フォンヒーローと空想種

第九十一話 プロローグ・プロローグ

 



 ししおどしの音色が響く。保守派の重家が集まる重世界から通達された、その指令。

 誇りの在り処を求めた彼らの、上位プレイヤー十五人に対し実行された、強襲作戦。


 冬の終わりが近いとは思えない。


 肌を突き刺すような冷気に、春の暖かさはなかった。今、その場の満たす張り裂けそうな空気を表すかのように、死を連想させる季節の在り様を、まざまざと見せつけている。


 煙草の紫煙が空に揺蕩う。プレイヤーの彼は一人、人気のない公園で煙を吹かしていた。


 “彼ら”がやってくる音を聞いて、煙草を足元へ捨てる。


「大人しく首を差し出すつもりになったか。城戸」


 棚引く雲が泳ぐ空の下で、怒りに表情を歪ませ、煙草の火を足で消しながら━━城戸雄大は相対した。


 彼の目の前にいる男たちの数は、九名。そのうちの一人は、荘厳な、意匠の細かい薙刀を手にしている。


 冬風を纏い、空へと浮かび上がったその男は━━特異術式使い。彼の周りにいる者たちも、彼らの家が有する固有術式を使い、それぞれ臨戦態勢を取っている。


 たかだか、妖異殺しの術を知らぬ絡繰からくり使いを相手にするための陣容とは、思えなかった。


「なあ……どうしてそこまで、俺に付き纏う?」


「愚問」


 薙刀の石突を地につけ、絶対的な殺意と共に彼は言い放った。


「我ら赤穂家の、妖異殺しの業……重術の流出を、足抜けを、これ以上許すわけにはいかぬ。血を奪い去った、あの異邦人の子孫である貴様の存在は許されん。それ故に」


 冷徹なその言葉に、説得をする隙はない。

 拳を握り、抑えきれぬ怒りに震える彼は━━叫んだ。


「ああ、分かってんだよ! 俺のジジイがあんたのとこのお嬢さんと駆け落ちして、それで生まれたガキのガキが俺なのはなァ! しかし、妖異殺しの誇りがなんだ、ふざけるなよ……? 俺になんの関係がある! 何もしない! ほっといてくれ!」


「……赤穂の術式を有するお前をこの表側に残しておくことは、重家の恥。死んでもらおう」


「ああっ!? いいさ! やってやろうじゃないか!」


 スマホを手に取った彼は、画面のボタンを押す。精神的負荷を多大にかけるその術式の行使のために、顔を大きく歪ませた彼は、溢れ出んばかりの紅迅の魔力を見せつけた。


「……『気怠げな主人公リラクタントヒーロー』!」


 魔力と魔力がぶつかり合う。その死闘は、日が暮れるまで続いた。










 通りを歩けば、夏を謳歌する子供たちの声が聞こえる。大きく鳴き声を上げる蝉は鬱陶しくもありながら、嫌いになれない、そんな音色を響かせていた。


「うおおおお!! しゅぴんしゅぴんどぐおどぅくしどぅくし! ヒーロー、さんじょぉおおおおおお!!!」


 友達を連れて、虫網を握って、走り去る彼ら。どこからそんな元気が出ているのか分からない。わんぱくな子供たちを横目に見届けて、隣を歩く里葉と密かに笑いあった。


「夏休みですか。なんだか平和で、いいですねー……」


 電車に乗り、東京の街に出る。竜の体となった今、俺はどんな過酷な環境でも耐えることができるが、それでも東京の夏は、仙台の夏に比べて肌に合わないというか、異質に感じている。


 ビルが立ち並ぶ、騒がしい街。大きく掲示されたモニターには、様々な広告が映っている。その中に、妖異を弾き飛ばし、人々を助けるプレイヤーの映像が流れていた。CGも使わずに、映像そのものの派手さを上手く使い演出するそれは、衆目を集める。


 でかでかと目立った、“消し炭姫”と呼ばれる彼らの組織のトッププレイヤーを中央に置くその映像は……存続を許されたアシダファクトリーのように、特例措置を以って設置された民間組織のものだった。


 表世界側に侵入してくる、妖異を討ち取ることを専門とした探索者が所属するそれ。


 対侵犯妖異プライベート民間組織デバイスランナーズ。通称PDR。


 探索者にタレント的価値を付与することによって、経済的に自立することを可能としたその組織に所属する高名なプレイヤーを、人々は『ヒーロー』と呼ぶ。


 重術や術式を惜しみなく開示しているとも取れるその映像は、妖異殺しからすれば思考の埒外にあった。


「ヒロ~。なんか私たちがドンパチやってた間に、すごいことなってるんですね~」


「……ああ。表世界側の動きに、雨宮は追従できなかったからな……ほら見てみてくれ。里葉。この新聞紙」


 表紙にでかでかと乗るのは、『ヒーロー』が表世界側に侵入してきたある等級の妖異を討ち取ったという記事である。そのページをめくって、隅っこの端っこの方に、妖異殺しの名家、雨宮家が、政府の支援の元作戦を決行したという記事が載っていた。


 注目を浴びていた作戦の成功を祝って、各重家からは賞賛の言葉が送られたが……はっきり言って、表側からの扱いは良くない。知名度が低い。


 里葉やささかまだけじゃない。今の俺は、雨宮を背負っている。義姉さんだっているし、妖異殺したち、アシダファクトリーの社員たちに、柏木家の人たちだって。


 ……さらに雨宮のプレゼンスを高めるため、どうにか、しなければならない。

 しかし、力を求めるだけじゃない。人々を守るため、平和を維持するために、立ち上がった彼らに感謝を。最大の敬意を。


 夏風が吹く。竜の体でも、心地いい。








 通り抜ける風が、ふわりふわりと揺らぐ煙を掻き乱す。

 また一段とタバコを吸う回数の多くなった彼は、更にもう一本を箱から取り出して、銀色のライターを使い火を灯した。


 世界は変わった。誰もが想像なんてできなかったくらいに。


「なんなんだ……どいつもこいつも」


 苛立つ彼は、煙草の吸殻を足で潰した。


 変わる世界に生きることを否定して逃げようと、平凡ないつも通りの生活をしようとしたって、変わる世界の方から、彼を追いかけてくる。


 身を守るためには必要だ、とやることになった、『ダンジョンシーカーズ』。


 ……町の人を守ることに繋がるのならば、と攻略した渦。


 その行動の全てが気怠げな彼を蝕んで、停滞を選び逃げ込んだ煙草には、腐りきった屑の味がした。自分は、どこにあるのだろう。


 もう三十にもなった。

 いい大人が、自分探しの旅に出る大学生のような、馬鹿馬鹿しい悩みに苛まれている。


 ニコチンだけが、今の自分……城戸雄大を助けてくれている。


 ああ。妖異殺しが何なのか……自分が何なのかが、分からない。


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