第六十話 重家情勢複雑怪奇(1)


 夜の帳が下りた、東京の一等地。超高層ビルの屋上に用意された、社交の場。皆が恥をかかぬよう、この日のために用意した煌びやかな衣装に身を包みながら、交流を深めている。


 妖異殺しや重術師の家である重家。『ダンジョンシーカーズ』運営。政府から派遣された役人に、重世界に関わる事業を立ち上げ利益を求めるビジネスマン。海外からの招待客。そして、ごく一部の上位プレイヤー。


『ダンジョンシーカーズ』の成功を祝い更なる飛躍を期すこの会で、様々な思惑が交差する。ここは、ただ飲み食いをして楽しむ場ではない。皆がそれぞれ持つ目的を達成するために、機会を掴もうとしているのだ。


 広々としたホール。その中で行き交う人々を眺めながら、里葉を待つ。


 いわゆる上流階級の人間が集まるこの会の中で、こういった会合のマナーに疎い上位プレイヤーたちに対しては運営が礼装を貸し出したり、御付きの者を用意してくれることになっていた。しかしながら俺は里葉と仲が良いので、里葉の実家である雨宮家に、そのあたりをカバーしてもらえることになっていた。


 ここにも何らかの思惑を感じるが……まあ、良いだろう。


 給仕の人に貰ったノンアルコールカクテルを飲みながら、ただ彼女を待ち続ける。やはり、女性の方がこういう準備には時間がかかるんだろうな。当然か。


 机に寄りかかり、暇つぶしにグラスの中の気泡を見つめる。その時、背後から誰かが近づいてくる音がした。足音を聞けばすぐにわかる。もう、準備は終わったのだろう。そう思って、里葉に声をかけようと振り返った。


「里葉。待ってた」


 そう声をかけたものの、そこに立っていたのは里葉に似ている別の人で、ひどく驚く。身長の高い里葉よりも小さく見える彼女の、セミロングの黒髪が夜会の華やかな照明に照らされていた。彼女は藍色のコートを着ていて、あまりパーティーらしい格好であるようには思えない。いや、もしかしたらこの上着、防具の類か。


「……私は、里葉ではないです。倉瀬広龍。どうも。初めまして。里葉の姉の、怜と言います」


 訂正するその姿まで、彼女に似ている。顔立ちは彼女と同じように整っていて、やはり里葉の面影を感じた。


「……申し訳ない。間違えてしまいました」


「今日は、雨宮の方から出席いただきましてありがとうございます。私はすぐにここを離れて他家の挨拶に回りますが━━」


 歩き始めた彼女が振り向いて、俺の方を見る。


「明日。雨宮の家の方に来てください。積もる話もありますので」


「……ええ。お伺いします」


 あの人が里葉の姉……雨宮家当主代行であるという雨宮怜か。どこか刺々しいように見えるけど、あの里葉の姉なので心配することはないだろう。


 里葉の言動から、彼女が怜さんを慕っていることは伝わってくる。きっと、悪い人じゃない。


 張り詰めた雰囲気とともに、社交の場所へ繰り出した彼女を見つめていた。


 その時。


「倉瀬さん。お待たせしました」


 背後から、聞き慣れた彼女の声が聞こえる。妙に他人行儀なのでまた別の人かと疑ったが、俺が里葉の声を聞いて間違えるようなことはない。間違いなく彼女だろう。


「里葉。待ってたよ」


 グラスを一度机の上に置き、彼女の方へ向き直る。夜空の色をしたイブニングドレスに身を包む彼女は、この世のものとは思えぬほどに美しい。彼女の登場とともに、会場中の視線がここへ集まったような気がした。


 強い好奇の視線。尊敬に恐れ。そして……敵意? 竜の第六感から、その質を即座に察する。しかしその視線は、勘付いた俺に気づいて霧散するように消え去ってしまった。


 しかし、そんなことよりも里葉の方が大事だ。このまま彼女のコーデの感想を述べようと考えて、口を開こうとする。もしかしたら、俺の服の感想も言ってくれるかもしれない。


 そんなウキウキの俺を遮るように、彼女が小さな声で囁き始めた。


「私たちの関係を、知られてはいけません。あくまでも私たちは戦友。そのていで行こうと思います」


「………………おう」


「とりあえず、今私と貴方がこうして立っているだけでも、良好な関係を築けているということを示せました。このまま私は挨拶回りに行きますので、ヒロもご自由に」


「………………うん」


「あとで、ね?」


「おう」


 クスクスと笑った里葉が、そのままこの場を去る。もう少し二人で居たかったけど仕方ない。自分も、出来ることをやろう。


 ……東京に出て来て、もっと人脈を広げねばならないという考えを強めた。重家は強い。俺も組織的な、人の繋がりを主体にした強さを手に入れないと、刀を振るうだけでは成立しない別の戦いにきっと負ける。


 幸いにも、切れる手札は多い。まずはウォーミングアップと行こうかなと、まだ話しやすそうな上位プレイヤーの人へ声をかけた。






 夜夜中。夜会は続く。


 この前の桜御殿での集まりで知り合い、その中で最も話が盛り上がった六番目の柏木澄子さんと話をする。和装の正式礼装に身を包んだ彼女と会話を続けた。


 度数の高いアルコールを楽しむ彼女は機嫌が良いのか、桜御殿の時以上に饒舌である。


「ふふふふ。柏木の家も、こんな場所に来れるようになったんですの。格の低い家とされその地位に甘んじてきましたが、大逆転ですの。ダンジョンシーカーズさまさまですわね。ま、群れる仲間はいないですが」


 周囲を見回してみれば確かに、集団というか派閥で集まる妖異殺しの姿が多いように見える。彼らは皆強い魔力を持っているので一目見ればわかるというのもあるのだが、そもそも全員が和服の礼装だったので、すぐに区別がついた。


「ふふふふふ。でも御覧なさいあの悔しそうな顔。わたくしはプレイヤーとしての立場もありますので倉瀬さんとこうしてお話しできていますが、彼らはそれができない。ざまあないですの」


「あ、俺が狙われてたんですか?」


「そりゃあ、あの”凍雨の姫君”とともに幹の渦を攻略してみせたんですから、当然ですの。今最も注目を集めているのは、雨宮とその周囲ですから。貴方も、もう雨宮に近しいもの扱いされてますの」


 雨宮の者として扱われているので、妖異殺したちが話しかけられないんだと思いますけど、と柏木さんは言う。続いて彼女は不思議そうな顔で、なんであんなに運営に腫れ物扱いされてるんですの? 理由が分かりませんと真顔で聞いてきた。運営側に避けられる理由がないはずなのに避けられている俺を見て、純粋にそう思ったそう。デリカシーがない。


 適当に濁しながらのらりくらりと躱す。


 ……おそらく怜さんのいる運営だけが、俺が”竜”となったことを知っている集団だ。他の重家の峰々は俺が何かやばそうということには気づいているけど、具体的なことは全く分かっていない。


 あ、柏木さんが給仕さんに手渡されたもう何杯目か分からないショットを一気飲みした。俺はお酒とかわからないけど、ギョッとした顔の給仕さんを見れば分かる。大丈夫か? この人……


「俺は雨宮ではない、プレイヤーなんだけどな……」


 目を細くさせた澄子さんがニヤリと笑う。


「……貴方の服、さりげなく雨宮の家紋が入ってますの。ほら。この、剣片喰つるぎかたばみに水」


 俺の服の裾をつんつんと突いた彼女が、目立たぬように施された雨宮の家紋を俺に見せてくる。全く気づかなかったと驚く俺の様子を見て、彼女がクスクスと笑った。


「当主代行はやり手っていう評判、間違いなさそうですわね」


 澄子さんが指し示すように、グラスをある集団の方へ向ける。そこでは、怜さんと里葉率いる雨宮の集団が、知らない妖異殺しの家と歓談を楽しんでいた。その後は、妖異殺しに関わらない商社のものと話をしている。


「雨宮は元々、妖異殺しの名家中の名家ですの。ただお家騒動が何回もあって、ぐちゃぐちゃになりました」


「……へえ」


「それがダンジョンシーカーズさまさまで、また元の地位に戻ろうとしているのですから、勝手に仲間意識感じるところもあるますわね。うふふん」


 ……喋り方が怪しくなってきたように思える。明らかに酔ってるな。この前はお酒を飲んでいなかったのに、ここでははっちゃけている。


「いや〜いろんな人がいるますわね。あれは、国の大臣でしょう? 高名な研究者に、同盟国の司令官。他にも続々おーるすたーですわ。しかし、今回の主役は彼らじゃありません。御覧なさい。あの雨宮と運営に、敵意を向けている派閥を。びーる片手に観戦気分とはまさにこのことですの。あ、手羽先食いたいですわね」


「……」


 この人、お淑やかなのかそうじゃないのかもう分からないな。


 彼女がグラスを向けた先にいるのは、和装に身を包み、剣呑な雰囲気を放っている集団だった。彼らの近くには誰も近寄らず、まるで参加すること自体に意味があるだけだと言わんばかりの連中である。


「あれは、重術師の名家。白川家ですの。念話や重世界間を利用した運搬技術、重世界空間の維持などを発明した、重術の権威といっていい存在ですわ。ここ数十年、イケイケだったんですますのけれど、”驚嘆の重術師”空閑肇の『ダンジョンシーカーズ』ともろ競合して、そっちの方がはるかに優秀で汎用性があるのでぼっこぼこにされてますの」


「……やっぱり、権益が関わってくるんだな」


「そうですの。しかも……いや、これは私の口からは話せませんね。まあ、でも、心配無用ですわ」


 グラスになみなみ注がれた酒を、ごくりと一気飲みした彼女が言う。




「確かに権力争いやら派閥争いはありますけれど、妖異殺しには”誇り”がありますわ。連綿と続けられた、高祖の高潔なる精神。倉瀬さんは妖異殺しの世界をご存知ないでしょうけれど、妖異殺しは力を持つものの大義として、決して侵さない一線がありますわ。重術の名家である白川が、それを犯すようなことはまずありえませんの」



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