第七十九話 至高の笹蒲鉾を求めて(2)



 雨宮の重世界空間から出た後。思い立ったが吉日とばかりに、工場見学を行なっている各地の笹かま工場へ電話をかけ、予約を取る。そのうちの一つから、わりとサクッと予約が取れて、数日後すぐに工場へ向かった。


 小学生のころ校外学習で見学したことはあったが、唯一覚えているのは出来立てのちっちゃい笹かまが美味しかったことぐらいである。改めて大人になってから来ると、普通に面白い。


「こちらが、練り上げの行程ですねー。調味料で味付けしながらすり身をよく練ることによって、味わい深くなります」


 ガラスの向こう側。目の前でぐるんぐるん回る大型ミキサーを見ながら、里葉が口を開けてぽえーとしている。


 里葉は普通にお嬢様だからな……珍しいし面白いんだろう。なんというか、里葉はピュアなまま大人になってしまったので、俗っぽいものから影響を受けやすそうな気がする。


 練り上がった生地は形成機と呼ばれる機械に運ばれ、笹かまぼこの形へ成形されていった。金属の串に刺され、一列に並び次々と流れてくる笹かまぼこたちを見て、ちょっと感動する。


「ぬっ」


 心なしかうわずいているささかまの鳴き声が聞こえる。

 

 このエリアはたぶん問題ないが、工場に入れ込まれたりしたら普通に訴訟問題に発展しかねない。俺が重世界空間を操り本気でささかまを拘束しながら、里葉が能力を行使し、バレないようにしている。側から見たら、ささかまの生首が浮いているように見えた。


 普段だったら暴れ狂うが、今はすごくおとなしい。俺の拘束といえど、純粋な空想種であるささかまであれば脱出できるはず。ただこの状況が気にならないくらいに、ささかまは夢中になっていた。


「ぬぉー……」


 ささかまは目の前で流れていく笹かまぼこを見て口を半開きにし、目をおっきくさせていた。フレーメン現象みたいな顔をしている。


「そりゃ、ささかまは笹かまの大ファンですからね。ささかまにとってここは聖地に等しい。大人しく見学しますよ」


「おぺれーしょん笹かまぼこはやはり最強の一手なのか……」


 笹かまぼこの形になり立ち並ぶそれは、そのまま焼き炉を通っていく。焼き目のついた笹かまぼこの姿はまさしく、俺たちが普段食べているものと同じだ。しかしまだ工程はここで終わらず、笹かまたちは放冷室で急速冷却されるという。


「ぷりぷりとした笹かまぼこの食感は、一度冷やすことによって生まれるんですよ」


 てくてくと歩いていくお姉さんについて行って、最後に包装のラインを見た。


「ヒロ。見てください。今笹かまがぎゅいーんっていってぐるんっていって紙が」


「おう。そうだな」


 見学後。


 ……工場に併設されていた店で色々な笹かまをやたらと購入してしまった。


 普通にエンジョイしている。






 仙台。自宅のリビングにて。今日買った笹かまを里葉が焼いたり、醤油とわさびを用意したりしてくれて、色んな味の笹かまに舌鼓を打った。

 

「マジでうめえ。やっぱりちょっと高いやつって、高い理由がちゃんとあるんだな……」


「ぬぅおおおおおおおおおお!! ぬぬぬぬぬうぬっ! うぬぬうぬのぉぬううぬぬぬぬ!!」


 上品にお箸を使って、笹かまを一口食べた里葉が口元を手で隠しながら言う。


「そうですねー……美味しい。見てくださいヒロ。私たちに餌を取られていると勘違いしたささかまが、足元で大暴れしています」


「どれどれ」


 ちらっと机の下を覗き込んで見れば、カートゥーン並みにささかまが暴れている。ぐねぐねしてゴロゴロして……のたうち回る怪物か何かのようだ。


「……」


 笹かまを一つ手にし席から立ち上がった後、ささかまの前でしゃがみこむ。俺の姿を見て、ささかまが姿勢を正した。


 ゆっくりと、ささかまの目の前に笹かまぼこを差し出すようにする。


「ぬっ……」


 希望に満ちたデブ猫が、口を開けて顔を伸ばした瞬間。


「はい! あげなーい!」


 大きく口を開けて、ガブリ。

 ぷりぷりとした歯ごたえがたまらない。絶望したささかまの顔が良いスパイス。そのままささかまの目の前で全部食う。


「うんまっっ!! いやー本当美味しいわ! うんめえ!」


「……ぬぅおおおおおおお!! ぬぬぬにゃにゃなにゃ! にゃにゃ! ぬおにゃぁああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!」


 飼い主に対し、牙を剥くその姿。憤怒。

 肉球の残像が俺の鼻を掠めた。続く攻撃を、かろうじて回避する。


「ぬっぬぬぬぬぬ! うぬぬにゃなにゃあああああああっ!!!!」


「うお! 猫パンチはやめろささかま! わ、わかったごめんあげるから!」


「ヒロ。食事中にささかまと遊ぶのは行儀が悪いですよ」


 ため息をつき、呆れ顔を見せた里葉が、パクリと笹かまを食べる。


「里葉! 助けてくれ! ささかまに飛び乗られて毛以外見えな、もごゔご」


 しばらく経った後。


 ……俺が食べていた笹かまを献上することによって、お許しいただいた。







 ささかまが笹かまをくっちゃくっちゃと食べる音が響く部屋の中。


 なんやかんやあって、食後。里葉と緑茶をいただきながら、話し合う。


「なあ。里葉。二人で、笹かま特注で作ろうって話だけど、今日工場見学して気づいたんだけどさ……無理じゃね?」


「……正直、私も思ってました。いっぱい作るってなった時に、美味しく作るための適切な分量がわかりません。そもそもあれ職人技ですよ。あと、ましーんの安定感と言いますか……私みたいに料理が出来るくらいの人間じゃあ厳しいと思います」


「里葉の料理はいつも美味しいけど、確かに今回は難しいよな。かといって、その……会社の人に猫に食わせるための笹かま特別に作ってくださいっていきなり依頼するのも意味不明だ」


 うんうんとまた考え込む。今日見学して気づいたのは、いかにささかまが贅沢な猫かということくらいだ。しかし、ささかまの笹かまへの食いつきを見れば、この作戦がいかに有用なものかがわかる。ここでおぺれーしょん笹かまぼこを凍結するのは、戦略的にありえない。


 ……まだくっちゃくっちゃ響いてるし。


「しかし、ささかまは贅沢な猫ですので、高いやつも飽きるかもしれません。今後に響いても嫌ですし……もっと中毒的な、それを食べている時は全てを忘れ去るような、そんなものが必要です」


「……なあ。里葉。てことは、俺たちで完全にオリジナルな笹かまを作らなきゃいけないってことだと思うんだよ」


「そうですね」


「それで、さ。DSがβ版の頃、いっぱいダンジョンに潜ったじゃないか。一緒に」


「ええ」


「その中に、魚型の妖異が沢山いたじゃないか。あいつらを使うのはどうだろう。ささかまって一応重世界の生物だし、馴染み深いとは思うんだが」


「あ……」


 技術がないのなら、材料でゴリ押せばいい。そう考えた俺の提案に、顎に手を当て考え始めた里葉がしばらくした後、口を開いた。


「確かに、可能です。湾の中立空間を支配する重家の中で、”漁業”を行う者たちがいると聞いたことがあります」


 予想だにしなかった答えに、考えを無数に巡らす。俺はダンジョンに突入して、普通に魚探すつもりだったんだけどな。どんぐらい時間がかかるか見当もつかないけど。


「……そんなものがあるのか。しかし、中立空間の支配を巡って、戦いになるんじゃないか? とんでもない価値があるだろう」


「心配無用です。中立空間は権益の塊ですが、渦以上に危険な土地でもあるので、今この情勢で支配できるほどの余剰戦力を持つものたちはほとんどいませんよ。しかし、重家は歴史的に中立空間を抑えていることが多いので、名家であれば所持しているぱたーんがあります」


 雨宮のものは維持しきれなくなって崩壊しかかっているものがほとんどですけど、と里葉が言う。

 リビングの中。彼女の対面に座って、知らないことを教えてもらうこの時間が、あの時と重なった。


「まあともかく、例の空間で採取できる妖異の魚は、絶品だと聞いたことがあります。ただ……」


「ただ?」


「その重家には、食べる分しか取らないというポリシーがあり、商業的な漁業は行なっていません。掛け合えば手に入れることもできるかもしれませんが、あの……彼らはいわゆる保守派の重家ですので……門前払いを食うかと」


「……そうか。残念だな」


「しかし、その妖異を使うという案はかなりありだと思います。ほら。見てください。笹かまを食べ終えたささかまが、興味津々にこちらを伺っています」


 そっぽ向いているように見せて、耳をこちらに向けている猫の姿がある。こいつ、頭がいいのか悪いのかわからん。


「……よし。じゃあ、魚の妖異に詳しそうな奴に連絡してみるか」








 東京。DSの登場以降治安が悪化したというある町を一人闊歩していた彼女は、何者かの襲撃を受けた。いや、襲われたという表現は正しくない。正確に言うのならば、彼女はそれを誘っていたのだ。


 襲いかかってきた男を簡単に制圧し、あまり公にはできない手段で口を割らせた彼女は、彼らの本拠地に潜り込む。


「最低等級のダンジョンの一階層だけ制圧して、拠点にするなんて中々頭良いじゃない」


 荒廃した豪邸があるそのダンジョンの中で。廊下を進み、再奥の一室へ蹴破り突入した彼女は、中にいた人間を全て制圧した。今彼らは拘束系の術式により腕を縛られており、身動きをとることができない。


 その部屋はまるで、隠れ家のようだった。電球の明かりに照らされるテーブルの上には噛みタバコとウイスキーの残るコップがあり、床には空になった酒瓶が転がっている。無骨なキャビネットには重世界産の武器が収納されていて、その上にはドロップアイテムであろうゴブリンの生首が飾られていた。


 革張りのソファに座り込み、隣に座るリーダーの男の首を掴んでいる楠晴海は、ケラケラと笑っている。


「殺せ。空閑の尖兵が」


「あれ、私そんな風に呼ばれてんの? いやまあその通りなんだけどさ」


 空いている方の手で彼のスマホを手にした楠が、舐めるような視線でそれを確認した。


「……違法イリーガルデバイスねぇ。空閑さんが私を送るわけだわ。これどこで手に入れたの?」


「……」


「だんまりか。まあ他の人と同じよね。空閑さんはコピーなんてできないって言ってたけど、どうやったのかしらねぇ……」


 首に魔力を込め男を気絶させた彼女は、同じように彼の部下たちも気絶させた。彼らを回収する迎えのものたちを待つ間、彼女のデバイスに電話がかかってくる。


 他の機械類が重世界に持ち込めないのに対し、DSを入れたデバイスだけが機能していることに疑問を抱きつつも、彼女がコールに答える。


 革張りのソファに座り込み、彼女は足を組んでいた。


「あら。電話なんて珍しいわね! 倉瀬くん。調子はどうかしら」


「どうも。楠さん。実は貴方に相談があるんだが」


「いや〜話聞いたわよ。貴方、なかなか面倒なことになってるらしいわね。何か依頼があるんだったら、格安で引き受けるわよ。お友達割引」


「依頼といえば依頼なんだが、少し聞きたいことがあって……」


 一体どんな依頼なのだろうと話を聞く楠が、ダンジョンに響き渡るくらいの大声で爆笑した。


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