第五十七話 攻略:東京ダンジョン(2)
第二階層の妖異を一匹残らず撃破して、降り立った第三階層。また箱庭のように壁と柵に囲まれたこの空間。ここは平原に鈍色の巨石が転がる、不思議な場所だった。
竜の第六感と空間識を重ね合わせ、またこの階層を探査する。その時、違和感に気づいた。
どうやら、この階層の妖異が一箇所に集中している。
風に乗った灰燼が、俺の顔を撫でた。
「……」
行く、か。
竜魔術を用い、空を飛ぶ。宙に生み出した雲を蹴って、さらに加速した。
そこにいたのは、身体中に傷を負っている一人の男だった。彼の周りには岩でできた巨躯の老人に、岩の蛇。岩のアルマジロなど、巨岩の体を持つモンスターに襲われている。刃こぼれをしてもう斬るという機能を失った両刃剣を持ち、血を流しながら戦う彼の表情は苦悶に歪んでいた。
丸まったアルマジロを手にした老人が、それを鋭く投擲する。魔力障壁を突き破ったそれは、彼の頭に直撃して。
気を失い、男は倒れる。そこに迫り来る、妖異たち。
「……銀雪。彼を守れ。俺が片付ける」
男に迫る妖異目掛け、空の黒雲から雷を落とす。その隙に彼の元へ辿り着いた銀雪が、氷の息を放ち岩の妖異を凍らせた。
竜喰を振るい、岩を喰らっていく。籠手付きの拳を放ち、妖異を粉砕した。
地に倒れこむ男の、息遣いは儚い。おそらく、二十代後半くらいの男性だろうか。彫りの深い引き締まった顔をしていて、どこか渋いような印象がある。防具としての機能も有していそうな、ぶ厚めのコートを着ていて、身長は俺よりも高い。
竜の瞳を通して見てみれば、彼の魂は揺らいでいて、割れそうになっていた。
「……」
ここで見捨てるという選択肢は、ありえない。
黒漆の魔力で彼の魂を支え、銀雪が開いた重世界の空間から赤色のポーションを取り出す。こいつは、結構な貴重品だ。DSのマーケットでも高値でやり取りされているし、龍の宝物殿にはほとんどなかった。
彼の口を開け、赤色の液体の霊薬を投与する。体に負っていた外傷がみるみる塞がっていって、血色が良くなった。
「銀雪。一度隠れていろ。俺も着替える」
目覚めるまで、今しばらくかかるだろう。ショートカットキーを使い、黒甲冑から迷彩を持つ黒の戦闘服へ着替える。この格好なら、そこまで驚かれることもないだろう。
曇る視界が何度かの瞬きを経て、明瞭さを取り戻した。手に触れる岩の感覚に気づき、飛び起きる。借金を返すためにどうしても金がいる私は、C級ダンジョンに突入していた。そしてその三階層。そこで、武装と技の相性が悪い岩のモンスターを相手にし、緊急脱出をする間も無く破れ、倒れた。血まみれになりながら剣を振るっていた時、最後に娘の顔が浮かんだのを覚えている。
「……起きましたか?」
声がした方へ振り返ると、そこにいたのは黒の迷彩服を着ている青年だった。まずはその若さに驚いたが、続いて彼が持つ金色の右目を見て、さらに驚く。周りには灰燼が雪のように積もっており、状況からして、私はこの青年に助けられたのだろう。
さらに、このダンジョンを攻略する間ついた傷が、全て塞がっていることに気づいた。
「俺は、倉瀬広龍と言います。あなたは?」
「……私は、片倉大輔と言います。この度は、本当に━━」
「いいんです。通りがかっただけですし、助け合いですから。しかし、貴方にまだC級ダンジョンは早い。潜りたいのなら、人を連れてきた方がいいと思います」
立ち上がった青年は言う。恐ろしいモンスターが蔓延るこのダンジョンの中で、自然体を崩さない姿に一体彼はどこまでの修羅場をくぐってきたのかと驚嘆した。
「今から、俺はこのC級を攻略するので。貴方には出て行ってほしい」
「なっ……それは、どうして?」
「戦い方を見られるわけにはいかない。これは、商売道具だからだ」
我ながら、愚かな質問をしたと思う。もっともな理由を語る彼。しかし、ここで引いてはただの恩知らずになってしまう。
「……倉瀬さん。貴方は、私にポーションを投与しましたね? そんな高級品まで……どうやってお礼をすればいいのか。ぜひ、手伝わせてください。貴方の戦い方というのは、決して他言しません」
「無用です。今、俺が貴方にしてほしいことは、ここを去ることだ」
「しかし……」
沈黙を保つ彼。今の私に、返せるものはないというのか。
なんと情けない。
自分は義理も貫けぬ、恩知らずになるというのか。頭の中で自分が出来そうなことを考えるが、命を救ってくれたという恩に報いるには、全て足りない。
俯き、悩み込む私の姿を見て彼は言った。
「……よくよく考えれば、先にこのダンジョンに突入していたのは貴方ですね。それを横取りされるようなものですから、心中穏やかではないでしょう。代わりに、このアイテムを渡すので出て行ってください」
どこからともなく手元へアイテムを顕現させた彼が、私の右手を掴む。握り込まされたのは、黄金のブレスレット。
目を見開く。
「なっ……わ、私は貴方を強請るために、このような真似をしたわけではない! お返しします!」
「いえ、大丈夫です。では」
「はっ━━?」
突如として、視界が歪んだような感覚を覚える。これは、ダンジョンから脱出するときにいつも感じているもの。
尻餅をつき戻ってきた場所は、午後の東京。私は歩道のど真ん中に座り込んでいて、通りかかる人々の冷たい視線に、晒されていた。
何が起きたのか。わけが、分からない。
重世界をコントロールし、彼を追い出したC級ダンジョンの中。渦の出入り口を閉じておいて、誰も入れないようにしておく。東京のプレイヤー人口が多いということの意味を、改めて理解した。まさか、C級ダンジョンに先客がいるとは。
竜の感覚を通し、感じ取った片倉大輔という男。
「……戻ってきていいぞ。銀雪」
「……クルルゥ?」
「ああ。分かっている。類を見ないほどに気持ちの良い人だったが、それでも関係ない。今はダンジョンを攻略するだけだ」
竜の瞳を動かし、再び黒甲冑と面頬を纏う。この前、この格好で人を出迎えたら本気で逃走されたので一応買い直した迷彩服の方に着替えておいたが、やはり正解だった。
しかし、彼はどうやら中々に強かったらしい。この第三階層のモンスターが、残り数少ない。必要最低限の交戦のみで第一階層と第二階層を抜け、第三階層に突入したところを捕まったような感じか。
まあ、それはどうでもいい。とりあえずやるか。
己の魔力を天に発露させ、この階層にいる妖異を挑発する。魔力に反応して震え始めた各所の岩が、爆発し破片となってこちらに飛んできた。防衛機構か。
飛来するそれを目で捉え、最小限の動きで全て回避する。
「……太刀影」
飜る刀に魔力を込め、一閃。刀身から放たれる濃青の軌跡は残像となり、岩の妖異を食らう。空を飛ぶ岩の鳥は銀雪が撃ち落とし、凍らせ木っ端微塵に粉砕した。
強力な遠距離攻撃を持つ銀雪は、俺をうまく補ってくれている。『残躯なき征途』の効果はまだ切れていない。その強化されていく感覚からして、実際に戦闘を行った時間、そして回数にこの能力は依存しているようだ。
「……ボスに期待するか」
階段に足をつけ、降りていく。奥地より感じる威圧感。
この先にいる妖異は間違いなく伝承の怪物。心躍る戦となるだろう。
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