第五十八話 ボス戦:東京ダンジョン

 


 風に丈の短い草花が靡く。目の前の岩場。九十度に近い壁面を登る山羊のモンスターに囲まれ、その一匹を食らいながら、その妖異は座して君臨していた。


 鋭い黄色の嘴が、血肉を千切っている。


 鷲の頭と前足。四足歩行の後ろ足は獅子のもので、背中からは絢爛たる大翼が生えていた。


 立ち上がり、首と翼を伸ばしたそいつは、天を睨んでいる。


『『クォオオオおおオオオオおッッ!!!!』』


 伝承種。四つ足の怪鳥。


 ……グリフォンか。


 相手にとって、不足はない。この渦の王に相応しい。

 このダンジョンに突入してから、何度も続けた戦。それが今、俺の戦闘力を向上させている。


 竜喰を構え、銀雪が飜り奴を睨む。生物としての格を考えれば、奴は俺にかなり劣る。この渦を防衛するため烈々として俺に相対するものの、左足が一歩引けていることに気づいていた。


 ……よし。


 魔力を操作し、あえて魔力障壁を消失させる。俺の不可解な行動を見たグリフォンが、唸り声をあげた。


「構うな。俺はここにいくさをしにきたんだ。ただ、いたぶろうと思ったわけじゃない。俺は、常に戦っていたいんだよ」


 竜魔術を用い、ゆっくりと空に浮かび上がる。翼を広げ俺を威嚇したその姿に、笑みを浮かべた。

 空中戦と行こうじゃないか。





 銀雪と共に、駆け抜ける空。雲間を突き抜け奴と並走するここで、激しい、直角に何度も曲がる機動を取る。

 急転回した俺についていこうと、奴が翼を大きく広げ急停止した。嘴に集中させた風の魔力を使い、暴れ狂うような暴風の魔弾が俺を狙ってくる。


「銀雪」


 俺の一言に応えた銀雪が首を横に曲げ、白銀の光線を放った。それは暴風をかき消して、奴の翼を掠らせる。また、当たらなかった。しかしまだこいつも、赤ん坊みたいなものだからな。


「銀雪。狙いが甘いぞ。敵の動きを意識して狙うんだ」


「クルルルゥッッ!!」


 こいつは聞き分けが良いので、ささかまと違って楽だ。


 嘴に集中していた風の魔力が、今度は奴の大翼を覆っている。グリフォンがその場で滞空し、奴は俺に向け何度も翼を叩いた。


 回避できない烈風の刃が、空に吹き荒れ雲を霧散させる。


 魔力障壁のない今、それを防ぐ手段はない。しかし、急所がやられなければいい。

 脛当てや胴、籠手に衝撃が走る。何も覆っていない、こめかみと額、目尻あたりに傷が走った。目は見開いたままで、瞬きはしない。


 黒甲冑についた多少の傷であれば、すぐに『復元』する。問題ないだろう。

 しかし、こめかみに走った傷が奴の魔力に侵食されジクジクと痛む。死にかけたことのある今、我慢できる程度の痛みではあるがこの傷を負ったままなのは面白くない。


「……『曇りなき心月』と共に」


 スキルの発動に合わせて、俺の背に月明かりが灯った。朧げに三日月を形作るそれは、満月となる。

 背負った天満月あまみつつきが空に溶け消えた時。靄のような月光は俺の傷口に滞留して、傷を癒した。




 ☆ユニークスキル

『曇りなき心月』


 澄み切った心の持ち主である彼は、自らの信念を灯火に闇を突き進む。


 常時発動パッシブ


 決定的なまでに不利な状況に陥ろうとも、絶対に諦めない。


 能動発動アクティブ


 自身の傷を癒す持続回復と高揚を付与。CD 15秒。

 状態異常を全て解除する。CD 30秒




 神々しさすら感じられる月光の祈りを前に、グリフォンが一度大きく距離を取った。


 ダンジョンに潜ることが大好きで、戦いをただ続けたい俺。

 その果てに竜の身となってしまった俺が辿り着いた、ついに完成した、一つの戦闘理論。


 残躯なき征途。曇りなき心月。そして、不撓不屈の勇姿。


 俺が得た特異術式と竜の能力に、共に戦場を行く銀雪。

 これらが齎す相乗効果は、計り知れない。


 まず、俺が最初に得たユニークスキルである『不撓不屈の勇姿』。それは、どんな恐怖が相手であろうと、俺に立ち向かう意志を与える。そして今となっては、ただ身体の限界を越えるだけのスキルじゃない。竜の身となった己の枷を外すことができるそれは、強力無比と言っていいだろう。


 『曇りなき心月』。決して諦めないという鞏固きょうこな信念。戦闘で負った傷を癒して、毒の類を無害化する。守りと耐久に特化したこの特異術式は、攻撃に振り切っていた俺を支えてくれる。


 そして、『残躯なき征途』。いつまでも戦っていたいという俺の精神を具現化したかのようなそれは、戦えば戦うほど際限ない力を俺に与える。アクティブの方はまだ使える状態にないようで分からないが……まあ、本筋には関係ない。


 この三つの特異術式を核とする俺の戦闘理論は、至って単純。


 それは、継戦能力への特化。


 まず戦争において至上とされる、戦わずして勝つという考えがあるが、恐怖に立ち向かい、諦めるということがない俺を相手に戦わずに済むという選択肢がない。


 そこで戦闘を開始すれば、剣技に銀雪の遠距離攻撃、竜魔術による機動戦が待っている。


 文字通り竜の鱗を模した『被覆障壁:竜鱗』と竜喰などのアイテムによる防備に、『竜の瞳』と『竜の第六感』による回避を可能とした俺の守りを崩すことは非常に難しい。加えて、やっとの思いで俺に傷を与えても、それは全て『曇りなき心月』により回復する。毒や呪いの類を用いても、そもそも竜の体にそれが効くのか疑問だし、効いてしまったとしても解除できる。


 そうして時間がかかればかかるほど俺の能力は強化されていき、相手はジリ貧となる。仮にそれを嫌い短期決戦に臨んだとしても、竜の限界を越える『不撓不屈の勇姿』とその自傷を抑える『曇りなき心月』の発動を以ってすれば、大抵の敵には対抗できるだろう。


 我ながら、隙のない布陣だ。倒すためには戦うしかないのに、戦われると強くなってしまう。大体の相手に自分の強さを一方的に押し付けられるこの能力は、俺にぴったりだ。何か特別な能力を持つよりも、俺は普遍的な強さを求める。


 他にも龍の宝物殿で手にした武装などがあるが……やはり、一度完成したと言っていい。


 距離を取っていたグリフォンに向け、黒雲を生み出し雷光を放つ。更に、俺に侍る銀雪が白銀の氷息を放った。それを間一髪回避し続ける奴は、苦悶の表情を浮かべているように見える。


 魔力と共に与える重圧を強めていく俺の姿を見て、グリフォンが弱気な声を出した。このまま奴を一方的にねちねちといたぶり、どこまで身体能力が強化されるか確かめてみてもいいが、それはもはや戦闘ではない。


 高潔なるこの渦の主人に、敬意を。


 一度刀を構え直し、天空にて突撃する。俺の求めるところを察したグリフォンが、誇りを乗せた大風と共に鉤爪を向けた。


 すれ違うようにして、一閃。深々とした傷を奴の胴に与え、その魂を竜喰が喰らった。奴の鉤爪もまた俺の胴を突き、烈風と共に凄まじい衝撃が走る。しかしそれは、俺の黒甲冑を打ち砕くことすらできない。


「惚れ惚れする一振りだった」


 後方から、灰燼となり爆発する音が聞こえる。


 想定していなかったトラブルがあったものの、久々のダンジョン攻略はすごく楽しかったし満足できた。


 最後に、この階層にまだ残っている山羊のモンスターを、銀雪の氷息で狩る。堂に入ったその姿を見て、この渦に入る前と後では、命中率が変わっていそうだなと思った。やはり俺の片割れなだけあって、戦闘における学習が早い。


 奴が座していた崖に着地し、報酬部屋へ向かった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る