、最近は、思うようになった気がする。

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