第六十一話 重家情勢複雑怪奇(2)

 



 夜会はまだまだ続く。妖異殺し出身のプレイヤーである柏木澄子さんの話を聞きながら、妖異殺しについての知見を深めた。


 しかし酒が更に入り、もっと饒舌になった澄子さんがお金の話をぶつぶつと始めたあたりで、雲行きが怪しくなったように思う。


「家格が上がったのはいいんですの……でもそれに伴う出費が多すぎですの。柏木家には表側の子飼いの事業もありませんし、お金……お金が……金ぇ……」


 ……見捨てるようになってしまうが、適当に切り上げて彼女と別れた。


 会場の中を一人進んでいく。俺に集まる好奇の視線。そして、手練れの者から向けられる、強い警戒の色。出来るだけ威圧感を抑えようとしているが、それがむしろ底が見えないという恐怖感を相手に与えているのかもしれない。


 会場の中。見知った顔がないか確認していると、あの桜御殿の交流会にいた、八番目の戌井さんが立っていた。どこかオロオロしていて、運営から借りたであろう高級そうな服を着ているというよりかは、着られているというような印象がある。直球を投げるようだが、なんかみっともない。あ、あそこにいるの立花さんだよな。戌井さんを見てすっごくイラついてる……別にいいのに。


 あ、彼に、四番目の濱本さんが声をかけた。フレンドリーに接する彼は前の桜御殿での態度といい、すごく善人に見える。今も現に、孤立気味の彼に声をかけているわけだし。


 周囲の様子を伺いながら、誰か近づいてくるものがいないか待つ。しかし、なかなか話しかけてくる人がいない。こちらから話しかけようにも、誰が誰だか分からないし……近づけば避けられる。


 妖異殺しの家と、その歴史は侮れるものじゃない。出来るだけ、DSをきっかけに生まれた新興の勢力に繋がりを持ち、対抗できるようにしておかねば。そのためには、ここで色々なコネクションを作っておきたい。


 超上位プレイヤーである俺は、懐に様々なアイテムを蓄えているんじゃないかという噂がある。それを聞きつけその売買を委託してほしいビジネスマンたちが、俺に話しかけてきた。契約を結んだりするつもりは今のところないが、邪険に扱うつもりはない。話せる人間として、周囲にアピールをするように歓談を続ける。


 軽い挨拶を交わし、スーツ姿の男が場を去る。

 色々頑張ってみてはいるものの、やはりぽっと出の俺が頼れるほどのコネを作るのは難しいか。仙台にこもりっぱなしだから、顔見知りのプレイヤーも交流会からの人しかいないし。


 諦めた心持ちで、グラスに口をつける。俯瞰するように会場を見つめる中。


 初老に差し掛かるであろう外国人の男と、ガタイのいい、スーツがあまり似合わない壮年の男性が俺に声をかけてきた。


「どうも。こんばんは。ミスター倉瀬。少し、いいかい?」


 白髪の目立つ白人のおじいさんが、俺を見据える。日本語を喋れるようには見えない容姿をしていたので、その流暢な語り口に驚いた。彼の体は鍛え上げられていて、服の上からでも筋肉質であることがわかる。さっきのビジネスマンたちのようには見えない。


 隣に立つガタイのいい男性は、日本人だろう。どこか緊張しているようにも見えた。


「こんばんは。お二人の名前を、お伺いしても?」


「私はザック・フィネガン。横に立つ男は芦田茂という男だ」


 親指を立てて、隣に立つ芦田さんを指差しながら語った彼の仕草はなんだかラフだ。彼に耳打ちするように、芦田さんが小声で話す。竜の聴覚を以ってすれば、簡単に聞こえてしまったが。


「おい。ザック。彼は妖異殺しの家のものじゃないぞ。俺たちと同じプレイヤーだ」


「黙っていろ。芦田。お前はハンマー振り回してればいい。私を信じろ」


 ……同僚であるというよりかは、仲間、であるように見える。やり取りからして、彼らの関係は良好そうだ。


「私たちは、アシダファクトリーという名前のPSSC。言うなれば、民間探索者会社とでも言えばいいものかな。そういうものたちだよ。超上位プレイヤーと言っていい貴方と、話をしたいと思ってね。よろしく頼むよ」


 彼が名刺を差し出した。






『ダンジョンシーカーズ』の正式リリース以降。重世界に関わる事業が多く立ち上がり、また既存の事業も、それに合わせて形を変えた。新たなビジネスチャンスなど、重世界が与えた影響はとんでもないものである。


 彼らが属するという、アシダファクトリー。いや、正確に言うと芦田製作所は、そんな影響を受けた企業の一つなんだそうだ。


 事故で家族を失い、一人で町工場を営んでいた芦田さんは経営難に苦しむ工場を救うため、DSのβ版に応募しDSを始めたという。天涯孤独の身であるという他の若いDSプレイヤーや孤児を仲間に受け入れて、そこから大所帯になっていったそうだ。


 そうやって、DSを使いチームで金を稼いでいた頃。正式リリースの前。集団でダンジョンを攻略するプレイヤーたちがいるらしいと聞きつけた元民間軍事会社所属のザックさんが彼らの元を訪れ、なんやかんやで仲間になり、今プレイヤーを社員とした民間探索者会社を営んでいるのだという。


 その業務は、特定の渦の破壊。アイテムの収集。警備など多岐に渡り、武力を有する傭兵のようなポジションにいる彼等は、既存の事業を上手く適応させた新たなビジネスモデルとして注目を集めているらしい。そのおかげで、このパーティーに参加する権利を得たそうだ。


「いやしかし、この国は面白い。歴史がそうさせたのだろうが、妖異殺しは自治権を持っていると言っていいほどの力を有している。一種のアンタッチャブルゾーンとして扱われてきたのだろうが、ここに来て大きくプレセンスを高めた」


 饒舌に語る彼が、何を求めているのかまだ分からない。


「……そうですね。私はただのプレイヤーですが、組織としての妖異殺しにすごく驚いています」


 俺の一言に、態とらしく哄笑した彼が続ける。


「ハハハ。ただのプレイヤーとは中々のジョークだ。ミスター倉瀬」


 彼が俺の方を向く。彼は人差し指を立てた後、ある話を始めた。


「……正式リリース以降。多くのプレイヤーたちが名を上げ、強者が生まれた。そんな情勢の中、ある議論がある」


 ニヤリと笑いながら、グラスと氷の音を奏でる彼。彼は間を持って、なかなか語らない。


「……『ダンジョンシーカーズ』のプレイヤーの中で、誰が一番強いのかというね。しかし議論は毎回、二つの答えに着地してしまうんだ」


 彼が、ウイスキーをゴクリと一口。隣に立つ芦田さんは声を発さずに、お酒をちびちびと飲んでいる。


「まず、DS最強は間違いなく、新宿のダンジョンを全て狩り尽くしたソロプレイヤー。楠晴海であるという答え。彼女は複数のB級をソロで攻略した化け物だ。実力不足の私にはその偉大さが分からないが、妖異殺しどもは浮き足立っているし、きっと貴方ならその意味が分かるのだろう」


 ……頭に浮かべるのは、B級ダンジョンの光景。里葉と二人で攻略したあそこは、並大抵の実力でいける場所ではない。渦鰻。防衛機構。妖異の軍勢。そしてあまりにも長い階層たち。


 ……俺が突入した二つのB級ダンジョン。そのどちらにも、渦鰻が蔓延る階層があった。俺は里葉がいるので交戦を避けられたが、もし他のB級ダンジョンも同じであれば、あの楠晴海という女性はそれをなんらかの方法で突破できる実力があるということになる。


 桜御殿の中。隣に座る彼女から感じた重圧と、掴み所のない魔力を思い出す。


 生半可なものではない。


「ただそんな中、その上の等級を行くA級ダンジョンを攻略したものがいると言う。一人の高名な妖異殺しを伴っていたとはいえ、その実績は間違いない。しかし、その男は仙台というプレイヤーがほとんどいない地域にいたものだから、誰も実力を知らないと言うのさ。だから、最も強いもの━━最強が、二人になってしまう」


 暗に俺のことを指した彼が、ニヒルな笑みを浮かべる。

 空になったグラスをコトリと机の上においた彼は、最後に言葉を残そうとした。


「今この場に彼女はいないが……最強に近いとされる君にも、伝えておこうと思うことがあってね。私たちPSSCは、信頼できる買い手を、庇護下に入れてくれるものを探している」


「……!」


「では」






 倉瀬広龍という、実力がベールに包まれたままのプレイヤーと会話をして離れた後。立ち並び歩く二人。芦田は少し咎めるように、早歩きで進み続けるザックに話しかけた。


「おい。ザック。時間は限られているんだぞ。俺たちが売り込まなきゃいけないのは、妖異殺しの家じゃなかったのか」


「黙っていろ。芦田。確かにその通りだが、チャンスというのは想像もつかない場所に転がっている。それに、あの男と知り合いになったのは間違ったことじゃない。仲間たちとバラバラになりたくなくて焦るのは分かるが、急いては事を仕損ずるぞ」


「……それはそうだが」


「俺とて焦っていないというわけじゃない……想定よりも、国の立て直しが早いんだ。それに、平和なこの国では社会運動がある。それを考えれば、芦田製作所を高く、早く、良いものに売りつけねばならない」


 焦燥に一度歪んだ表情を、彼は霧散させる。

 妖異殺しの家のものへにこやかな表情を浮かべながら、ザックは彼らの元へ駆け寄った。


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