第八十話 至高の笹蒲鉾を求めて(3)

 


 楠さんに電話をしてから、数日後。この前、俺は彼女に一部始終を説明し、妖異種の魚を調達する方法がないかどうかを聞いた。


 白川の重世界にて俺は彼女と交戦したが、その時彼女が行使した能力のほとんどが”海”に関わるものだった。DSにより得られる特異術式というのは本人の気質や好みが反映されることが多く、そのことから、彼女なら何か知っているんじゃないか、と考えた次第である。


 その依頼を快諾してくれた彼女は今日、新宿で会おうと言っていた。今回の依頼を遂行するために、どうやらわざわざ他の人も呼び寄せてくれたようで、感謝の念を抱く。


 里葉を連れ、電車に揺られながら新宿駅を訪れた。近くにある書店の前を待ち合わせ場所にして、彼女と会う。


「やっほー。倉瀬くん。久しぶり〜。それと、こんにちは。雨宮さん。初めまして。私、楠晴海と言います」


 魚のマークが描かれた帽子をかぶる彼女は、だぼっとした大きめのアウターを着ている。

 ぺこりと丁寧に、いつもの格好をしている里葉が頭を下げた。


「……本日は、よろしくお願いします」


「もう他の人たちも集まってるから、一緒に行こうか」


 帽子の鍔を掴んだ楠さんが俺たちに背を向けて、歩き出す。


「いや、待たせてしまってすみません」


「いいっていいって。じゃあ、行くよ〜!」







 合流しようと言った楠に連れられて、広龍たちはある場所へ向かう。


 コンクリートの歩道を行き、信号で立ち止まる。巨大な看板広告を掲げたビルが立ち並ぶ繁華街を、三人で歩いていた。


 並び歩く楠と広龍は饒舌に語り合っていて、どうやらダンジョンの話をしているようだ。お互いが共感できることを会話の中から見つけ出しては、声を上げて笑い、人々の視線を誘っている。


 一歩後ろにつき彼らの話を聞いている里葉は、怪訝な表情を見せる。彼らはついこの前、文字通り殺し合ったばかりだ。お互い憎み合っていてもおかしくないのに、何故かそんな感情のぶつかりが見えない。


 (少なくともヒロは、この楠さんと今はどうしているかわからない戌井さんのことを敵視していない……)


 里葉は雨宮の城で実姉の怜と、広龍について二人だけで話をした時のことを思い出す。竜の力を持つ広龍を止める立場にあるのは、自身なのだと彼女は説いていた。


 抹茶を点てる怜が語る、茶室の中。


「いい? 里葉。広龍とあの……新宿の楠。二人の関係性には、細心の注意を払いなさい」


「どういうことですか?」


「……里葉。あの二人は、”いくさびと”と呼ばれる人種よ。彼が戦う姿をずっと見ている貴方だから、それがどんなものかはもう分かるでしょう。そして、彼のような人物は他にも存在するわ。そんな、”いくさびと”と呼ばれる人たちが出会った時、何が起きるか分かる?」


 あの時は、状況がわかりづらかった。あの彼でさえあまり戦いを楽しむ素ぶりを見せていなかったし、自身を救うために真剣に戦っていた。


 無論、倉瀬広龍という人物が白川の者を多数殺害し、白川側からの依頼、DS空閑肇の動きがあって、楠は参戦している。しかし、果たしてそれが彼女の大義だったのか?


 それは違う。


「……まず間違いなく、戦いになります」


「その通りよ。いついかなる状況においても、きっかけさえあれば戦いになる。それはもしかしたら実際に剣を交える戦かもしれないし、知略を競う戦かもしれない。その種別は様々」


 里葉をじっと見つめる怜は、真剣そのものである。

 茶筅がシャカシャカと動く音が、部屋に響いた。


「……まあとにかく、歴史上いくさびとと思われる人物同士が関わりを持った時、必ず最後には戦いになった。そして、問題はその戦の後」


 抹茶を点て終えた怜が、すっと茶器を里葉に渡す。


「彼らは遺恨を残さず『戦友』となるか、互いを憎み合う『仇敵』となった。もし、広龍と楠の関係が後者のものだった場合。私たちは、覚悟せねばならない。まあ、話を聞く限りは大丈夫だと思うけど……」


 重家に残るある記録によれば、京の町にて、お互いの肩がぶつかったことで、三十四年間殺し合った”いくさびと”がいるという。しかし、この例は戦国時代の殺伐とした社会情勢の影響を強く受けていることは間違いなく、この現代社会では”いくさびと”の習性も変わるだろうと怜は言った。


 倉瀬広龍と楠晴海。彼らの戦いを間近で目撃していた里葉が、怜に疑問を投げかける。


「……あの、ヒロって、正直言って抜きん出て強いと思うのですが、どうなんですか?」


「彼が強いのは事実だけど……楠の戦績を見ると、そうも言ってられないわ。彼女、DSプレイヤーの中だとぶっちぎりよ。おそらく、お互いが万全の状態で、本気で衝突したら、。それに、今は群雄割拠の時代。実際に領地を賭けて争うわけじゃないけど、あちこちに強者が生まれていて、時代が動こうとしている」


 抹茶を飲む里葉に、怜は語る。


「里葉。『才幹の妖異殺し』である貴方であれば、広龍に勝てる可能性だってあるでしょう」


「……術式が割れた今では、不可能と言っておきます」


「じゃあ、術式の割れていない他の能力者であれば?」


「……手練れであれば、可能性はある」


 彼が自身を守ってくれたように、私が彼を守らねば。そう決意した彼女は、姉の言葉を深く胸に刻みつけていた。


 そう、里葉が怜の話を思い出していた直後。楠の案内でやってきた喫茶店の中で、彼らは三人のDSプレイヤーと出会う。


 椅子から立ち上がり臨戦態勢を取った二人を相手に、里葉は透明になった青時雨を即座に展開した。物静かな店内の中で、殺気の込められた魔力が立ち昇る。


 ケラケラと笑っている楠に、腕を組んでうーんと唸る倉瀬。


 三人のDSプレイヤー。いや、二人と一人と形容した方が良いのだろうか。

 交戦の構えを見せた二人と里葉を宥める一人の女性は、柏木家当主の柏木澄子である。


「……楠ッ! どういうことよ!」


 かすれた痕の残る、墨色の魔力を展開するのは、β版ダンジョンシーカーズ第三位。立花遥。


「……た、立花さん。彼の目的は僕のはずです。逃げてください」


 彼女のことを制止し、泥色の魔力を展開するのは、倉瀬広龍と白川事変にて交戦した戌井正人。

 楠が連れてきたという三人を前にして。


「今まで、ありがとうございました」


「……だめッ!」


「あのー……ちょっと、一回席に着いたらどうだ?」

 

 倉瀬広龍は、状況に着いていけていない。







 新宿駅周辺の喫茶店の中で。ようやく一息ついた彼らと、コーヒーを飲みながら語り合う。お互いにとんでもないズレがあることに気づいた俺たちは、楠さんと何故かいる澄子さんの仲介を受けながら、会話を続けていた。


「あー……その、特に今から戌井さんのことを襲撃して殺してやろうとかは、一切思っていないぞ」


「そ、そうですか。なんか、僕としては本当に何故許されたのかよくわからないんですけど……」


 戸惑いながら、彼がマグカップを両手で包む。横から立花さんが、ミルクと砂糖を戌井さんに渡していた。少し、仲が良さそうに見える。


 立花遥。里葉と同じ妖異殺し出身のプレイヤーで、キリッとした顔つきとつり目が特徴の女性。


 しかし、そもそも彼女は上位プレイヤーの交流会の際、全員に関わる気がないとかなんとか言っていた記憶がある。あの後、連絡先をくださいと言ったら普通にくれてビックリしたのを覚えているし、そもそもその前に楠さんたちとギャーギャー騒いでいた。


「……はあ。いや本当、プレイヤー連れてくるとは楠から聞いていたけど、まさか倉瀬広龍だとは思わなかったわ。本当、どうしてくれんのよ」


「いや〜ビックリするかと思ってさ」


「……くそぉ」


 楠さんとは……なんというか、普通に女友達っぽい。

 何?


 怪訝な表情を見せる俺の姿を見て、澄子さんがすかさずやってくる。


「参謀総長。わたくしからどういうことがあったのか、説明させていただきますわ」


「……普通に、倉瀬と呼んでください。あの、本当に」


「始まりは、あの”白川事変”ですの」


 スルーした澄子さんが、説明を始める。なんでよ。


「老桜をぶっ飛ばし白川義重を討ち取った後、総長の前に立ちはだかったのは、ここにいる楠と戌井だけになりましたわ。そこで楠の誘いに乗った総長は、メガネの空閑目掛けてビカビカビームを放ちましたわよね」


「あの、総長呼びはやめてくれ。暴走族じゃないんだから」


「その射線に、DSプレイヤー陣がいたわけです。ここにいる楠とは違い、シンプルに善人だった戌井さんは、戦いとは無関係な彼らを守るため、そのビカビカビームを受け止めました。その時彼の後ろにいて、守られてしまったのがこの立花さんなわけです」


「あの……」


「その後、戌井さんに命を救われ強い恩義を感じた立花さんは、彼を立花家にかくまったのです。立花の重世界でボロボロの戌井さんを治療し、その恩義に報いるため、戦の準備をし、竜の追撃に備え三日三晩眠らずにいましたわ」


「えぇ……初耳なんだが」


 顔を伏せ、唐突に小声になった澄子さんが言う。


「そして、ここからはオフレコですの」


「おう」


「はっきり言いますが、あそこにいる立花さん。かなりチョロい人ですわ。トゲトゲしている有能なウーメンですが、実際にはバカ人懐っこい人ですの」


 満更でもなさそうな表情を浮かべながら、楠と喋る立花さんの姿が見える。


「うん?」


「能力主義の彼女は、最初むちゃくちゃ戌井さんのことを見下してましたわ。しかし、命を救われてしまってそれをかなり反省したようですの。このことをきっかけに入れ込んでいった結果、戌井さんがヒモみてぇになってしまったんですの」


「おん?」


「戌井くん〜。お菓子ボロボロしたらダメ」


「あっ。ごめん立花さん」


 ナプキンを手に取った立花さんが、戌井さんの代わりに机を拭く。その姿をちらりと二人で見た後、澄子さんが続けた。


「そして、あそこにいる戌井正人。あの戦いを見た者が信じられないほどの、かなりのダメ男ですわ。ぜんぜん正人じゃねえですの」


「おう?」


「はっきり言って人間のクズですわ。立花さんから貰ったお金を使って、1000回転大ハマりしてましたのよあの人。あり得ませんわ」


「おん?」


「ホールでばったり会いましたの。そこで並び打ちしながら、雨宮家ひいては竜への仲介を頼まれましたわ」


「それはどういう……?」


「まあとにかく、調停を頼まれましたのよ。そしたら楠が、今度総長と会うからついでにやっちゃえって。側から見る分には面白いですわよ」


 澄子さんが再び、戌井さんと立花さんの方を見る。立花さんがぱっと見、世話焼きなように見える。私がいなきゃいけない感がひしひしと伝わってきて、ニヤニヤしている楠の姿が印象的だった。


「周りの人はみんなやめとけって言ってるんですけれど、立花さんは戌井くんの凄いところを知ってるから! と言って離れません。いやまあ実際スゴイですし、立花さんがおしゃれさせてみたら普通にルックスは悪くないんですけれども」


 前の彼の姿は見ていられないようなものだったが、今では真新しい清潔感のある服を着ているし、眉毛も整っていたりと、かなり変わっている。顔立ちもイケメンというほどではないだろうが、全然悪くない。


「……あの服全部立花さんが選んだのか?」


「ええ。戌井さんが1000回転大ハマりしたみたいに立花さんもハマってますわ」


「おぉ……」


「これ、ある意味総長の責任ですわよ」


「勘弁してくれ……俺は今日そんな話をするために来たわけじゃないぞ」


 ちょこんと座る里葉を間に挟んで、ギャーギャーと楠さんと立花さんが話している。里葉はちらりと俺の方を見て、助けを求める表情をしていた。里葉って……他人に対しては結構引っ込み思案だよな。


「じゃ、そんなわけで、そろそろ移動しようか」


 コーヒーを飲み切った後、立ち上がった楠がどこかへ出かける素振りを見せる。


「……ちなみに、どこ行くんですか?」


「あーそうそう。言ってなかったんだよね。今回の依頼を受けて、倉瀬くんに見せようと思ってたんだわ」


 にっこりと笑みを浮かべた楠が、口を開く。




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