第七十一話 月の剣(1)

 


 時は遡る。かの竜が文字通りブチ切れ、その後異様なまでに冷静となり、皆で話し合ったあの会の中で。戦力になり得るものを話す、と彼は言った。


「俺が出せるもの。それは、金と重世界産のアイテム群だ」


「……と言うと?」


「怜。貴方は里葉の報告で知っているだろうが、俺は空想種”独眼龍”と交戦した。そしてその時、龍が溜め込んでいた宝物。その全てを、抑えることに成功したんだよ」


「……その話は、初耳ですね」


「話していなかったのか……里葉……」


 己を巻き込まぬようにと情報を制限していた里葉に、頭を抱えた広龍が立ち上がる。


「怜。今から、俺の地元に来てほしい」


 一礼をし、雨宮の妖異殺しが諫言をする。


「お待ちください。今雨宮の重世界の出入り口には、白川の手のものと分家の者共が張っております。動向を把握されますぞ」


「……問題ない。この身は竜だぞ。重世界を移動する。十分もかからない」


 そう言った広龍は、少し待っていてくれと彼らへ断った後、慌てる怜を無理やり抱える。

 彼は、重世界の海へ繰り出した。





 仙台。今では渦が一つもなくなってしまったその土地の、彼の家の付近。そこで開かれた重世界へ、雨宮怜は案内された。


 目の前には、積み上げられた黄金の山。宝石の類。武具は分類により分けられ、美術品の類は、鎮座している。


 視界を埋め尽くすその量に、腰を抜かした怜は尻餅をついていた。


「これは……」


 彼が竜の力を全力で振るい、開いた重世界空間。本来であれば多くの重術師を必要とし、空間を広げるには長き年月を必要とするそれを、彼はという程度の労力で作り上げてしまった。


「怜。雨宮があの城を捨てて、この重世界空間を妖異殺しの意義とするのは可能か?」


「た、確かに、主張できなくはないですが……流石に周りの重家が認めないと思います。それは、最後の手段です」


 期待せずに聞いていたのだろう。その返答に落胆する様子も見せなかった彼は、そのまま続ける。


「怜。これを使って、人を動かすぞ。戦となれば、雨宮の妖異殺しに武器を支給してもいい……あの龍は変り種だったのか、呪いの武器だったり、癖の強い伝承級武装ばかりだが……」


 顎に手を当てた彼は言う。


「この戦は二手に別れる。どちらも絶対に負けられぬ戦だが、より重要なのは雨宮の重世界の方だ。その防備を固めるため、今、俺の頭にあるアイディアを実行に移したい。まずは兵だ。雨宮怜。俺に、二つ案がある。皆を必要に応じて俺が送り届けるから、秘密裏に実行へ移すぞ」


「その、アイディアというのは?」


「傭兵を雇う。そして、雨宮の非戦闘員全員をDS


「……一つ目の方は可能かもしれませんが、二つ目の方は不可能です。DS運営が許さない」


「怜。貴方は、DSの開発に関わっていたんだろう」


「え、ええ……」


「俺の『ダンジョンシーカーズ』は今、俺の片割れであるこの”銀雪”が掌握している」


 彼の一言と共に、銀龍は彼に侍った。



「こいつが掌握した『ダンジョンシーカーズ』のシステムを、他のデバイスへコピーすることは可能か?」



 纏めて購入したデバイスに、広龍が使用するOS『銀雪』をエンドレスでコピーさせるという、苦行に雨宮怜は身を沈める。長い時間を要するその作業に、彼女は徹夜を繰り返した。


 その間にも、竜は一人動き出す。







 町工場の中。ギリギリの状況でやっと入った商談に、スーツを着た芦田がネクタイを締め直す。様にならないその様子に、ザックが肘つきをしていた。


 彼らの後ろに並ぶデスクには、社員が座り、その趨勢を見守ろうとしている。

 ”家族”が懸かるその商談に、普段は冷静沈着のザックですら、焦りを見せていた。


 今彼らの前には、一人のトッププレイヤーがいる。


「アシダファクトリー。君たちは、買い手を探しているんだろう。俺は、妖異殺しの名家。雨宮を代表して、この場に来た」


 舐められ、買い叩かれるわけにはいかない。そう考えたザックが、手始めに口撃する。


「……雨宮家は今、死に体だと聞いたが?」


「無駄な話はよせ。雨宮が苦しい状況に身を置いているのは事実だが、お前たちがそれ以上に苦しいのを、俺は知っている」


 手を広げた広龍が、鷹揚に語り始めた。


「……PSSC民間探索者会社。アシダファクトリー。社長の芦田を中心にしたそのチームは、五十人以上の『ダンジョンシーカーズ』上位プレイヤーを抱え、重世界を専門とした、民間軍事会社という見方が強い」


「民間探索者会社……他国では重宝される場面も多いが……”妖異殺し”がその役割を担う、この国ではその存在を必要とされていないらしい」


 彼は暗に、最近町で起きているデモについて話しているようだった。世論の逆風が、彼らを襲っていると。


「DSプレイヤー一人一人は、強大な武力を持つ。そんな彼らが今、どんどん集団を作っていっている。組織間のトラブルも目立ち始め、それを危険視する政府が、法案を通そうとしているようだな」


「民間探索者会社のような、DSプレイヤーの集まり……。それが秒読みと聞いている。施行されれば、政府にツテもないお前らは解散せざるを得ない」


 社員たちのどよめきが広がる。苦悶の表情を見せる芦田に、広龍は言い放った。


「しかしその法案から、逃れる手が一つだけある。それは━━」


 彼の言わんとすることを察したザックが、口を開く。


。そうすれば、法の所在が曖昧になり、政府から見逃される」


「その通りだ」


 一度息を吸った後、彼は語った。


「もう、時間がない。そして今目の前には、”君たちを最も欲する”妖異殺しの名家がある。ザック。貴方が言った通り、雨宮は苦境に立たされている。隠すつもりはない。雨宮の城で、人間を相手に戦ってもらうつもりで、俺は貴方たちを買おうとしている」


 人間を相手に戦うことになる。その言葉に、社員の一人が生唾を飲み込んだ。

 広龍が重世界の扉を開き、その場に山のような黄金を落とす。


「しかし、その戦の果てに。貴方たち家族はバラバラになることなんてない、豊かな暮らしができるようになるだろう」


 一度目を瞑り、開いた後。


 芦田が、広龍を見つめた。


「……倉瀬広龍。俺たちは、家族なんだ。家族が一人ダンジョンで死んでしまった時は、皆で泣いたし、あいつの分まで皆で幸せになろうと、奮い立った。俺たちは、ただの会社じゃないんだよ」


 ザックが驚いた顔で、芦田の方を見ている。彼らを率いたリーダーとして。父として。彼は決断した。


「俺たち家族を背負う覚悟があるのなら━━よろしく頼もう」


「……感謝する。俺は、完膚なきまでに勝つつもりだ。貴方たちを一人たりとも欠けさせることなく、戦に勝とうと思っている」


 そんなあり得ない一言には何故か、不思議な説得力がある。

 ザックが一歩前に出て、広龍の手を握った。


「You've got a deal. 商談成立だ。私たちは貴方に賭けるぞ。ミスター倉瀬」








 アシダファクトリーのものを連れ、雨宮の城を案内する広龍。想定される敵の総数、そしてその質を説明した彼は、守りを固める準備を始めていた。


「……この城は、あまりにも大きすぎる。少人数と少人数がぶつかり合うのには過剰だ。二の丸で敵とぶつかって、本丸を主戦場とすべきだろう」


 軍事に関する知識が豊富なザックが、雨宮の城を見てそう呟く。


「……怜によれば、雨宮の祖先はこの城に三千人で籠って、攻め込んできた三万の軍勢を追い返したらしい」


「……どう考えても、今の我々にはいらん。それと、大量の罠を仕掛けるという話だったが……お前の蔵にあったものは全て、過剰すぎるか単純すぎる。妖異殺しであれば見抜けるだろうと雨宮のものも言っていたし、厳しいな」


「ザック。そこで、貴方に頼みたいことがある。今から、重世界に関わる各企業や職人プレイヤーを回って、商談を取り付けてきてくれないか」


 雨宮の名義を使うよりも、アシダファクトリーの名の方が良いと彼は言う。金に糸目はつけないと、はっきり宣言した。素直に蔵にあるものを使えば良いものの、広龍は企業を使うことにこだわっているように見える。


「……了解した。その間、アシダファクトリーの面々には雨宮の者と協力させて、順次防備を固めていかせる。お前はどうするんだ?」


「……俺はまた別に、商談を持ちかけるつもりだ。あとで連絡する」






 一人重世界の扉を開いた広龍は、連絡をした彼女の元へ向かう。雨宮の妖異殺しの者たちと連携し、防衛戦のため訓練を重ねさせてはいるものの、やはり兵数が少ない。それを補うために志願者を募ったため、元は非戦闘員のものも多く、戦闘中、士気が崩壊し混乱を招く恐れがある。ギリギリの状態だ。まだ、手を打たねばならない。


 雨宮のような妖異殺しの名家と比べ、ずっと小さい重世界の中。掛け軸が飾られている和室の中で、老執事が差し出した粗茶を、彼が恭しく受け取る。


「お久しぶりです。柏木さん」


 目の前に座る妖異殺し出身のDSプレイヤーである柏木澄子は、両手を当て、にこやかにしていた。


「お久しぶりですの。倉瀬さん。色々、雨宮は大変なようですが……柏木にお越しいただき、嬉しく思いますの」


「ええ。実は、お話がありまして。単刀直入に言いますと、柏木さんが得たという霊薬ポーション。それを、全て売っていただきたい」


 DSのマーケットで集めることは難しく、企業も中々備蓄がない。龍の宝物殿にも全くなかった。彼は、今回の戦で最も重要になるであろう、医療品を欲している。


「……あら。なるほど。雨宮は、仕掛けるつもりなのですね」


「ええ。柏木さん。俺は仕掛けるつもりです。いくさを」


「そう、ですか……」


 顎に手を当て、考え込む彼女。酔っ払っている時騒いでいたことが、ここでこんな重要なことになるとは思わなかったと、彼は沈思する。あの話を思い出せば、彼女が欲しているものは明らかだった。


 彼女が湯呑を手にする。落ち着いた表情の彼女が、お茶を啜った。


「わたくし、安売りするつもりはありませんの。ねえ瀬場?」


「はっ。お嬢様」


 彼女の一言に、老執事は深く頷く。彼らの様子を伺っていた広龍は、勝負に出た。


 重世界の扉を開いた彼の後ろに、整頓され山積みになった金の延べ棒が現れる。


「柏木さん。ここに、重世界産の黄金があります」


「!? ど、え、あば、そ、そそそそそんな安売りするつもりはないですのって言ったですのん」


「いえ、これは頭金です。まだあります」


「えっ……まじ? く、倉瀬さん、どうやってこんなん……いや、おほん」


「こちらが、霊薬を売っていただいた時に支払う具体的な金額です」


 広龍はすっとその契約書を差し出した。紙面に記載されたその金額に、澄子は目をまん丸にさせる。


「…………しかしわたくしは、誇り高い柏木の妖異殺しですので。少し、考えさせて頂きたく」


「キャッシュで支払う準備がこちらにはあります」


「よろしくお願いしますの。今回の話だけでなく、雨宮、いえ、倉瀬さんとは、末長くお付き合いさせて頂きたいかなと。わたくしの婿に来ませんか? わたくし可愛いですよ?」


 紙面に掲載された額が、今の雨宮に出せるものではないことを澄子は察しているようだ。


「……婿はお断りしますが、今後ともよろしくお願いできればなと」


「いや〜しかし。えげつない金額出しますわね。これ、もしかして雨宮の方が全然勝算あります?」


 一度瞳を閉じ、決意を見せるように黒漆の魔力を発露させた彼は、言い放つ。


「勝算なくして、戦は始めません」


「うーん……瀬場。ちょっとこっち来なさい」


 こそこそ話を始めた二人が、彼の目の前で相談を始める。お嬢様の賭博癖には困ったものですとか、ここは全ベットしかあり得ないですのとか、流れが来てるとか、そういった言葉を彼は聞いている。興奮した様子の澄子を押しとどめるような仕草を、瀬場がしていた。


「ごほん……瀬場に止められたので、全面的な協力は不可能ですが……何か、妖異殺しの家に用がある時は、この柏木をお使いください。協力致します」


「……それは、なぜ?」


 願っても無い申し出に、彼は体を前のめりにさせる。それに彼女は、妖艶な笑みを浮かべ口にした。


「弱き家には、弱き家なりの立ち回りがありますので」




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