第七十話 翻る叛旗



 陽光は燦々と降り注ぐ。里葉を救うため突入したこの重世界空間の中で。

 今目の前には、障害が二つある。


ッ! 墜ちよッ! 竜ぅううううううう!!!!」


 一本一本が触れてはならぬと確信させるほどの妖刀が、降り注ぐようにやってきた。一度刀を鞘へ納めた後、上下に重ねた右手と左手の間に黒雲を生み出し、雷電を滞留させる。


 爆発するような轟音とともに、枝分かれした一筋の雷光が全ての妖刀を迎え撃った。


「ふはははははっ!! 気になるか竜よ! その剣はな、戦国の世に量産された数打ち物、”妖刀首切り”と呼ばれるものよッ! この通り、まだまだあるのだッ!」


 手元から生み出されるように現れた妖刀を彼女は握り、神速を以って投擲する。

 その軌跡を、竜の瞳が捉えた。第六感と共に、確信を伴って回避する。


 ……頬に、一筋の切り傷ができた。血がつぅと垂れて、面頬が濡れる。


「私を忘れられては困るな。愚竜」


 即座に抜刀し、側面より切りかかってきたその剣豪を相手にした。この男、間合いの取り方が天才的だ。捉えどころのない立ち回りはまるで陽炎のようで、振り放たれる剣は剛剣である。里葉と刃を交えた日のことが、頭にちらついた。


 銀雪が、奴に向けて氷息を放ち鍔迫り合いをする奴を回避させた。

 また一定の距離を保ち、仕切り直す。


「……『曇りなき心月』と共に』


 呪いをも打ち払う、月光の祈りが俺の体を包んだ。


 ……周囲を確認する。


 目をしどろもどろさせ、状況に追いつけていない妖異殺し。即座に警戒態勢を整え、いつの間にか武装していた重家。よし。だんだんと、彼らが戦いから距離を取ってきた。まだ混沌とした様相ではあるが、次第に落ち着くだろう。


 その最中。奥に見える愛しの彼女は手を握り、祈るようにしていて。横にいる白川当主は、あのふざけた筆頭重術師と話をしている。







 当主義広は、肘をつき彼らの戦を見守る。


「……どうやらあの竜は、老桜と義重で十分抑えられるようだ。鳴滝。全ての兵を動かせ。あの雨宮分家のバカ共にも伝令を送るのだ。攻め込んできた竜が雨宮紋をひっさげてきたことを名目に、雨宮の城を制圧せよ、と」


「ははっ。御館様。では、動かせる隊を全て展開させます。おそらく、数分もかからぬかと」







 指示を受けた白川の兵は、即座に行動を開始し、雨宮の城へと向かう。各地に展開していた妖異殺したちは集結し、今、雨宮の城へ突入した。


 各地より続々集まる白川直属の兵の数は、三百に届こうとしている。各家の戦力も集まれば、もっと増えるだろう。


 戦国の世には、幾度も武士の侵攻を防ぎきったという、難攻不落の城。しかし今となっては、その防備を活かせる兵も少ないし、簡単に制圧できるだろう、と、隊を率いる老練な男は確信した。


 彼らが突入した、すぐ目の前。何故か吊り橋は下げられたままで、城門は開いている。


「……大方、我らを誘い込んだところで襲撃を仕掛けるつもりであろう。警戒を怠らず、そのまま進め」


 彼らが歴戦の雨宮によるゲリラ戦を警戒し、武器を構えたままゆっくりと三の丸を抜け、二の丸の城壁に彼らが辿り着いた場面で。


 

 魔弾の雨が、突如として彼らへ降り注いだ。



「なっ━━━━」


 魔弾が織りなす弾幕の海に、彼の魔力障壁が削られた。頭上、城壁の方を見上げてみれば、


 彼はその魔弾の術式から、どこの家のものかを特定しようとした。しかし、余りにも特徴がなさすぎる、基礎に徹したそれに、一切の手がかりを得ることができない。


 城壁の上にて彼らの動きを探る指揮官の装備は、洋装。

 腰元に取り付けられているのは━━スマートフォンだった。


「隊長! 右方より、雨宮の妖異殺しが打って出てきました! 決死の突撃に、死傷者多数!」


「た、隊長! あそこから何か、頭のおかしいやつがぁッ!」


 彼の部下が指差した先。そこには、素手で妖異殺したちを制圧していく、謎の青年がいる。その男に追従する雨宮の妖異殺しは、長刀を振るい、彼らの仲間を斬り殺していっていた。


「ぜぇん! ぜんぜんぜんぜんぜん! ぜぇんッ!!」


 たった一人の男に投げ飛ばされ、吹き飛ばされる友軍。


「チッ……やりおったなァ! 雨宮ぁあああああ!!!!」


 隊長と呼ばれる彼は、城壁の上で戦況を見守る男を睨む。彼が鋭く、魔力と共に腕を振るった。

 静かに放たれた魔弾を、指揮官の男は片腕で弾く。外国人に見える彼は、皆に聞こえるよう静かに呟いた。


「初仕事だ。諸君。気を抜くなよ」






 白川の城にて。竜喰を用い、飛来する妖刀を斬り払った。隙を見て斬りかかってくる義重と、圧倒的な物量と力で、この竜すらも抑えつける老桜。俺はまだ本気を出していないとはいえ、簡単に勝つことは出来なそうだ。


「ふむ。奪いにくると言っておいて、そちらから来ぬというのか……よかろう」


 瞬間。重世界が歪む。何かを手にしているように見える老桜は、それを妖刀へ預け、再び剣を投擲した。


 何度も何度も、同じような動きをしやがって……


 そう考えながら、竜喰を構え雷光を迸らせた時。竜の瞳を以って、その存在に気づく。


 ━━飛来する妖刀。その一つ一つが、生きている!?


 降り注ぐ妖刀が炎を纏い、風を纏い、霊水を放って、


 それぞれの妖刀が今、魂を持っていた。俺たちプレイヤーの間で実力の差があるように、一本一本の妖刀にも今、その差がある。


「銀雪ッ!!」


 俺の意思に応えた銀雪が氷息を高出力で放ち、妖刀を殺す。その勢いに乗り、刀を構えて老桜へ斬りかかった。彼女の右肩を捉えたその一閃に、手応えがない。


 体を業火とした彼女に、刀がすり抜ける。切り口から周囲に飛散した灰。

 竜の瞳を以って彼女の動きに気づき、首を傾け回避した。


 跳躍し、一度距離を取る。

 頬の肉が削り取られ、頬の骨が晒されていることに気づいた。


「……『曇りなき心月』と共に」


 月光の祈りが肉を埋め、その傷を癒す。

 業火とともに体が真っ二つになっている老桜は、地に落ちた灰を吸引するように集め、再びその体を形作った。


「ククク……妾が言うことではないかもしれぬが、お主、面倒よな」


「……一体幾つの能力を持っている」


「生の数だけよ。無論、中には使い物にならぬものもある。それよりもいいのか? 貴様の後ろ。刃が迫っておるぞ」


「ちっ……」


 銀雪を使い、ゆらりと現れた剣豪の対処をさせた。






 壇上の近く。ただ祈りを捧げる彼女と、この状況に苛立ちを隠さない当主。周囲の重家はまだ状況についていけていないものが多く、混乱の最中にある。


「も、申し上げますッ! 今現在、雨宮の城に突入した白川の兵が、守兵と交戦中! 堅固な守りを前に攻めあぐねており、苦戦しているとのこと!」


「く、加えて……雨宮分家の重世界へ重術師が確認に向かったところ……」


 報告する部下が、震える声で叫んだ。


「雨宮分家の重世界が、消失。ど、どこにも見当たりません……」


「は……?」


 戦慄く彼は、妖異殺しと戦う空想種の姿を見て、何が起きたかを確信した。


「なんと……あの小娘……ふざけおってェ!! あの竜だ! あの竜が、雨宮分家の重世界を吹き飛ばしおったな! 同族殺しの禁忌を犯すのか! 雨宮ぁああああああああ!!!!」


 地団駄を踏み、強く握り拳を作った義広が、部下のものに命ずる。


「今すぐ雨宮怜を捕らえろッ! 四の五の言っておられるかッ! 今すぐだッ!」






 戦う広龍の姿を見る怜は、手に汗を握り、ただその勝利を願っている。重家の峰々に混じる彼女の元へ、当主の指示を受けた白川の者が、すーっとやってきた。


 彼女はあえて、ただ一人でこの場所へやってきた。自らを守るために割く兵など、一兵もない。


 手に術式を灯し、怜へそれを向ける鳴滝が、静かに呟く。


「……雨宮怜。こちらへ来ていただこう」


「……くっ」


 鳴滝が手を伸ばし、怜を連行しようとしたその時。冷たい刃が、彼の首筋に立てられた。

 彼の後ろに立つのは、うら若き少女。ナイフを手に取る彼女は、彼の首を断ち切る覚悟があった。


 一筋の血液が、肌をなぞる。


「な……お、お前は……佐伯家の秘蔵っ子。佐伯初維!」


「この戦、妖異殺しの義を以って見届けんとす、と爺様が……この場において、白川と雨宮の戦が続く限り、雨宮家当主怜の身の安全は、佐伯と晴峯によって保証されます」


 予想外の支援に、目を見開かせる雨宮怜。竜と古き妖異殺しの喧囂を背景に、鳴滝は呟いた。


「くっ……雨宮怜。貴様ら、何をした……? 雨宮ッ!!」


「……いくさを仕掛けたまでです。鳴滝。これは、雨宮の興亡を賭けた戦。貴方に、家を滅ぼす覚悟はありますか」


 彼女は思い出す。たった二週間の、戦支度を。



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